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TS転生してアイドルになったけどユニットが終わってる

TS転生してアイドルになったけどユニットが終わってる  えんどれす!

作者: 御嬢桜マコ

前回の予告通り、莉音ちゃんがメス堕ちする話です(大嘘)。






 赤ん坊がなぜ泣くのか。


 これには色々な説があって、酸素を取り込んでいるのだ、みたいな医学的なやつから、この世に生まれたことが悲しくて泣くのだ。みたいな、ポエミスティックなやつまで様々だ。生まれた時の痛みで泣く、みたいなもっともらしく聞こえる説も、実際赤ん坊に聞いたわけじゃないので本当かどうかはわからない。


 しかし、転生者たる俺の場合、あそこまでギャン泣きしたのにはシンプルかつ明確な理由があった。



 俺は、相棒を失った悲しみで泣いたのだ。



 『元気な女の子です』という看護師さんの声が聞こえた気がして、心なしか股がスースーする気がして、人生を共にし息子とまで呼んだ半身がいなくなったことに気づき、そのあまりに衝撃的な事実を受け止めきれずに泣いたのだ。


 ーーそう。生まれ変わった俺は女だった。


 そして、それは大人になった今も変わりない。何度サンタさんに願えど、毎年七夕の短冊を百枚くらい書こうとも、親にインドあたりに旅行に行きたいと駄々をこねても、俺の失いし聖剣が戻ってくることはなかった。なかったのだ。


 未だに俺の股はスースーするし、鏡を見ても、そこにはちんまいロリガキが1人。胸だって、遠目に見て膨らんでいることが分かる程度にはある。


 前世で見たアニメや漫画では胸のおっきいキャラに対して貧乳キャラが「その胸分けろ!」だの「羨ましい!」だの言う場面があったけど、あんなもん所詮は創作だ。邪魔だし、ライブの後とか蒸れて痒いし、こんなもん百害あって一利ない。例えお子様扱いされるとしても、まな板時代が一番良かった。

 大きくなりたいとか言ってる奴は全員ビッチ。


 ブラジャーはいつも通り、灰色の無地なやつ。中学年からほとんど変わらないサイズのシャツを着て、SSSサイズのジャージを羽織る。当然、これから運動するというのにスカートなんて履かない。


「莉音さーん、まだですかー?」


 と、そこで更衣室の扉を開けてマネージャーが入ってきた。格好は俺と同じ地味な色のジャージだが、いつもと違ってボサボサの髪の毛を後ろで一つにまとめている。

 俺は慌ててズボンを引き上げた。


「き、急に入ってくんな! びっくりするだろ!」


 当然の抗議をする俺に対し、マネージャーは「え、どうしてですか?」とでも言いたげな不思議そうな顔だ。


「え、どうしてですか?」


 言った。


「............は......から」

「え?」

「恥ずかしいからに決まってんだろ! 二回も言わせんな!」

「え、別に普通の灰色のやつでしたよね?」


 軽く小首を傾げるマネージャー。隈が酷いその目元は、俺の下腹部のあたりを見つめている。


「別に見られて減るものでもありませんし、そもそも、女同士でーー」

「俺は見るのは好きでも見られるのは嫌いなの!」


 音を立ててロッカーを閉じる。


「見られるのは嫌って......トップアイドルとしてどうなんですか、それ」

「踊ってる時は平気なの! もういいから、さっさと行くぞ!」


 呆れた顔のマネージャーを置いて、俺は早足でジムに向かった。




◯ ◯ ◯ ◯ ◯




 人生二回目ならうまく行く。記憶があるなら無双できる。まだ母親の乳を吸ってたころ、そんな舐めた考えだった俺は、幼稚園に入って早速つまづいた。


 こっちは静かに本を読んでいるだけなのにどこからか積み木が飛んでくる。謝ることの大切さを教えてやっているだけだというのに、向こうが泣き始めたらもう悪いのはこっち。精々猿の26レベ程度の知能しか持たない人間のなりそこない共にわざわざレベルを合わせなければならないのは、想像を絶する苦痛だった。

 だってあの動物園に毎日だよ? 毎日。頭おかしくなるわ。保育士なんかは子供好きかつ金ももらえるからギリギリ耐えられるかもしれないけど、俺は無理。

 

