令和六年、江戸。
令和六年。
世界は繁栄していた。
先進国ではガス水道電気が当たり前に日常生活に溶け込んでいた。
ツマミをひねれば好きなときに火が起こせ、熱いお風呂に入ることができる。電気の技術で室温を好きに調整できる。
多くの国で車が街を走り、飛行機が空を飛ぶ。他国とのやり取りもパソコンやスマートフォンでリアルタイムで行える。
言語翻訳だってアプリ一つで楽々だ。
だが、その進歩していく国々についていかず、ひっそりと存在する国があった。
日本だ。
世界の暦で言えば二〇二四年。
徳川幕府の鎖国政策は続いていた。
インターネットもなければ、貿易もほとんどなく、外国人は入国を制限されている。
長崎出島の貿易港を通じて最低限の物資だけが国外からもたらされるが、基本的には自給自足の生活が続いていた。
江戸幕府の街は木造建築が並び、江戸時代の生活様式が守られていた。
移動は馬や徒歩、人力車。
人力車の車夫が一番モテる職業だ。
同率一位が武士。
男らしくてカッコいい、と。
何かあれば武士が駆けつけ、解決する。
世界では警察が人々を守るが、日の国では各県を守るのが、新選組や白虎隊といった武士たちだった。
日本の首都、江戸。
若き武士・慎之介は、日々剣術を修めながら、今の生き方に疑問を抱いていた。
祖父の話はいつも決まっている。
「この国にいる限り安泰だ。徳川様の仰るとおりに町を守るのが武士の勤め。外になんて行かなくても問題はない」
けれど慎之介は、“世界”に憧れていた。
出島帰りの商人が云うには、空を飛ぶ巨大な鉄の機械や、手のひらで操作できる光の箱、さらには医療技術の飛躍的な発展までが語られていた。
慎之介は商人から貰い受けた異国の本に惹かれる。
絵巻なんて比べものにならないほど、色鮮やかな写真が載る本。
日本の写真は白黒しかない。“世界”はこんなにも進歩している。
貰い受けた本は、旅行ガイドブックだった。
亜米利加、独逸、伊太利亜。
慎之介は異国語を読むことができないため、そこになんと綴られているのかわからない。
人力で創ったとは信じられない巨大な鉄の建物、様々なデザインの衣服、レストランなる店。
「なんて綺麗なんだろうか……」
慎之介は“世界”に憧れた。
このまま日本にいたら、一生“世界”を直接知ることもなく終わる。
慎之介の周囲には同じような思いを抱く若者が少なくなかった。彼らは夜半に集まり、密かに議論を重ねていた。
「我々はこのまま、世界から孤立していいのだろうか?」
「俺は世界を知りたい」
外の世界では、アジア諸国が繁栄を遂げ、宇宙探索まで行われている。
人類は他の惑星への移住計画を立てていた。しかし、日本は以前江戸期。
鎖国が続く限り、今のままだ。
慎之介は刀を置いた。
長崎の商船に乗り込み、外の世界を自分の目で確かめるという冒険だ。
幕府の厳しい監視を逃れ、商人から買った洋服に袖を通し、密航した。
ついた先は韓国。
何も言葉がわからないけれど、ガイドブックで見たような大きな建物、走る鉄の馬に心躍った。
様々な国を旅して、十年後、慎之介は開国を求める大使として再び国に戻る。