第2話
「お初にお目にかかります。フローラと申します。出会えて嬉しく思います」
フローラは様々な赤の生地を重ねたふわふわしたドレスの裾をつかんでお辞儀した。
女の人は何がおかしいのかフローラの姿を見てクスリと笑った。
お供の人達なんてあからさまにクスクス笑っている。
貴族の礼儀作法は難しいので今したお辞儀の角度が変だったのかと思った。
「あら、光栄ですわ。私はマリリン・セシル・ポーレットよ。ところで、あなた、家の名は何て言いますの?」
ポーレット嬢はまるで肉食獣が獲物を狩るときのようにその水色の眼を光らせて意味ありげな微笑を浮かべて言った。
(絶対、うちが庶民って知ってるやーん)
「恐れながら、家の名を持っていないのです」
フローラは神妙な顔をして言った。
「あら、うっかりしていましたわ。あなた“庶民”出身でしたのね」
高飛車な高い声が会場ホールに響く。
(うわっ、今“庶民”だけ声量2倍、いや3倍やったで)
何人か注目し始めている。
ポーレット嬢は右手を口の前に持ってきて驚いた様子を全力で表現していた。
お供の人達は笑いを堪えられないというようにクスクスと音を立てていた。
王立学園を卒業し、王に認められた場合、たとえ庶民であっても貴族になることができる。
実際に、この制度が確立されてから庶民から貴族になった人は少なからず存在する。
フローラは貴族になりたくてこの王立学園にいるわけだが、庶民であることが嫌なわけではない。
それでもこのようなわざとらしい仕打ちには心が痛む。
「はい、そうでございます」
顔を歪めてしまいそうなのをなんとか堪えて当たり障りのない返事をした。
「どうかお気を悪くしないでくださるかしら。本当に知りませんでしたの」
ポーレット嬢は儚げに目を瞬かせてひだりて左手を頬に添えて首を傾ける。
(嘘やんっ)
「どうかお気遣いなく…」
この茶番にウンザリしながらそんな事は露とも見せずにフローラは少し笑みを浮かべた。
「ああ、そうだわっ。『弱冠の鬼才』との出逢い(プラス)に感謝してこの赤ワインをあげましょう。とても美味しいの。もらってくださる?」
近くのテーブルから毒々しい赤ワインがたっぷりと入ったグラスをフローラ目掛けてグイッと突き出した。
ポーレット嬢はその水色の眼で「私からの贈り物を受け取れないなどとは言わせないわよ」という高圧的なメッセージを送ってきた。
お供の人達も「まさか受け取らないなんてことはありえませんよね」という態度だ。
(出逢い(プラス)やなくて出遭い(マイナス)やろ、これはっ)
実は、フローラはお酒を飲める16歳に達していない、おそらくこの会場で唯一の人間なのだ。
フローラの異名を知っていたポーレット嬢がフローラにワインを渡すのは、語彙力のないアホか、相当にひにくれたいじめっ子のいずれかだろう。
そのクスクス笑って、面白がっている様子からするに、おそらく後者であろうが。
この分では、フローラが庶民であることも十二分に知っていたに違いない。
「ありがとうございます」
断るのは周囲の目もあるゆえに悪手だと考え、フローラはワインを受け取った。
フローラが外面的には至極冷静であったので面白くなったのかポーレット嬢はフンと息を漏らした。
「その装飾品、あなたにほんと~にピッタリね。とても似合ってるわ。ご機嫌よう」
ポーレット嬢はそのハーフアップに編み込みした見事な金髪を振り回してやっと去っていった。
お供の人達は最後に盛大なクスクス笑いを残して、ポーレット嬢についていった。
はて、装飾品とはバーゲンで買ったバレッタのことだろうかとフローラは首を傾げた。
(さて、このワインど~しよう)
途方に暮れているフローラはピンク色の花びらがその髪にずっとついていることをまだ知らない。