 なら勉強で無双する? それも無理だ。前世の俺は、努力して点数を取るタイプの人間だった。たとえ今世のスペックが高かったとして、それを有効活用できるとは思えなかったし、そもそも別に勉強はそこまで好きじゃない。大学受験までで十分だ。



 でも大丈夫、まだいける。勉強も運動もできる俺なら、カーストトップのリア充生活をーー。



 そう思ってた俺は、小学校の保健の授業でようやく現実を直視した。すなわち、


『俺、女の友達いないじゃん』


 生理がどうとか子供がどうとか未婚のくせに偉そうに説教垂れる先生と、変に反応して目立ちたくないからと微妙な顔で聞く女の子たち。そうだ、そうだよ。これから中学になって、男子とだけ遊んでたら間違いなくビッチ扱いだし、今でも偶に告白されてその度に気まずい思いをしているというのに、変に色気付かれたらきっと今以上にだるい。

 女子って普段どんな話するんだ? どうすれば女子に溶け込めるんだ?


『〇〇君ってかっこいーよねー』

『えー、私は二組の××君かなぁ』

『見て、このバッグ! パパに買ってもらった!』

『え!? それ△△の限定のやつじゃん! マジうらやまなんですけどー!』



 ーー俺の爆進ボッチ道が幕を開けた。



 そもそも、生活指導のババアもニッコリ、膝下丈のスカートに常時体操着のズボン着用な俺と、こいつ露出趣味なんじゃねーの? 男子と遊んでた俺より、お前の方がビッチだろ。ってぐらい丈が短い奴とでは話が合う気がしなかった。かと言って教室の隅で受けだの攻めだの意味わからんこと言ってるグループに混ざんのはなんか嫌だし、なら高嶺の花ルートで行くかとボッチを貫いて。体育の「好きな人と組んでね」を聞くたびに絶望して。

 結局、中二になっても組んでくれる人がいなくて、一人っきりで流行りのアイドルの曲を踊ってーー。


「か、かっこ......かこいいでっ!」


 もう今は顔も覚えていない、そう言ってくれた女の子の一言で、俺はダンスを極めることにした。


 才能の有無はわからない。でも、俺にはこれしかないという必死さが、自然と俺を上達させた。1年間、勉強は貯金を切り崩してダンスだけに集中して、


『今の俺なら、アイドルにだって勝てる』


 アイドルになった。

 前世とは少しだけ違うこの世界のおいて、覇権アイドルは銃の名前によく似た48人組でも、韓流のアイドルでもなく、『ヒロインズ』という一つの事務所に所属するアイドル達による戦国時代状態。

 ヒロインズに所属するアイドル達は自由にユニットを組み、歌や踊りの腕を磨き、お互いに競い合う。年俸は所属するユニットの人気と、人気投票の結果で決まる。まるでアニメか漫画の設定のようなこの場所で、俺が最初に所属したのは、


『endless』


 永遠を意味するこのユニットを、俺はーー。


「あら、裏切り者じゃありませんの」

「桜ノ宮............」

「嫌だ。気安く名前を呼ばないでくださる? わたくし、まだ貴女のことを許してはいなくてよ」


 そう、俺は終わらせたのだ。


 自由にユニットを組めるが故に活動休止や解散が多く、看板と呼べる存在がいないことが長年の悩みだったヒロインズは、各ユニットから圧倒的な実力・人気を誇るメンバーを招集し、一つのユニットを組ませた。

 それこそが『freaks』、ヒロインズの圧倒的トップにしてーー今の俺が所属するユニットだ。


「事務所に強制されたんだから、仕方ないだろ」

「わたくし達から雛子もマネージャーも奪っておいて、よく言いますわね」


 冷たい瞳で俺を睨む桜ノ宮に、かつて仲間だと微笑みかけてくれた頃の面影はない。


 俺と、俺が辞めるならとendlessを辞めてfreaksに移籍願いを出した雛子、とある事情から中々マネージャーが決まらなかったのを見兼ねて、古巣を捨ててまで立候補してくれたマネージャー。

 マネージャーが支えてくれたのもあって、とんとん拍子......とは決して行かなかったが、傍から見たら次々に他のユニットを抜き去り、一躍トップに躍り出た俺たちfreaksと、主要な人物が3人も抜け、人気は低下し、結局解散する羽目になったendless。


