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第18話

 三日月とまではいかない痩せ細った月が沈んだあとのこと。


 闇夜の中、ゆらりゆらりと動く赤橙の人魂が1軒の民家を彷徨さまよう。


 おや、よく見ると、ただの蝋燭ろうそくの光だ。


 少女がこんな夜更けに何かを必死に探しているようだ。


 机の上に紙やら花びらやらのりやらが乗っている。


 つい先程まで作業をしていたのだろう。


 この時間まで起きていたのはよほど夢中だったからか。


「な、ないー」


 小さな、しかし、心痛な、絶叫がとどろく。


 フローラはお気に入りのイヤリングが無いことに気がついた。


 熟した柘榴ざくろ色のガーネットのかけらで作ったものだ。


 その色味を気に入っていたし、何よりイヤリングはそれ一つしか持っていない。


 最後に付けたのは親睦会の日だ。


 家に帰ってきた時はつけていたのか。


 はて、困ったことに、記憶がない。


(どうすんねん)


 良質の、といっても貴族にとっては微々たる価格だが、イヤリングを新たに買うのは…。


 頭を働かすのだフローラよ。


 ここでこそ『弱冠の鬼才』を発揮するときだ。


 落としたとすれば、ある程度の激しい振動がかかったときだ。


(バック宙!!)


 明日の自分に大至急の落とし物発見を託して床につくのだった。


 〆〆〆〆〆〆


 学園の渡り廊下。


「「ああぁ」」


 思わず、感嘆の息を漏らした。


 うるわしい彫刻を見たからではない。


 男女の密会を観測したからではない。


 イヤリングを発見したからでもない。


 剣術。


 男子は剣の作法を習い、実践する授業が必修である。


 今日はトーナメント式の練習試合。


 ここからはそれを観戦できる。


(これが護身術や)


 本人にはあまり自覚が無いが、フローラは空手のようなものができる。


 “ような”は、おばあ流でヘンテコだからだ。


 剣の方はからっきしダメだ。


 おばあには素手で動物と戦う方法を叩き込まれた。


 現在、試合に出ているのは端麗なるデイビット様だ。


 相手はよく分からない人。


 ベスト8を決める試合くらいだろう。


 フローラはデイビット様の剣の美しさに見惚れると共に嘆いたのだった。


 自分がこの授業に参加できないことを。


 しかし、声は二人分漏れた。


 もう一人はいったい誰だ。


 フローラは横を向く。


「「えっ」」


 そこには、雪姫を奪い合ったすみれ色のレディがいた。


 この前遭遇したときとは、かなり印象が違う。


 黄色の制服を上品に着こなして短い菫色の髪は編み込みでハーフアップにしていた。


 ローズのような優雅な香りまで漂わせている。


 まるで貴族令嬢ではないか。


 制服の色は、赤、青、黄、黒、白、のうちから自分の好きなものを選べる。


 黄色は珍しい気もする。


 赤みがかった肌に黄色のドレスはよく似合っていた。


 フローラの制服は毎度の如く赤色だ。


 手袋の基本色は白。


 とりわけ女性にとって純白は清らかさを表す。


 ブーツは制服に含まれない、つまり、自由だ。


 雰囲気が違う明らかな同一人物にフローラがアワアワしていると…。


「お初にお目にかかります。私はナナと申します。よろしくお願いしますわ」


 ナナは堂々と貴族らしく初対面の挨拶をした。


 この貴族社会の片鱗ではこの前の出来事をなかったことにしようという魂胆だ。


 この渡り廊下は練習試合を見物する令嬢で溢れかえっているのだから仕方ないだろう。


 壁に耳あり障子に目ありといったところか。


 誰が聞いてるか分かりゃしない。


 それにしても、あんなに独特な話し方をしていた子が貴族の言葉を話せるとは吃驚きっきょうだ。


 ナナは家名を名乗らなかった。


 奇妙な喋り方は地方庶民の訛りなのかもしれない。


「私はフローラと申します。こちらこそ、よろしくお願いしますわ」


 ナナは同学年なのか、どうなのか。


 最近の授業は後方ばかり気にしているので、同じ教室内でも認知できなかった可能性はある。


「剣術がお好きですか?それとも、意中の相手でもいるのでしょうか?」


 ナナが社交用の顔で穏やかにきいてきた。


 真面目な質問には真摯に答えなければならない。


(デイビット様は意中というか、憧れというか…)


 ここでデイビット様を思い描く時点で罠にハマっている。


 ナナは完全に面白がっている顔に切り替えていた。


 やはり、性根は変わっていないようだ。


 それには気づかずにフローラは試合の方を見る。


 デイビット様が長髪をひるがして剣を突き出す。


 相手がそれを避けて剣を振りかぶる。


 デイビット様は大きく後ろに飛んで間合いをとった。


 その顔は練習試合だというのに真剣だ。


 濃い青色の眼は高温の炎が燃えているようだ。


(うん、確かに素敵や)


 ナナに視線を戻したところでそのニターっとした顔に気づいた。


 フローラは急いで取り繕う。


「剣術に興味がありますの」


 いささか声が高くなった気もしたが、気にしない、気にしない。


 それに、断じて、嘘は申してない。


「まあ、そういうことにしておきましょう」


 貴族風のナナは優しいらしい。


「ナナ嬢は剣術に興味がありますの?それとも…」


 だからといって、フローラが反撃の手を緩めることはない。


「も、もちろん、剣術よ。私も参加したいなと…」


 おや、この狼狽えようは、もしや。


「そうですよね!」


 フローラはそんなことより、参加希望の同志が見つかって嬉しそうだ。


 すごい勢いで同意を示す。


「私、用事がありまして…」


 フローラが前のめりになり過ぎたせいかナナが退散した。


(ちぇ、もっと話したかったなぁ)


 フローラはやっとこさイヤリングを求めて歩き出した。




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