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勇者

「にゃにゃにゃ!! リリー、暴れるにゃにゃ! ペロペロしにくいんだにゃ!」


「ちょ、ちょっ、ニャミミ……だめっ! く、くすぐったい……あっ!」


「ガマンするにゃ! 獣人のペロペロは傷をチユできるんにゃ!」


「ニャ、ミ、ミ……いや、いやっ……!」


 胸元のはだけた半妖精の少女に、丈の短いピッタリした服装の、猫耳の少女が覆い被さり舌舐めずりをしている。


「地面をぶち抜いて来たのか? 魔術師殿、あれも魔族とやらか?」


「いえ、ディーンさん、あれは人間の冒険者ですよ。『ぬうううん』しないでくださいね」


 その横では腰布だけを着けた、全身テカテカ筋肉の半裸の大男と、怪しい半仮面をつけた中性的で華奢な少年がなにやら密談している。


 ふと目を上げたそこに広がっていた光景に、空から降って来た少女は青くなったり赤くなったりしている。


「ふえええ、どどどどエライ場面に遭遇しちゃいました……? うあ、あの、えっと、すすすすいましぇん! お、お取り込み中のところ、お邪魔しちゃって……!」


 これが噂に聞く、王侯貴族がその欲望のはけ口を求め夜な夜な開催する、背徳の仮面舞踏会(マスカレイド)というものに違いない。少女はぬいぐるみでも抱くように、背丈ほどの長さと肩幅ほどの太さの巨大な大剣をぎゅっと抱きしめた。


「お、お、大人ってきたない……こんな、こんな洞窟で、よ、4人でなんて……」


 目の光が消え、紫色のカサカサの唇でなにやらぼそぼそと呟いている。


「おい、そこの娘」


 ディーンが声をかけ、少女に一歩近づくと、少女はびくっと身体を震わせ、両手と首がもげるほど左右に振る。


「いえいえいえ!! 愛の形は人それぞれ、ですもんね! 私、断然応援しちゃいます! でででも、私にはちょっと早いっていいますか、まずはオーソドックスなスタイルでといいますか……!」


