Chapter5-1
第五章なります。亀のスピードですみません!!読んで頂けると嬉しいです(*´▽`)ノノ
上級魔術師はこの世界に数人しかいないらしい、というのはモーン先生から聞いた事がある。
上級の魔術を使うには多くの魔力量が必要で、人間の身体はその大き過ぎる魔力に耐えられないのだ。内に多大な魔力を秘める事ができる、それはきっと恵まれた体質の持ち主なのだろう。
そんな数人の内の1人が、今目の前にいるノアだというのか。レティシアは喫驚した。
ノアは泉の淵、水に触れるか触れないかのギリギリに立って上から水中を覗き込んだ。どこまでも透き通る水は、底が見えるのは手前だけで奥に行くに連れて泉の底は見えなくなっている。
気が付けば、周りに水の精霊達の姿はいなくなっていた。
泉を確認してから後ろを振り向き、レティシアの呆けた顔を見つつ「こっちに来い」と自分の元に呼び寄せる。
呼ばれて自分の側へと来たレティシアを一瞥し、ノアは自分の魔力が身体全体に行き渡るよう集中し始めた。
グン――とノアの周りの空気が変わる。隣にいたレティシアは彼から魔力が溢れ出した事を感じとった。
「水よ、流れ過ぎ行く時を止め。我らの身体を包み込め」
詠唱とは文字通り、詠み唱えること。魔力を身体に循環させ言葉に乗せ放つ。
一言目は使う魔術の属性を、二言目には指示を唱えるのが一般的で、後は術者の操る能力の高さと想像力によって発動の仕方や度合いは異なってくる。
その為魔術を操る才能と想像力が高ければ、詠唱を唱えずとも魔術を発動させる事はできる。無詠唱と呼ばれるモノだ。
けれども無詠唱で魔術を使う者は少なく、多くの魔術師が詠唱して魔術を発動させる。理由は単純に、無詠唱より詠み唱えたほうが魔力を安定させやすい。
詠唱によって魔術が発動し、淡い青色の光が二人を包み込んで直ぐにスゥッと消える。
目には見えないが、レティシアは自分がノアの魔力に包まれたのだと理解した。
ノアは発動させた魔術の感覚を確かめる様に、何回か掌を閉じたり開いたりを繰り返し、程なくしてレティシアの手首をグッと握りしめ、躊躇する事なくザブザブと泉の中へ入っていく。
足首、膝、お腹と順番に浸かっていき、やがて二人の全身が泉へと沈み込んだ。
ボチャン――と二人の姿が見えなくなった場所を中心に波ができるが、やがて水面は凪いでその場所には静寂が戻る。
静かな空間で泉声の音だけが緩やかに響き渡ったーー。
*
ヒンヤリとした感覚がレティシアを包み込む。泉の水の冷たさなのか、ノアの魔術による冷たさなのかは分からなかったが、このままずっと水の中に居たいような、心地よい暖かさを感じる。
正直に言うとレティシアは水の中に入るのが恐かった。
地についていない足、暗くなる視界、冷たい温度。それはつい最近経験したモノだったが、繋がれた手首の感触がこの前とは違うのだと、思い出しかけた記憶を打ち消した。
潜って見る泉の中の世界は、透明な世界が広がるばかりで、想像していたより何も無い。地上で見かける水の精霊達が水中で漂っているくらいだ。
通い慣れた場所、しかし泉の中に潜った事は一度も無かった。初めて見る場所の筈なのに、行きたい場所がある。
もっと下だ、もっと下へ降りなければいけない。とレティシアは何故かそう思った。
意識が完全に泉の底へと向けられていたレティシアは、もっと深くまで潜ろうとしてグッと手を引っ張られた。
そうだ、自分は今ノアに手首を掴まれている。
「あそこに、あそこに行かないと」
レティシアは握られていない左手の人差し指で、真っ直ぐに底を指し示した。
ノアに伝えようと喋った言葉は、水の中でも問題なく発言できたが、そんな事は今のレティシアにとって些末な事だった。
「あっちの方向に行きたいんだな?」
レティシアの指す方向は、特に変わり映えのしない景色が続いていたが、必死で訴える様子を見てレティシアの判断に委ね奥へと進む。
どれ位潜り続けているのか、数十分なのか数時間なのか、何も音がしない水の世界で時間の感覚があやふやになる。泉の中はこんなにも深いのだろうか?
そうして暫くすると、ヒラリ――ヒラリ――。と白いモノが視界に映った。
ノアも目で追っている様子を見れば、見えているのは自分だけでは無い。
レティシアは白いモノを確かめようと腕を伸ばして掴み取る。手の中に収まったそれを開いて、矯めつ眇めつ眺める。
(白い花、これは)
「花だな」
「えぇ、スズランだわ」
ノアはレティシアの手の中を覗き込み確認したが、どうやら花に詳しく無い様だった。
この白い小さい花をレティシアは見た事がある。純白の可憐な花はその可愛らしさとは別に、花も根にも毒が含まれているが、水の中で育つ植物では無かった筈だ。
そして、深くなればなるほどスズランの香りが強くなっていき、泉の底が見えた時。
その光景に、ノアとレティシアは二人してほぼ同時に目を見開いた。
花、花、花。白い花で埋め尽くされたそこは、スズランの花畑だった。
よく見れば、あたり一面のスズランの花が淡く発光している。光が届かない筈の底ではその淡く照らす花によって、暗い泉の底を輝かせていた。