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マーシャは静かに目を覚ました。窓の外から差し込む朝の光が、彼女の頬を温かく照らしている。隣では、赤ん坊のユーリが静かに眠っていた。彼の寝顔は天使のように穏やかで、見るだけで自然と微笑みがこぼれる。
(この子を迎えてから、私たちの生活は本当に変わったわ)
マーシャはそっと手を伸ばし、ユーリの小さな額に触れた。まだふにゃふにゃとした赤ん坊の肌は、柔らかくて暖かい。彼女はその感触に、胸が温かくなるのを感じた。彼女とルドルフには子供がいなかった。長い間、子供を持つことを願い続けていたが、叶わなかった。その苦しみを胸に抱えながらも、二人はいつもお互いを支え合ってきた。
(この子が私たちの元に来てくれたのは、神様の贈り物なんだわ)
マーシャはそう信じていた。あの日、ルドルフが橋の下でユーリを見つけたとき、彼女の心に希望が灯った。それまでの不安や悲しみが、すべてこの赤ん坊に癒されたような気がした。この子を大切に育てることが、自分の新しい役割なのだと、マーシャは心の底から感じていた。
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「おはよう、マーシャ」
ルドルフの声が聞こえた。彼は早起きで、すでに朝の仕事を終えて戻ってきたところだった。彼もまた、ユーリに対する愛情を深く持っていた。二人にとって、ユーリは希望の光だった。
「おはよう、ルドルフ。今日は早かったわね」
マーシャはそう言って微笑みながら、まだ眠っているユーリを優しく抱き上げた。彼は目を覚ます気配もなく、マーシャの腕の中で安心したように顔を寄せていた。
「今日も畑仕事がたくさんあるけど、夕方までには帰るよ。ユーリはどうだ?よく寝てるか?」
「ええ、ぐっすりよ。この子は本当におとなしいわ」
マーシャは、ユーリの寝顔を見つめながら、そう答えた。彼女の目には、母親としての強い愛情が浮かんでいた。
ルドルフは微笑んで、マーシャの肩に軽く手を置いた。
「お前がこの子をこんなに愛してくれるから、ユーリも安心しているんだろうな」
「そうかしら……でも、この子を見ていると、不思議と私の心が満たされるのよ。今まで感じたことのない温かさを感じるわ」
マーシャはそう言って、ユーリの小さな手にそっと触れた。その手はとても小さくて、彼女の心を優しく包み込むようだった。
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朝食を終えた後、ルドルフは畑へと出かけていった。マーシャは家に残り、ユーリの世話を続けていた。赤ん坊であるユーリは、まだ言葉を話すこともできないし、周囲のことをすべて理解しているわけではない。それでも、彼女にはユーリが特別な存在であることがわかっていた。
(この子は、きっと普通の赤ん坊じゃないわ)
マーシャはそう感じていた。ユーリの美しい銀色の髪、澄んだ青い瞳、そして何よりも、その存在そのものがどこか特別で、神聖なもののように感じられた。彼女は、ユーリがこの村に与える影響がこれから大きくなるだろうと予感していた。
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その日、マーシャはユーリを抱いて村を散歩することにした。村は穏やかで、朝の空気が爽やかに感じられた。エルデン村の人々はいつも通り、畑や市場で働いており、村全体が平和に包まれていた。マーシャはユーリを抱きながら、ゆっくりと歩いていく。
道を歩いていると、村の人々が次々と声をかけてくる。
「おや、マーシャ!ユーリちゃんは今日も元気そうね!」
「この子は本当に可愛いわね。まるで天使みたいだわ」
村の女性たちや老人たちは、みんな笑顔でマーシャとユーリに挨拶をし、優しい視線を向けていた。マーシャはそのたびに微笑み返し、村人たちの温かさに感謝していた。ユーリは村全体の宝物のような存在になっていた。みんなが彼の成長を楽しみにしており、その未来に期待を寄せている。
(この子が大きくなったとき、村の誇りになるわ)
マーシャはそう思いながら、ユーリの小さな頭を優しく撫でた。彼女にとって、ユーリは自分だけでなく、この村全体にとっても特別な存在だった。
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昼頃、マーシャは教会へと向かった。教会は村の中心にあり、村人たちが集まって神に感謝を捧げる場所だ。彼女はユーリを抱いたまま、静かに教会のベンチに腰を下ろした。村の生活は信仰と共にあり、神の祝福を大切にしていた。マーシャもまた、神に祈りを捧げ、ユーリの健やかな成長を願っていた。
「神様……この子がどうか無事に成長し、村の皆に愛される存在でありますように」
マーシャは心の中でそう祈った。彼女にとって、ユーリはただの子供ではない。彼女の新しい希望であり、村全体にとっての光でもあると感じていた。
祈りを終えると、マーシャは教会の外に出て、村の広場を見渡した。村人たちはそれぞれの仕事に励んでおり、子供たちは笑い声をあげながら走り回っていた。その風景は平和そのもので、マーシャの心を穏やかにした。
(この村が、これからもこうして平和でありますように)
マーシャは心の中でそう願いながら、ユーリを抱きしめた。
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午後になると、マーシャは家に戻り、ユーリにミルクを飲ませた。彼はまだ自分で食べることができないが、マーシャの手で丁寧にミルクを与えられるたび、安心したように笑みを浮かべることがあった。その笑顔を見るたびに、マーシャの胸は温かい感情で満たされていった。
(この子が笑ってくれるだけで、私は幸せよ)
マーシャは心の中でそう呟きながら、ユーリの小さな手を握った。彼女の心の中には、かつて子供を持てなかった頃の苦しみがまだ少し残っていた。しかし、それも今ではこの赤ん坊によって癒されつつあった。
「あなたは本当に、私たちにとって特別な存在なのよ」
彼女は静かにそう言って、ユーリの頬にキスをした。
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夕方になり、ルドルフが畑から戻ってきた。彼の顔には汗が浮かんでいたが、その表情はどこか満足げだった。彼はマーシャとユーリを見て、微笑みながら家に入ってきた。
「ただいま。今日も一日よく働いたよ。ユーリはどうだ?元気にしてたか?」
「ええ、とてもお利口さんだったわ。今日は教会にも行ってきたのよ。みんな、ユーリのことを気にかけてくれているわ」
「そうか、それは良かった。みんながこの子を大切にしてくれているのは、本当にありがたいな」
ルドルフはそう言って、ユーリの小さな手を握りしめた。彼もまた、ユーリが村の人々に愛されていることに感謝していた。二人にとって、ユーリは何よりも大切な存在だった。
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その夜、マーシャは再びユーリを寝かしつけた。彼女は静かに子守唄を歌いながら、ユーリの寝顔を見つめていた。その顔には安らぎが満ちており、マーシャの心もまた、穏やかに包まれていた。
(これからも、この子を大切に育てていくわ)
マーシャはそう誓いながら、静かに眠るユーリを見守り続けた。彼女の心の中には、母親としての強い愛情と、ユーリに対する深い感謝の気持ちがあふれていた。