 桜ノ宮から見れば、俺は仲間を捨てたばかりか、自分たちから雛子とマネージャーまで引き抜いて自分だけトップアイドルになった、文字通りの「裏切り者」なのだろう。


「貴女が泣いて謝るというのならーー」

「あのなあ、今までだって散々謝っただろ?」

「人の話を遮らないでくださる? わたくしは、泣いて謝るというのなら、許してあげるということを考えなくもないですわ。と、言おうとしたの」

「どうせ、考えた結果ダメとか言うんだろ?」

「......ええ。今の貴女の態度で、考えるまでもなく、絶対に許さないと決めましたわ」


 俺だって別に好きで移籍したわけじゃない。あくまでも事務所の命令だから仕方なく移籍しただけで、その後にマネージャーの件も含めて菓子折り持って散々謝りにいったのだ。それをこの女はネチネチネチネチといつまでもいつまでも。


 この、根に持ち女が!


 大体なあ、俺が何の苦労もなくトップアイドルやってると思ったら大間違いなんだよ。この前だって、変な記者に脅されて、撃退したは良かったけど、メンバーのメンタルケアとかすごい面倒だったんだからな。スタッフはいつも人手不足だし。あんな地獄みてえな奴らの集まりだって分かってたら、意地でもendlessに残ったっての。


「桜ノ宮さん! 水、持って来ましたよ!」


 そんな俺と桜ノ宮の間に流れる険悪な空気をガン無視で、スーツ姿の一人の男が現れる。

 ここはヒロインズ所属のアイドル専用のジムなので、男がいるのは非常に珍しい。その格好と、桜ノ宮に対する態度から見て、おそらくこいつが桜ノ宮が立ち上げたという新ユニットのマネージャーなのだろうが............お前、よくこの空気感で入ってこれたな。


「桜ノ宮さん、僕をパシリみたいに使うの良い加減やめてくださいよ......」


 ふわふわの縦ロールに高そうなジャージ、纏う雰囲気からしてハイソな桜ノ宮に、肩で息をしながら水を差し出すマネージャーの男。そのペアは、まんまお嬢様と執事......というよりは、下僕だった。

 下僕と目が合う。


「え......もしかして、紫莉音(むらさき りおん)?」

「あ、うん。そうだけど」

「うわ、本物だ! あの僕、小柴太郎(こしば たろう)って言います! 莉音ちゃんの大ファンで! 良かったら、サインもらっても良いですか......?」

 

 こないだのプリン頭といい、こいつといい、俺のファンこんなんばっかかよ。てゆうか俺、こんな所でまでアイドルモードやりたくないんだが。

 

「おい桜ノ宮。これ、お前んとこのマネージャーだろ、なんとかしろよ」


 小声で呼びかけるが、返事はない。


「............桜ノ宮?」

「..................り、ましたわ」


 俯いてプルプルと震える桜ノ宮の表情を伺うことはできない。しかし、硬く握りしめたその手から、彼女が何故か物凄く怒っていることがわかる。

 ............やばい。もしかして、さっきの根に持ち女を声に出してしまってたか?


「貴方がそういう態度を取るなら、こちらにも考えがありますわ」


 俺を睨むそのアーモンドの瞳は、怒りの炎に燃えて、かつてないほど釣り上がっていた。

 どうしよう、声に出してた気がする。


「決めました。次の人気投票でわたくしと勝負して、もしもわたくしが勝ったら、うちの太郎とそちらのマネージャーを交換してもらいます」

「「はあ!?」」


 俺と下僕の声が重なった。


「あら、怖いのですか?」

「違う! けど、そんないきなり......」

「そうですよ。それに、そんなこと社長が許可するか......」

「わたくしを誰だと思ってらして? 桜ノ宮の名を冠するわたくしならその程度、造作もないことですわ」


 そうだった。こいつは口調だけじゃない、正真正銘のリアルお嬢だった。


「もしわたくしが負けたら、昔のことは水に流して差し上げます。悪い条件ではないのでなくて?」


 馬鹿かこいつは。そんなん、こっちのデメリットがでかすぎるだろうが。 

 確かに、会うたびに絡まれて険悪な空気になるのは正直めんどくさい。俺だって過去の精算はしたいし、今日のようなやり取りをしないで済むというのなら、それだけで受ける価値はある。

 