「……魔術師殿、こいつは何を言っているんだ?」


「怯えているようですね。あの、大丈夫ですか?」


 リョウが近付き、優しい表情を浮かべ手を差し伸べる。半仮面の赤い光がピピピピっと動いて少女の姿を捉える。


「いやああぁああ!!!! 絶対変態です!! 仮面つけた『ですます調』の男性は100パー変態だっておばあちゃんが言ってました!!」


 少女はイヤイヤするように巨大な剣をぶんぶん振り回す。


「……あんたら何遊んでんのよ」


 ようやく立ち直り、胸元を外套(マント)で隠したリリーが見かねたように声をかけてきた。


「うにゃにゃ? ニャミミ、この子どっかで見たようにゃ?」


 隣のニャミミは頬に指を当て首を傾げている。

 その時、少女の開けた天井の穴から、再び何者かが落下して来た。


「勇者殿!! 勇者殿、ご無事か!?」


 長い黒髪を頭頂部で結った、野生的な風貌の男だった。見慣れぬ異国の服装に身を包み、その上に朱塗りの板片鎧(ラメラーアーマー)を着け、大ぶりな曲刀を携えている。


 結った髪の両脇にはニャミミと同様の、黒い毛に覆われた獣人族の耳が生えている。

 その男は少女の横に立ち、ぎらぎらと殺気を込め、油断なくディーンたちを()めつけた。


「カシワギ! えっと、何か私、この人たちのヒミツの仮面舞踏会(いけないパーティ)を邪魔しちゃったみたいで……」


「ちょっと待て! ストーップ!! 何よヒミツのいけないパーティって!? アンタたち、その魔族を追ってきたんじゃないの?」


 ようやくなんとなく状況を飲み込んだリリーが、少女の足元の魔族だったものを指差しながら割って入る。


「え!? は、はい! あれ!? じゃあもしかして、あなたたちは不道徳(インモラル)な変態さん達じゃなくって、ぼ、冒険者の方ですか?」


「誰が不道徳な変態ですか!?」


 リョウが思わず声を上げる。ピピピピピ。


「リョウ、とりあえずそのヘンタイ仮面外すにゃん。ハナシが入ってこないにゃ」


「へん……!!」


 ニャミミの苦言にリョウは絶句して口をパクパクさせた後、うなだれながらしょんぼりと仮面を外した。


「あたしらはゴブリン退治でここに来たの。そしたらそこの魔族と鉢合わせたってわけ」


「……! そ、それはすみませんでした。この魔族は逃げ足が早くて、討ち漏らしてしまったんです。私たちはそれを追って来たんですが、洞窟の入り口が見つからなくて……」


「勇者殿、直下堀りはおやめ下さいとあれ程申し上げたではありませんか。前だって地底湖に落ちたり、溶岩に落ちたり、ドラゴンの頭の上に落ちたり……」


 カシワギという男が少女に向かってクドクドとお説教を始める。


「アカシアちゃ〜ん、カシワギく〜ん。置いていかないでよぉ〜」


 そこに恐ろしくおっとりした声と共に、もう1人が天井の穴から羽毛のようにふわふわと落ちて来て、お尻からどすんと着地した。


 つばの広い大きな黒い三角帽子を被り、身体の線にぴったりと密着した薄い生地のローブを纏った女性だった。大きく開いた胸元と、スカートに深々と入ったスリットから、艶めかしい身体が覗いている。


「ソレルさん、大丈夫ですか? 魔族はやっつけましたから安心してください!」


 少女は痛そうに腰をさすっている女性の手を取り、起こしてやる。


「どうしてみんな先に行っちゃうのよぉ〜!」


 彼女はそのまま少女にしがみついて泣き始めた。

 その様子を眺めていたニャミミがあっ、と声を上げた。


「思い出したにゃん! この子、『勇者(ユーシャ)』だにゃ! 勇者アカシア! 史上最年少勇者の、『小公女』アカシアだにゃ!」



◇◇◇◇◇◇



「まずはカンパイだにゃ!! みんなお疲れさみゃ〜!!」

「かんぱーーい!!」

 

 ニャミミが顔を綻ばせながら木のジョッキを掲げると、皆がそれに倣い、和やかに声を上げる。


「まあ色々あったけど、中位魔族を倒したおかげでこの筋肉ダルマのランクも上がったし、初陣にしちゃ上出来でしょ」


 エール酒を一気に飲み干し、リリーが陽気にディーンの肩を叩きながら笑う。


「はっはは、しかし驚いたぞ。皆、大した手練れだ。この調子ならオレが国を建てる日もそう遠くはなさそうだ」


 青い石のペンダントを胸元に光らせ、ディーンも上機嫌でそれに答える。


「巻き込まないでもらえる!? 今はこの辺り、平和そのものなんだから、やるならどっかの辺境の地で、1人で勝手にやってよね!」


「……なんだ、一緒に国を興さんのか?」


「そんな新興(ベンチャー)企業みたいなノリで興すな、国を!!」


「そうか……寂しいな」


「えっ……う、ま、まあ? しばらくの間、アンタが落ち着くまでは、その、付き合ってあげてもいいわよ。か、勘違いしないでよ!?アンタを放っとくととんでもないことになりそうだから、仕方なくなんだからね!?」


