第1話
今日は第1王立学園の新学期親睦会の日である。
新学年ではなく、新学期で親睦会があるのは、学期ごとに同じ学年の顔ぶれが変わるからだ。
つまり、学期末の評価で学年が昇格することがあるのだ。
フローラは今学期から第9学年(20歳相当)になる。
王立学園に向かうフローラの足取りは重い。
夜が長い季節だからだろう。
もうすっかり暮れた曇り空を眺めるフローラはなが~いため息をつく。
白い息が闇夜に溶けていくのが見えた。
どんちゃん騒ぎが嫌いな訳では無い。
むしろ、好きである。
貴族にドレスや装飾品が劣っているからではない。
確かにフローラが付けているものは一級品ではないが、フローラは非常に気に入っている。
レイラや母さんからもお墨付きをもらっているのだ。
ただ、フローラは王立学園に入ってからの3年の間、同学年の人との折り合いが悪かった。
そしてその度合は学年が上がるにつれて、同学年の人と年が離れるのに従ってひどくなっている。
王立学園の城壁とも言えそうな立派な壁が近づいてきた。
悶々と考えを巡らせていたからフローラは門と壁を間違えたのか。
いや、彼女は壁を乗り越える気のようだ。
もうパーティーが始まっているから門から入るのはいささか躊躇われるのでいつものようにここを登るわけだ。
一般的には門より壁に戸惑うものだが…。
いかにしてかは企業秘密らしい。
そんな運動したら、髪型が崩れるのではないかと乙女なら考えるだろう。
フローラはこうなることを見越して髪を編み込みして後ろでまとめてバレッタで止めているのかもしれない。
そもそもフローラにとってまとめ髪は親愛なるおばあがしていた憧れの髪型で彼女の中の目下の流行だ。
ドレスについては、まあ、なんとかなるとフローラは考えている。
音もなく降り立ったフローラは衛兵が近づいてくる足音がしないことを確認して自分の着地に満足する。
衛兵もまさか人間がそんなところから侵入するとは思ってもいないので、その近くには配置についていないだけだ。
全くの取越苦労である。
そんなところもフローラのお茶目な一面だ。
辺りを漂う濃厚なジャスミンのような甘い香りが彼女の気分を高揚させた。
これでお月様が雲から脱出してくれたら最高ねと曇り空の裏に潜んでいる月にエールを送ってからパーティー会場に向かった。
〆〆〆〆〆〆
ついに、パーティー会場の前まで来てしまった。
フローラは家からは歩く速さが遅すぎて一生辿り着けないのではないかと期待したが、前に歩くとは辿り着くということなのだろう。
グズグズしていられるものでもないので、エイヤッと両開きの扉を開けた。
フローラはトラブル解消の方法として“逃げ”を選択する。
大急ぎで、しかし、さっきとは打って変わった貴族風のゆったりとした足取りで微笑すら浮かべてみせて、会場の隅に向かう。
香水は何もつけて居ないはずなのだが、なぜかしらフローラが歩いたあとには甘い残り香が漂い、その香りに魅せられて振り向いた艶のある長い茶髪を結んだ男の人がいた。
フローラが入ってきたことに気づいたいかにも生粋の貴族といった女の人がお供を連れてフローラの方に向かって尊大な様子で歩いてくる。
(め~ちゃ嫌な予感する)
庶民であるフローラは本来は貴族と交流することのない立場である。
つまり、この王立学園内では最底辺の身分だ。
貴族っぽい匂いのプンプンする、いや、確実に貴族であろうお嬢様を前にして相手から挨拶させるわけにはいかない。
ましてや、無視は出来ない。
今すぐにでも回れ右したい気持ちを抑えてフローラはふわりと微笑んで言った。
「お初にお目にかかります。フローラと申します。出会えて嬉しく思います」
さあ、戦闘開始だ。