 ーーだがしかし、マネージャーを取られる可能性が1ミリでもあるというのなら、話は別だ。


 マネージャーはうちのユニットの生命線。この太郎とかいう桜ノ宮の下僕がどこまで有能なのは分からないが、常に裏方不足で業務過多なfreaksのマネージャーが務まるとはとても思えない。俺以外のメンバー全員、どいつもこいつも問題だらけという点も含めて、長くやってきたマネージャー以外にはとても任せられない役割なのだ。


「あら? もしかして、前回の人気投票6位、トップユニットfreaksの紫莉音ともあろうお方が、わたくしごと......わたくしとの勝負を恐れてらっしゃる?」


 やけに芝居がかった大声でジムのアイドルの視線を集める桜ノ宮。こいつ、汚い。観衆を利用して断れなくするつもりか。

 でも確か、こいつは前回の人気投票はトップ10落ちの18位。トップ10とそれ以外で大きな開きがあるヒロインズにおいて、6位と18位の差は天と地までとは言わないが、4階建てのアパートと東京タワーくらいはある。わかりやすくおっぱいで例えるなら、CカップとHカップ。つまり、凄く大きいということだ。


 普通に考えて、俺の負けはない。


「いいだろう。のってやろうじゃねえか」

「え、」

「なんだよ、お前から言い出したんだろ。その挑発に乗ってやる。そのかわり、俺が勝ったらもう一回だけ謝って、それでユニット脱退の件は許してもらうからな」

「な、なるほど」


 何故か焦ったような顔の桜ノ宮は、大きく首を傾げて、


「暫定順位を見ていないのでしょうか? いえ、そんなはず......それとも、他に何か考えが............」


 ははあ。なるほど。

 さては暫定順位が良いんだな。それで勝てると踏んで勝負を挑んできた、と。だが、もう人気投票の締め切り日までは一ヶ月もない。例え今の順位が良かったとしても、俺を追い抜くまでの時間はない。


「ま、まあいいですわ。勝負の日を楽しみにするとしましょう。精々健闘することですわ、ええ」

「ふん、言われるまでもないさ」

「一体、その自信はどこから......では、わたくし達はこれで。行きますわよ、太郎」

「ちょっ、ちょっと待ってください! 僕はまだ了承してませんからね!」


 慌ただしくさっていく主従コンビと入れ替わる形で、マネージャーがやって来た。

 まずい。今の話聞かれてたかな? 流石に、黙って自分を景品にした勝負を受けたなんて知られたら、いくら優しいマネージャーでも怒るはず。なんとか誤魔化さないと......。


「あれ? 珍しいですね、桜ノ宮さんと話しているなんて。何をお話しされたんですか?」

「いや、ちょっとな。それより、マネージャーは遅かったな。一体、更衣室で何してたんだよ」

「ああ、いや。すみません。一昨日更新された人気投票の暫定順位なのですが、生憎忙しくて確認する時間がなくて。さっきそのことを思い出したので、確認してたんです」


 まじか、一昨日にもう出てたのか。

 うちのユニットあんま順位とか気にするタイプの集まりじゃないからな......というか、そんな事まで気にしてる余裕ないというか。

 なのに、何故か順位はめちゃくちゃ高いんだよな。


「ちなみに、どんな感じ?」

「莉音さんは......今回あまり良くないですね。流石にこれから伸びるとは思いますが、今は18位です」

「..................は?」


 18......って俺が? そんな、馬鹿な。

 愕然とする俺に、マネージャーはスマホの画面を見せてくれる。18位には、確かに俺の名前が............。


「嘘。何かの間違いじゃ」

「どうしたんですか? 莉音さんらしくない。去年までは順位とか気にしてなかったのに」


 それは、マネージャーがかかってるから......。


「そ、そうだ! 桜ノ宮は!?」

「桜ノ宮さん? 確か、彼女は最近調子良かったと思いますよ。彼女と、彼女が率いる『Re:start⇒』のメンバーは、軒並み順位を大幅に上げてましたね。確か、えっと......」


 嘘だとは思いながらも、マネージャーの声に導かれるように、画面を上にスクロールする。

 いつもは決まったように俺の一つ下の順位を取るヒナは、俺よりだいぶ上の7位。そして、桜ノ宮は。桜ノ宮は。


「6位だった気がします」


 スクロールする手が震える。

 トップ10、去年の俺がいたはずの、その場所にはーー。


『桜ノ宮瑠璃』


 と、確かにそう書かれていた。

 うん。なるほど? つまり、前回6位の俺が現在18位。前回18位の桜ノ宮が現在6位。二人の間にはCカップとHカップ並の圧倒的な差があって、このまま順当に俺が負けたら、うちのマネージャーが取られると。