「……あらぁ、すごいツンデレさんねぇ。あれ、素でやってるのかしら」


 1人で怒ったり笑ったり照れたりしているリリーを眺めて、ソレルが微笑む。


「残念ながら、ああいう人なんです。優しいっていうか、悪い男に引っかかりそうっていうか……」


 リョウがやれやれ、というように肩をすくめた。


「そういうリョウくんはどんなヒトなのかなぁ? 優しそうだけど、もしかして悪い男だったりして?」


 お色気女魔術師にからかわれて、リョウは分かりやすく動揺した。


「ばっ、べっ、ぼっ、(ぼか)ぁその、善良な男ですよ!? でっでもソレルさんと2人っきりだとちょっぴり悪い男になっちゃうかも、なんて、ドゥッフフ」


「うわキモ」


「ちょっと勇者さん! いまキモって言いましたよね!?」


「すいません、変態さんとは話すなって故郷のじいちゃんの友達の弟が言ってたもので」


 魚のフライをもしゃもしゃ頬張りながら、勇者アカシアはそっけなく目を逸らした。


「それ、そこらへんのジジイじゃないですか!」


「許してくだされ魔術師殿。勇者殿はなにぶんまだ幼少ゆえに、潔癖な所がありましてな」


「ちょっとカシワギ! 私、もう15ですよ!? 立派な成人、淑女(レディ)です!」


 焼いた鶏の脚にかぶりつきながらアカシアが抗議する。


「……左様でございますな」


「鼻で笑いましたね!? 今、勇者を鼻で笑いましたね!?」


「リョウは肝心なとこでモゴモゴしちゃうからダメなんにゃ。もっとハッキリ喋るといいにゃよ。あと自分で自分の言葉に笑うクセやめにゃ?」


「やめて……陰キャにぶっ刺さるやつやめて……」


 その横では、致命的(クリティカル)なニャミミのダメ出しにリョウが凹みまくっていた。


「お帰りなさい、ディーン様。首尾はいかがでしたか」


 そこに酒の載った盆を持ったメディアがやって来た。


「ああ、メディア。随分と戸惑ったが、ようやくここの勝手にも慣れてきた」


「まさか最初の探索から魔族と鉢合わせて、さらに勇者様とご一緒に戻られるなんて。やはりディーン様は何がしかの定めを背負っていらっしゃるのかもしれませんね」


「そうだ、小娘。お前は一体何者なんだ。勇者とは、ただの尊称ではないのだろう?」


 ディーンの目がアカシアを見定めるように細められた。


「わっ、私のことですか? 勇者のことですか?」


 アカシアは固いパンを齧りながら訊き返す。


「両方だ」


「私はただの、地方貴族の娘ですよ。ただ、ご先祖に英雄の血が入っていたらしくて、ちょっとだけ身体が頑丈で」


「……ちょっとだけ、ね……」

 

 アカシアの鉄板のような巨大な剣を眺めながら、リリーがぼそっと呟いた。


「そんなわけで、世間様のお役に立ってこいと、祖父にほっぽり出されまして。フラフラしてた所をカシワギとソレルさんに拾ってもらったんです。えへへ」


「貴族の娘だというのに中々苦労をしているのだな」

 

「拾ってもらった、などとんでもない! 拙者はお会いした日から、アカシア殿を主と定めております。貴方様はいずれ世界を救うお方」


「私だってアカシアちゃんには感謝しているんだからね。それに私、アカシアちゃんのこと大好きだもの」


 カシワギとソレルが口々にアカシアへの想いを語る。

 見る見る勇者の顔が赤面した。


「ちょ、ば、やめて、くださいよぅ、私なんて、そんな、もう、ドゥへへ」


「うわキモ」


「ちょっと魔術師さん!? 今キモって言いましたね!? なんですか、さっきの仕返しですか!! 器ちっちゃくないですか!?」


「すみませんね。無辜(むこ)な民草の声ってやつですから、お気になさらずに、勇者様」


「あ〜、リョウ、拗ねちゃったにゃ。こうなるとしばらく引きずるにゃ」


 ニャミミが呆れ顔でリョウの頭をよしよししている。


「勇者という称号は、我々冒険者の酒場の推薦で、法王庁が認定するものです。魔族等混沌の勢力との戦いで、大きな武勲を立てた方に。先の魔城掃討作戦で、アカシアさんは魔王を討ち取っています」


