破滅と再生の狭間
学校という日常と、夜の闇の中で繰り広げられた非日常的な“儀式”――。
その狭間で、主人公はあの人との危うい契りに深く踏み込もうとしたが、
結局、最後の一線を超えることなく幕を下ろしてしまう。
朝日とともに訪れるのは、まるで何事もなかったような学園の日常。
“契リ部”と名乗っていた集団は活動をやめ、かつての熱気や狂気は表面上、忘れられたかのようだ。
けれど、あの白い花を散らしていた桜は普通の花を咲かせ、
あの人は毎日、同じ教室で主人公と視線を交わし合う。
果たしてあの夜の出来事は、ただの幻だったのか、
それとも心に残る“契りの囁き”が新たな歪みを呼び寄せるのか。
ここから先、主人公が歩む学園生活には、背徳の影が静かに寄り添い続けるのだ。
結局、私は刃を受ける前に力いっぱいあの人を抱きしめた。血や呪いより先に、私たちはただの生身の人間同士なのだ。
「やめて! あなたを失いたくない……!」
絞り出すような叫びに、あの人の動きが止まった。ナイフは私の胸元をかすめ、かろうじて切り傷で済んだが、それでも痛みは走る。あの人の腕は痙攣するかのように震え、落ちそうになったナイフを拾い直そうとする。
風が強まり、花びらが吹雪のように舞う。ふと、桜の根元の祠が光った気がした。破れ札がはがれ落ち、そこから血のような液体が湧き出ている。まるで世界が崩壊しそうな異様な光景だった。
その瞬間、あの人は苦しげに声を上げ、ナイフを放り出した。私の胸元に手を当て、はかない笑みを浮かべる。
「……もう、止まらないみたい。契りは失敗した。私たち、永遠にはなれないんだ」
あの人の目から涙がこぼれ落ちる。それは絶望なのか、救済なのか。私は何も言えず、ただあの人を抱き寄せる。夜の学校に吹き荒れる不吉な風と桜吹雪が、私たちを包み込む。
やがて桜の光がさっと消え、そこには静寂だけが残った。倒れ込むようにあの人も私も地面に座り込み、荒い息をつく。ナイフは桜の根元に突き立ったまま。血塗られた儀式は結局、完全には成立しなかった。
遠くでチャイムの音が聞こえる。もうすぐ朝が来るのだろうか。私たちの背徳の夜は、こうして幕を閉じるのだろうか……。
翌朝、校舎が開く頃には私たちはこっそり敷地を抜け出し、それぞれ家へと帰った。翌日からの学校生活は、いつもと変わらない日常が繰り返される。
“契リ部”がどうなったのか、あの一夜以来、活動している様子はない。メンバーも何事もなかったかのように日々を過ごしている。あの人もまた、どこか遠くを見つめるような表情をしながら、以前と同じ教室の席に座っている。
桜の木は季節が進むにつれ、本来の花を咲かせる頃合いになっていた。あの異様な白い花びらや血の気配は薄れ、周囲の生徒は「今年の桜、ちょっと早くない?」などと何気ない会話をするだけだ。
私とあの人の間に、あの儀式のことを口にすることはなくなった。けれど、夜に見た廃墟の部屋や血の螺旋の記憶は、今でも心に残っている。あのまま心臓を捧げていたら、私たちはどうなっていたのだろう……そんな問いが頭から離れない。
ただ一つ確かなのは、あの人との関係が完全に終わったわけではないということ。教室で目が合うと、あの人は少しだけ笑い、私もまた笑みを返す。まるで「まだ、あの夜の続きをやり直せるかもしれない」と思わせるように。
終わらない日常を繰り返す学校。そこで起こった背徳の儀式は、闇に葬られたように見える。けれど、桜の木の下には、私たちが捨てたはずのナイフが残されているのだ。
いつかまた、夜の底でそのナイフが輝き、儀式が再開される時が来るのかもしれない。私はそれを望んでいるのか、恐れているのかさえわからない。ただ、教室の窓から覗く夕暮れの空を見上げるたび、あの夜の月明かりを思い出す。
そして、心のどこかで囁きが聞こえる。
「契りは、まだ終わっていない」
儀式は失敗したのか、成功したのか、結論は曖昧なまま。
互いの心臓を捧げ合う歪んだ愛は寸前で止まり、
あの白い桜の異形も次第に日常の景色へと溶け込み始めています。
それでも、終わったはずの夜の秘密は、あの人と主人公を微妙に繋ぎ止めているようです。
夜の桜のもとで交わした約束は消えず、ナイフはまだ捨てきれずに残されたまま。
夕暮れの空を見上げるたびに甦る月下の光景が、
「契りはまだ終わっていない」と囁きかける――そんな余韻が、
学園の日常をほんの少しだけ揺らし続けるのかもしれません。