第22話
森の中でナナを探し始めて今日で4日目だ。
(全然、見つからーん)
最初にナナが森にいたのは偶然だったのか。
こうなったら、学園内で突撃するしかない。
月曜に発覚したのだが、ナナは同学年だった。
普通に同じ教室で授業を受けていた。
授業が終わった瞬間に追いかけたのだが、思わぬ早足に巻かれてしまった。
フローラを避けていたわけではないと思いたい。
(なんか、用事があっただけや。うんうん)
そして、現在フローラは絶賛迷子中だ。
学園内にある『アイオーン』という林。
この場所には初めて来た。
木々がほとんど常緑樹なので一年中緑が絶えない。
腰がしっかりした下草が生えていてナナの足跡は読めなかった。
リッピアやリョウノヒゲだろうか。
大型動物は危険だということで排除されている。
原始林に通うフローラはつまらない場所だと思っていた。
だが、知らない場所というのは案外愉快なものだ。
(まずは昼やから太陽)
今は午前中だから、太陽は南東にあるはず…。
とりあえず、西に向かうことにする。
(なぬっ)
一分もたたないうちに、ベン兄が見知らぬ女の人と共にいるのを発見した。
しかも、仲睦まじい様子で並んで座っているではないか。
きっとあのご令嬢がベン兄を困らせている彼の愛しい人なのだ。
白の制服のドレスを身に纏い、小麦肌のうなじにポニテにした瑠璃色の髪が揺れている。
非常に惜しいことに顔は見えない。
だが、後ろ姿からでも貴族の気品を感じた。
「・・ですわ」
「…」
距離が遠くてよく聞こえない。
ここに来て初めて読唇できるアレックが羨ましい。
(いやいや、ダメや、ダメ。あれに成り下がったら、終わりや)
フローラはブンブンと頭を振る。
今、フローラに二人の唇は見えていないのだが…。
大胆にも、ベン兄が隣の人の顔に手を伸ばす。
(こっ、これは…キッスー)
「わああああ」
フローラは心の声がダダ漏れとは知らず、全速力で駆けた。
睫毛をとってあげたベン兄は赤の制服を着た不思議な髪色をした少女が奇声をあげて遠ざかるのを見た。
よく、よく知っている姿だ。
「ローラ…」
その隣で髪と同じ瑠璃色の眼が「ルークを見つけた」とばかりに光った。
〆〆〆〆〆〆
ナナと森で会えなかった代わりに、奇しくも出会ったものもいた。
ポン太郎だ。
あの食いしん坊なアライグマはやたらと姿を現して、甘えてくる。
動物一般の知識はある程度持つフローラだが、アライグマ自体の知識は穴だらけだ。
追い払うとしても、面倒を見るとしても、もっと知っておくに越したことはない。
図書館でアライグマの生態調査をすることにした。
超巨大である図書館は3階建。
本が入っている部屋は13部屋。
12部屋は各学年に割り当てられたものだ。
もちろん自分が経験した学年の部屋は使用可能だ。
13番目の部屋が内包するのは貸し出しできない閲覧のみの超機密文書。
その部屋に入る資格は卒業たといわれているが、本当のところは分からない。
自分で目当ての書物を探してもよいのだが、重労働になることも多い。
一階の調整室で聞いたほうが早い。
ポン太郎がフローラをみつける方法はなんとなく分かる。
《《《
楓や銀杏がすっかり赤、橙、黄にその身を染めている。
地面は落ち葉がつくるふかふかのカーペット。
その上にフローラとおばあがうつ伏せになっている。
目線の先にいるのは立派な角を持った牡鹿。
「獣は人間より見える色が少ない」
おばあが淡々と言う。
「へー。大変やなー」
フローラは牡鹿に悟られないよう小声で反応する。
「目より鼻に頼っている」
フローラは鼻をスンスンする。
獣に擬態しているのか。
牡鹿の鼻がピクリと動いて遠くに駆けていってしまった。
おばあは落ち葉を拾い上げて指で擦って飛ばした。
風に飛ばされて前方に流れていく。
「匂いでバレないように風下に移動しようか」
《《《
あの時は牡鹿だったけれど、アライグマも一緒なのだと思う。
つまり、視覚より嗅覚が発達しているのだ。
そんなことを考えながら、空いている机を探していると瑠璃色のポニテを見つけた。
ベン兄と一緒にいた人がいるではないか。
この学園に入ってから自分から進んで貴族に話しかけたことはない。
だが、ベン兄の想い人がどんな人なのかものすごく気になった。
フローラはありったけの勇気を振り絞ってその貴族に話しかけた。
「お初にお目にかかります。フローラと申します。お隣に座ってもよろしいですか?」
「まあ、大丈夫ですよ。私はコーネリア・チェルニー・モーガンと申します。コーネリアとお呼びください」
一礼した後にあげたコーネリアは髪と同じ瑠璃色の瞳をしていた。
唇の右下にあるホクロが色っぽい。
(めっちゃ、美人)
「腕のお怪我はよろしいのですか?」
フローラは肘までの白手袋をしているので、包帯は見えていないはずだ。
これは、ベン兄からフローラのことを聞いているという遠回しの表現なのだ。
(うちの魂胆は見えすいている、てか)
「随分と良くなりましたの。全くかっこ悪い傷です」
八重歯で空いていた穴もふさがり少し肌の色が違うだけという程度には回復していた。
「そうですわね。アライグマはトロいです」
コーネリアはフフッと笑いながら言った。
(おい、ベン兄。この女人大丈夫か)
「アライグマのことを調べるのかしら?」
「そうです」
「まあ、数十メートル先のものまで嗅げるですって」
コーネリアは思いの外手伝ってくれるようだ。
「嫌いな匂いは、ニンニク、唐辛子、ハッカ油。ハッカ油?」
「ハッカ草から取るものだったかしら。確か、爽やかな匂いだったわ」
さらりと答えるとは優秀な方なのか。
他にもアライグマの好物や凶暴性などの調査にコーネリアは付き合ってくれた。
まだ覚えきれていないので、この本にはピンクのしおりを挟んでおくことにする。
フローラはコーネリア調査も忘れずに行った。
結果、彼女はツヨイ人だ。




