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大学時代から付き合っている彼女の茉拓とは、結婚を前提に同棲している。こんな良い彼女に恵まれ、僕はなんて幸せ者なんだろうと思っていた。25年間真面目に生きてきた僕へのご褒美とも思うくらいだ。そこでもうすぐ茉拓の誕生日にプロポーズしようと思い、婚約指輪の用意をしたり夜景の見えるレストランの予約をしたりした。それなのに、僕の幸せは一瞬で壊されることになる。
ある日、いつものように仕事を終えて家に帰った。玄関には見たことがない男性物のスニーカーがある。茉拓に男兄弟はいないので、もしかして浮気だろうかと勘繰ってしまう。おそるおそる室内に入るも、中から出てきたのは茉拓だけだった。
「あ、翠、おかえりなさい」
茉拓がリビングのドアを開けて僕を出迎える。それ以外に人の気配はなさそうだ。じゃああのスニーカーは誰のなんだと思っていた頃、後ろから若い男が顔を出した。
「え、もう彼氏さん帰ってきた? 彼氏さんには俺から話すから」
と、男は僕の姿を見るなり茉拓に言う。一体何を話すつもりなのだろう。こういった修羅場については脳内でシミュレーションしていたものの、いざ目の当たりにすると頭が真っ白になった。男と茉拓はテーブルに並んで座っている。
「彼氏さんのいない時に上がり込んで申し訳ありません。僕は嵯峨龍太郎といいます。茉拓さんとは職場の同期だったのですが、僕が一目惚れして、お付き合いさせていただいています」
嵯峨が話し始めた。ーーは? お付き合いさせていただいている? こいつは何を言っているんだ? 僕はそう思いながらも嵯峨の話を聞く。茉拓は彼氏と別れてからじゃないと付き合えないと言ったそうだけれど、嵯峨が茉拓に何度もアプローチして付き合い始めたという。
「なので彼氏さんには申し訳ないんですけど、どうか身をひいてください。茉拓を僕に譲ってください!」
いきなり嵯峨と茉拓は土下座をし始めた。茉拓は黙ってばかりで何も言わない。涙目で俯いている。
「で、茉拓はどうしたいんだよ? 別れたいの? 黙ってばっかじゃわかんねえよ!」
僕が声を荒げて茉拓に問いかけると、やっと茉拓が口を開いた。
「み……翠、ごめんなさい……。翠のこと嫌いになったわけじゃないんだけど、優しすぎて物足りなくて……。龍太郎くんといる方が私に合ってるって思ったの……」
なるほど、僕は優しすぎて物足りないからチャラチャラした刺激的な嵯峨龍太郎に惹かれたというわけか。どこまで舐められたものだろうかと思ってしまった。
「お前ら、自分が何言ってるかわかってるか? だいぶ自己中なこと言ってるってわかる? 俺はもうお望み通り身を引いてやるから、嵯峨は責任持って茉拓を連れて出て行け。もうお前らの顔は見たくない。二度と俺に関わるな!」
僕が怒鳴りつけると、嵯峨と茉拓はそそくさと部屋を後にする。