第12話
最近フローラは授業に集中できないことがある。
いや、毎授業で集中できていないと言っても過言ではないだろう。
第一王立学園は選択科目が存在しない。
全て必修科目でA,B,C,D,Eの評価のうち少なくともCを取らなければならない。
しかし、意外と授業は少ない。
しかも、授業の出席は任意のものが多い。
履修内容は基本的に第一王立学園の広大な図書館にある本や資料で独学できる。
学年が上がるにつれて閲覧できるものの範囲が増えていく。
フローラが不遇な対応を受ける中、学年を上げることを厭わない理由の一つだ。
もちろん、学園を卒業してなるべく早く貴族になりたいという最大の理由もある。
授業の意義は独学ではなかなか厳しい部分の補強。
または、独学ではまったく勉強がはかどらない人の補佐。
フローラは前者の目的のみで授業を受ける人のはず…。
今までにフローラも人並みに授業に集中していないことはあった。
授業中にウトウトしたり、貴族となった自分を想像してみたり…と。
だが、最近のフローラの習性はかなり異なるようだ。
今のフローラは黒板のある前方の正反対、後方に全集中しているのだ。
後ろの席からジャスミンの爽やかな香りがして内心頭を抱えた。
(デイビット様、今日も後ろの席に!でも、何でやっ)
席は自由席なのでフローラの後ろに座る必要はないはずだ。
『弱冠の鬼才』として距離を置かれるフローラの近くに進んで座る勇者は今までいなかった。
ベン兄は同じ授業を受けているが、フローラが構う必要はない、と言っているので近くにはいない。
嬉しくないわけではない。
もちろん、嬉しい。
今まで学年が違って関わることも当然なく、遠目に眺めることしかできなかったのだ。
それが急に毎日、超接近することとなるとは、喜ばしい限りだ。
実際は後ろの席との間には十分な距離が空いている。
(デイビット様、今日もカッコいいんでしょうねぇ)
フローラは現在進行系で集中できない授業の連続記録を伸ばし中である。
〆〆〆〆〆〆
「クカー、もう一杯っ」
フローラがダンッとグラスを机に置く。
「ふふっ。酒飲みみたい」
もちろん、酒ではない。
何杯も飲んでいるのはオレンジジュース。
お金の心配はいらない。
このジュースはフローラの家で採れたものを寄付しているからだ。
ここはレイラのお店、『メルシー』
レイラの熱心な希望で16歳未満である子供は必ず一日一食まで無料で食べられる。
そんなことでは一瞬で店が潰れると心配になるだろう。
近所の人達は『メルシー』が潰れないように何かと寄付しているのだ。
寄付したジュースをタダで飲んでいたら、寄付になっていない気もするが…。
「どういうことやー」
フローラは客の邪魔にならないよう、小さく叫んだ。
デイビット様がフローラの後ろの席に座るようになってから1週間以上が経過。
もはや当たり前な日常となりつつある。
だが、フローラは騙されるつもりはない、といった感じだ。
これは、異常事態だ。
まだ、稼ぎ時でないから料理人であるレイラにも余裕があるのだろう。
デイビットのことで相談に乗ってあげている。
「確実に一つ言えることがあるとすれば、嫌われてはないんちゃう」
「おう」
フローラはレイラが首につけているチョーカーをぼんやりと見ながら応える。
レイラは仕事の時などはチョーカーで首の傷を隠している。
傷はかなり大きいものでフローラが初めて出会った時には既にあったものだ。
その傷の理由をフローラは知らない。
「それから脈ありね」
「ほぉう」
ぼうっとしていたフローラがやっとレイラの金色の眼を見た。
(そ、そうなん。これが脈あり…か)
「ま、フローラらしくしてればいいよ。なんか変える必要はない」
レイラはフローラの頭をポンっと叩いて仕事に戻っていってしまった。
(相手は貴族やで。自分らしく、か。むずいなぁ)




