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心覚の拾集家  作者: しば
第一章 砂漠の森
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かつての記憶

 バックパックの周りに、衣服やら瓶詰めやらが散らかっていく。

その様子に目を丸くしたターラは、とりあえずくしゃくしゃに詰め込まれていたであろうグレーのシャツを拾い、申し訳程度に皺を伸ばして丁寧に畳んだ。

同じような衣服が、ほかに2,3枚ある。

丸まっていた1枚を拾い上げると、小さな木彫りの人形が転がり落ちた。

「それはアプ族の魔除けなんです。以前立ち寄った時にもらって・・・」

バックパックを漁る手を止め振り向くと、3枚目のシャツを畳み始めたターラと目が合った。

「・・・すみません、整理整頓が苦手なもので・・・」

気まずそうに後頭部を掻くクリスを見て、ターラに思わず笑みがこぼれる。

サフィでももっと上手に片付けができる、と言いたくなるのを、ぐっとこらえた。

「ああ、あったあった」

そう言ってクリスは、今にも壊れてしまいそうなほどぼろぼろになった革表紙の、手帳のようなものを取り出した。

ところどころ剥がれ落ち、表紙からはそれが何かをうかがい知ることはできない。

「これは・・・?」

「日記帳です。大昔の誰かさんの」

表紙の留め具をちぎれてしまわないよう慎重に外し、ページをめくる。

「聖暦1048年 緑の月 8日・・・」

最初のページに書かれた日記を読み上げる。


  聖暦1048年 緑の月 8日

   ダコタにしばしの別れを告げた。

   ヤール族の羊毛からは、あたたかくやわらかなシーツが作れる。

   雪の月には生まれてくるわが子のため、買い付けに行くことにしたのだ。

   行って戻るまでに三月みつきはかかるだろう。

   ダコタは母に預けてきた。

   ダコタへの土産も買って帰ろう―――


「聖暦1048年・・・」

ターラは驚きを隠せないようだった。

()()()()よりも前の日記帳です」

一方のクリスは目を輝かせている。

何枚かめくっていき、目的のページを開いてターラに見せる。


  聖暦1048年 の月 22日

   ヤール族の人々はみなとても親切にしてくれた。

   目的の羊毛をゆりかごに敷くためのシーツに仕立て、

   ていねいに包んで持たせてくれた。

   急ぎ戻らなければ。

   惜しむらくは、彼方に広がる森を訪れることができなかったことだ。

   この砂漠地帯にあれほどの森が広がるとは・・・

   いずれまた、ダコタとわが子を連れて訪ね来よう。

   

再びページをめくっていく。


  聖暦1051年 陽の月 5日

   叔父の住む街に逃れてきた。

   じきにここにも戦火が及ぶだろう。

   戦など、遠い異国の話だと思っていた。

   ダコタとサーシャだけは、わが身に代えても守らなくては。

   街の鐘楼守がひっきりなしに鐘を鳴らしている。

   地下のシェルターへ急がなければ―――


「この日記帳は、ここに書かれた地下シェルターの跡地で見つけたんです」

日記を閉じ、優しく留め具をつける。

「まあいろいろあって・・・都市遺跡を放浪していると、こういうものを見つけることができるんですよ」

バックパックから同じような手帳や、紙切れを取り出す。

「今はかつての都市の成れの果てでも、そこには確かに人々の暮らしがあり、思い出があった。私はそうした思い出の欠片を拾い集めているんです。当時の人々が何を感じたのかを知るために」

クリスの笑みは明るいものではなく、どこか憂いを帯びていた。

「当時と今とでは、地形も変わっていることでしょう。私が生まれるよりも前、このオアシスにも、他のオアシスが枯れてしまったために移住してきた方がいたと聞いています」

「そうでしょうね、でもまあ・・・私には日記の彼と違って時間はたっぷりありますから。気長に探してみようと思って」

「そういうことでしたら、一晩と言わずうちに滞在していってください。サフィも喜びます」

クリスは照れ笑いを浮かべ、お礼を述べた。

 

 散らかした私物をバックパックに詰めなおし、居間に敷かれた寝床に横たわる。

ターラとサフィは幕で仕切られた隣のテントで眠るようだ。

薪ストーブとランプが消されると、テント内は闇に包まれる。

砂漠の夜は氷点下まで冷え込む。

オアシスはそれほど極端ではないが、やはり日が暮れると肌寒い。

羊毛のシーツが身体を暖かく包む。

きっと日記の持ち主の子―――サーシャも、同じ温もりを感じていたことだろう。

ターラは明日、夜明けとともに馬の手入れに出かけるはずだ。

寝床を提供してもらうからには、その恩義に報いなければ。

厩の掃除を手伝って、早めに森を探しに行こう―――

そう考えを巡らせながら、まどろみに沈んでいった。


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