夜の図書室
図書室——普段ならば生徒たちが勉強や読書のために使う静かな場所。
しかし、夜の帳が下りるとその空気は一変し、淡い非常灯だけが書架の間に陰影を落とす。
旧校舎の秘密を追う主人公は、禁断の本が眠ると噂される“禁書コーナー”へと足を踏み入れる。
そこに並ぶ数々の物騒なタイトルは、一夜で読み解くには重く、不吉な響きを伴うものばかり。
だが主人公はその中で、あの人が知り得た“儀式”に触れる鍵を発見する。
血と愛が混ざり合う狂気めいた契り——その真実に深く踏み込もうとする主人公の姿は、
同時に自らの理性と感情を少しずつ蝕む行為でもあるのだ。
その日の夜も、私は学園に忍び込んだ。旧校舎だけでは情報が足りない。何か資料があれば、と考えたとき、図書室を思いついた。図書室なら過去の学園の記録や、奇妙な本が残されているかもしれない。
夜の図書室は昼間とはまるで別世界だ。蛍光灯のほとんどが落とされ、非常灯の淡い光だけが細長い影を作っている。私は足音を立てないように注意しながら、本棚を一つずつチェックしていく。
歴史書や文学全集が並ぶエリアの奥、“禁書コーナー”と小さく書かれた棚を見つけた。そこには他の棚にはない古い装丁の本が数冊置かれている。「月下学園史」「不吉な桜伝承」「血染めの祭壇」など、いずれも物騒なタイトルばかりだ。
手に取った一冊の背表紙には、「契リノ式次第」とかすれた文字が記されている。思わず息を呑む。まさに“契り”を示すものではないか。
本を開くと、中にはこの学園の創立当初からの奇妙な儀式について断片的な記述があった。かつて学園の土地には神社があり、月と桜を崇める祭祀が行われていたらしい。そこでは選ばれた者が血を捧げることで“愛と永遠”を得られると信じられていた。しかし、それは同時に呪いとも言われ……。
「血を捧ぐ…心臓を穿つ…」
ページをめくるたび、背筋が冷える。どうやら“契り”とは愛を歪んだ形で結ぶ儀式のようだ。もしそれを学園で再現しようとする人間がいるなら、正気の沙汰ではない。
けれど、私の胸は奇妙な昂揚に満ちていた。あの人も同じ本に触れ、この儀式を知ってしまったのだろうか。二人が契りを交わすなら、それは禁断の行為だ。それでも私は……と、気づけば頬が熱を帯びている。
無意識に本を抱え、図書室の隅に腰を下ろす。ここで一晩中読み耽りたい衝動に駆られる。だがそのとき、後ろの棚で何かが動いた気がした。
振り返ると、そこにあの人が立っていた。いつの間に近づいてきたのか、まったく気配を感じなかったほどだ。私を見つめる瞳は、月の光を宿したように冷たくもあり、魅惑的でもある。
「……そんな本、読むんだね」
呟くあの人の声に、胸がざわつく。夜の静寂の中で、私の鼓動ははっきりと耳に響いた。
「知りたいの。あなたが、何を求めているのか……」
答えはそれだけだった。あの人は何も言わずに微笑む。まるで全てを知りながら私を試しているかのように。その微笑みに不安を感じながらも、私は目を離せない。血の契り、歪んだ儀式。その先にあるものは何なのだろうか……。
夜の図書室で目にする、不穏な書物の数々。
そして、静寂を破るように主人公の前に現れるあの人の存在は、学園に潜む秘密の一端をはっきりと感じさせます。
誰もが知らない闇の歴史と、背徳の儀式を匂わせる「契リノ式次第」。
これらがただの伝承や噂話なのか、それとも現実の陰に息づく呪いなのか。
褪せたインクで綴られた言葉に主人公が魅了されていくほどに、物語はさらなる深みへと引きずり込まれていくでしょう。
いったい、血と歪んだ愛の先に待つのは救済か、それとも破滅か。
夜の図書室に立つあの人の微笑みこそ、その運命を予感させる一瞬の灯火なのかもしれません。