 空いたジャッキを回収しながら、メディアが澱みなく解説した。


「魔王というと、あの魔族の親玉か? この娘がそれを倒したというのか」


「『小公女』アカシア。噂は聞いていたけど、まさかこんなちっこい子だとはね」


 ディーンとリリーは、膨れっ面でリョウを睨んでいるアカシアの横顔をしげしげと眺めている。


「よし、娘。一勝負といくか」


 ディーンはそう言いながらテーブル上の皿やジョッキを雑に除けると、ドンと音を立てて肘をついた。


「はいっ!? あ、あの、一勝負って、その」


「決まっている。力比べといえば、腕相撲だろう」


 驚いているアカシアにディーンは不敵な笑みを向ける。上腕二頭筋と大胸筋がそれに合わせてピクピク動いた。


「えええー!? ……いや、やめておきましょうよ? だ、だって私――」


 おどおどしながらアカシアは、


「――私、普通に勝っちゃいますよ?」


 ごく自然にそう言ってのけた。

 ディーンの唇が片方吊り上がり、瞳が爛々と輝く。


「お前が強いのは分かっている。だがオレも強いぞ。それともその名前に傷が付くのが怖いのかい、勇者殿?」


「待て、蛮族の戦士よ。力比べがしたいなら拙者が相手してやる。勇者殿を愚弄するような真似は――」


「いえ、私がお相手します、カシワギ。見たところこのディーンさん、相当お強いです。戦ってみたくなりました」


 アカシアの目の色が変わった。割って入ろうとしたカシワギを制し、テーブルに肘をつくと、小さな手でディーンの分厚い手を握る。


「思ったより気が強いな、小娘」

 

 その握りしめる指の力の強さに、ディーンはニヤリと笑い、力を込めて握り返す。


「……ディーンさんは思ったよりお喋りなんですね」


 アカシアも強張った笑みを浮かべ、さらに力を込める。


「はい! はい! それじゃあ僕が審判します! ……へっへっへ、こんな小娘やっちまって下さいよ、ディーンの旦那!」


 すっかり小物に堕ちたリョウが、間に立ち、2人の握った手に触れる。ディーンは少しだけ盗賊のジュードを思い出し、苦笑いをした。


「ちょっと筋肉! アンタやれるんでしょうね!? 負けたら承知しないんだからね!」

「あらあらあら。2人とも、がんばって〜」

「勇者殿! 遠慮することはありませんぞ!」

「にゃにゃ! これは見ものにゃ!」 

「キャーーーッ!! やれやれ!! やっちまえ!! ぶっ◯せ!!」

「……め、メディアちゃん……?」


 皆それぞれ無責任に応援している。

 ディーンたちの様子に気付いた周囲の客たちも、固唾を飲んで成り行きを見守っている。


「それではいきます! レディー……ゴー!!!」


 2人の腕は微動だにしない。張り詰めた空気の中、ミシミシとテーブルの軋む音だけが聞こえた。


「おや? こんなものか? お嬢さん」


「ご冗談を。ディーンさんの方こそ、まさかこれが全力なんて言いませんよね?」


「す、すまんな、見くびっていたようだ。5割、いや、3割の力では流石に勝てんか」


「き、奇遇ですねえ、私も3割、いや2割ってとこです」


 2人の腕がプルプル震え、額には汗が浮かんでいる。

 周囲の観客は興奮して騒いでいる。


「ではそろそろ全力を出すかな。潰れないように気をつけろよ、小娘」


「貴方こそ言い訳の準備をしておいて下さい、力自慢が小娘に鼻をへし折られちゃうんですからね」


「ぬうううぅうん!!!」


「ぐぎがごげぎぎ……!!!」


 ディーンの腕が膨れ上がり、アカシアは口をへの字にして顔を赤くする。仲間たちと観客の声援と野次の声が最高潮に達した所で――


 案の定テーブルが真っ二つに割れ、皿やカップが派手な音を立てて落ち、2人は前につんのめって倒れる。

 観客達からは落胆した声と笑い声が同時に沸き起こった。


「いでででで……な、なかなかやるじゃないですか、ディーンさん。今日の所はこの辺で……」


 サラダボウルを頭に被ったまま身を起こし、アカシアは宿敵(とも)を労おうと手を差し伸べる。

 そこにはぽかんと間抜け面を晒しているハーフエルフが突っ立っているだけであった。


「ディー、ン、さん……?」


 きょろきょろと周りを見回すも、ディーンの姿は忽然と消え去っていた。

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