8
そのおじさんは関西弁で「3階の子どもの声とか足音がうるさくて寝られへんって担当の高木さんに相談しててんけど、すぐ折り返しますって言って50分経っても電話ないねんけど? 進捗どうなってるん? すぐに折り返すって言っておきながら客を50分も待たせて平気でいられるって、おたく管理会社やろ? お姉さんならどう思う?」と電話越しに捲し立てている。隣の席の僕にも聞こえてくるくらい温度感が高く、大興奮で叫んでいるのがわかる。
「折り返しがないとのことで申し訳ありません……。高木には進捗を確認させていただきますので……」
そう話す遊佐さんの声は震えていた。僕はTeamsで「大丈夫ですか? 堀内チーフに変わった方が良さそうですよ」と遊佐さんに送り、遊佐さんは堀内チーフに電話を交代する。
「お電話変わりました、堀内です。先ほどの者の上席です。こちらは室内修繕の部署なので状況がわかりかねますが、賃貸営業の部署が窓口となって騒音については対応させていただきますので……。ただ折り返しのお電話については担当者が外出や会議などで不在の場合もありますので、すぐに折り返しができるかはお約束できかねます。……はい、わかりました、よろしくお願いいたします。失礼いたします」
堀内チーフの堂々とした対応に、おじさんは納得したのか電話を切ったようだ。50分やりとりが途切れただけで大興奮で電話をかけてくるなんて、ずいぶんせっかちだなあと思ってしまった。
「最後の折り返しから50分くらいで連絡ないって騒ぐ変なオッサンだったけど、俺が説明したらあっさり『わかりました。大声出してすみませんでした』って言ってきたよ。でもまたそのセリフも忘れて、シャウトしながら電話してくると思う。じゃあ俺トイレとタバコ行ってくるわ。小野関は遊佐さんと外回りしといて」
堀内チーフはそう言って、お手洗いとタバコ休憩で席を外す。
「なかなか変な奴でしたね……。わかりました、近場の僕の担当物件に連れて行きます」
僕は遊佐さんを連れて、ホワイトボードの行動予定表に行き先と帰社予定時間を記入した。それから徒歩圏内の物件に向かう。
遊佐さんと2人きりになり、道中でいろいろな話をした。前職の接客業の話がメインだったが、遊佐さんは少しずつ過去について話し始める。
「私いま27歳で、元旦那とは24歳のときに結婚しました。結婚を機に当時働いてた職場は辞めました。最初は仲良くしてたんですけど、私が26歳になって少ししてから元旦那の様子がおかしくなって、寝てる間に元旦那のスマホをチェックしたら浮気してたんです」
元旦那ということは、離婚歴があるってことか? そう思いながら話を訊くと、知られざる遊佐さんの過去が明らかになる。