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第11話

 森に面した一軒の農家があった。


 そこの畑には立派なみかんの木々がある。


 現在、その木々には橙色だけでなく金色や赤色、薄赤茶色に銀色が加わっている。


 みんなで木登り中なのだ。


 フローラとレイラ、ニーナはもちろんドレスではなく、チュニックにズボン姿だ。


 庶民といえども女の子はズボンを履かないが、フローラ的にはよく履くものらしい。


 ニーナも同じ価値観を持つのではと少し心配だ。


 フローラはスーと深呼吸して蜜柑の爽やかな匂いを嗅いでを開く。


 そこら中に蜜柑の葉があるもんでまたもや「セキガンはダメ」というおばあの声が響く。


 おばあの占いはホント、よく当たる。


 ビンゴの勝敗から大災害の予言まで。


 今となっては、当たっているかどうか不明なのはフローラの知る限り一つしかない。


 それが、「セキガンはダメ」


 意味不明な占いの当たり外れはそれこそ占いたいものだ。


 フローラはアレックの奇妙な視線を思い出してブルッブルッとなる。


(セキガンの男、アレック。厳重警戒や)


 そんな決意を固めていると、一頭のアライグマが森から出てくるのが見えた。


 様子がおかしい。


 耳が大きく切れて血が固まった跡がある。


 生後6カ月といったところか。


 まだ親離れには早いのに、母親の姿が見えない。


 ウーーという唸り声を上げながらこちらに突進してくる。


 子供たちが危ないと思った父さんが鎌を持って出てきた。


 フローラは父さんが守ろうとしてくれているのは理解していたが、見過ごせなかった。


「父さん、待って」


 最大音量で叫ぶと、蜜柑の木から一気に飛び降りて全速力で駆けた。


 フローラがアライグマに覆いかぶさる。


 父さんは鎌をギリギリで止めた後、必死の形相で叫んだ。


「ローラ、危ないっ」


 シャーー。


 反射的に顔を右手で庇うと、腕をガブッと噛みつかれた。


 その八重歯が腕に食い込むのが分かる。


 アライグマに噛みつかれたフローラは額に汗を滲ませて言う。


「今日はうちの誕生日や。うちに免じてこの子を殺すんは待ってほしい」


 そのテコでも動かないという金色の眼を見て、父さんはバツの悪そうな顔で鎌を下げた。


 フローラはアライグマを刺激しないように顔だけ動かしてベン兄の方を向く。


 声を張り上げすぎないように気を付けて言った。


「みかんの皮を剝いてこっちに。一つだけ」


 ベン兄は堅い顔で頷いて素早く剝いて投げた。


 フローラは左手で難なくキャッチするとゆっくりと地面にコロンと置いた。


(どやっ。お腹空いてんねんやろっ)


 アライグマが蜜柑の木を目指していたのだとフローラは気づいていた。


 緊張した空気が漂う中、アライグマはフローラを噛むのを止めて、みかんをペロリと舐める。


 みかんの端を口で掴むと森の方へトコトコと戻っていった。


「ローラっ」


 母さんが酒瓶と水の入ったバケツを持ってきた。


「あんたはもう、昔から無茶苦茶で…」


「それにしても獣が出てくるなんていつぶりかしら…」


 母さんはグチグチ文句を言いながらも手際よく傷口を洗ってくれる。


 バケツの水はすぐに毒々しい赤色となった。


「動物殺すのは見てられん」


 フローラがこう言うことは全員承知だった。


(わーん。噛まれるとかダッサー。傷跡残ったらどないしよー)


 〆〆〆〆〆〆


 誕生会の翌日、この日、フローラは珍しく早起きした。


 毎月15日。


 フローラにとって大事な日だ。


 両手首に新しい涅色くりいろのリストバンドをつける。


 アライグマに噛まれた傷口に朱色のマフラーを巻く。


 マフラーの用途を間違えているようにも思われる。


 彼女は怪我をした時、いつも傷口に朱色のマフラーを巻く。


 マフラーがおばあの温かみを持っていて治りが早くなる気がするのだ。


 誰も起きてない家をそっと出た。


 目的地に辿り着いたフローラが見つめる先は、あたり一面、鈍色にびいろだった。


 フローラはその場所にビンをひっそりと置く。


 地べたに座って表情の読めない顔で虚空を見つめていた。


 他の誰かが置いてっただろうユリが揺れてその香が空間を満たしている。


 どのくらいの時間そうしていただろう。


 陽が傾いて、影が長くなった頃、フローラはやっと立ち上がった。


 名残惜しそうに後ろを一度だけチラリと振り返って帰路についた。




 フローラの姿が見えなくなった後、フローラが置いていったビンに影が覆いかぶさった。

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