 

「なるほど。なるほどね」


 俺はジムのベンチの上に横になった。


「マネージャー、ちょっと仮眠とるわ」

「ええ!? この後公演ですよ!?」

「大丈夫、それまでに起きるから。じゃあ、おやすみ」

「いや、そんなーー」


 俺は愛用の耳栓とアイマスクをして横になった。これさえあれば、どこでも寝れる優れもの。

 起きた時にはきっと、なんとかなってる。そんな気がするんだ。うん。現実逃避じゃないよ? ほら、果報は寝て待てって言うからね、うん。


 




◯ ◯ ◯ ◯ ◯






「起きてください、莉音さんっ!」

「ーーはっ!?」


 ここはどこ? 玉はついてる?


「あ、莉音さんおはようございます......ではないですね。もう、どうしたんですか? 仮眠にしては長すぎですよ? 公演がもうすぐ始まっちゃいます」


 生まれ変わったら無くなってたんだから、目が覚めたら付いてることだって当然あるはずーー!


「......なんでパンツの中を確認してるんですか?」

「いや、なんでもない。こっちの話」

「......何で少し残念そうなんですか?」

「分かってても期待しちゃうんだよ」

「は、はぁ」


 怪訝な顔をしているマネージャーは置いといて、何で俺はジムのベンチなんかで寝てるんだ? 周りを見れば、文字通りアイドル級のかわいこちゃん達が汗水たらして頑張っていて実に眼福......ではあるけど、ここ寝る場所ではなくね?

 そうだ。確か俺は、ここで桜ノ宮と会ってーー。

 

「そうだ、順位!」

「はい?」


 なんか寝る前に18位とかいうありえない数字を見た気がするけど、きっと気のせいだよね。それか、マネージャーのミスで見間違えてたか。あんなの悪い夢だ。

 前回6位の莉音ちゃんが、名実ともに、正真正銘徹頭徹尾トップアイドルの莉音ちゃんが、18位なんて取る訳ない。


「18位............虹川光」


 ほらな!

 全然見たことない名前だから、多分新人かな? 一年目で18位なんかすごいじゃないか。まあ、俺は一年目から12位だったけど。でもこの順位はまだ暫定、これから上がると思うから頑張ってね。新人は知名度無いから順位上げるの大変だけど。

 

 ーーでも、俺は違う。


 俺くらいにもなれば、寝てる間に票が入ってくるもんだ。今までがそうだったし。暫定順位なんか今まで一度も確認したことないけど、それでも最後にはいつも高い順位を出し続けた。ほら、二桁には名前ない。


 入ってる。入ってる。絶対トップ10に入ってる。


「まず龍虎さんが8位」


 龍虎さんは抜群のスタイルと大人の魅力で高年齢層中心に人気があるけど、処女っぽさがあまりにもないから夢見るユニコーンどもには人気がない。去年の順位も俺の二つか三つ下だった。グッズの売り上げとかを見た感じ、今年も同じような順位に落ち着くだろう。

 まあ、それでも俺より長い間トップ10維持してるバケモノなんだけど。


「ヒナが7位」


 じゃあやっぱり、6位は俺か。

 さっきはちょっとおかしかったけど、ヒナが人気投票で俺の一個下を取るのは一種のお約束。ジンクスなのだ。なんだかんだあっても、最終的にはストーカーみたいに俺の一個下にーー。

 

「誰だよ」


 いや、この名前は聞いたことがある。別の人気グループのリーダーだ。

 でもさっきは桜ノ宮がこの順位だったはず。


「桜ノ宮......5位」


 じゃ、じゃあ......俺は4位以上ってこと?

 自己ベスト更新じゃん。freaksの一筋縄じゃいかないメンバーどもを従えてこの一年、今まで以上に頑張って来た。まあ、俺のファンならそれくらい分かってて当然だよな。よかった、これで桜ノ宮にも勝てて、マネージャーも移動しないで済む。


「4位............じゃない。3位............で、でもない」

 

 やばい。やばい。やばいぞ。

 だって、2位と1位はここ3年間あの二人の独占だ。


「2位、赤井あずさ。1位、青峰レナ」


 思った通り、そこにいたのはうちのユニットの問題児二人。じ、じゃあ、俺はーー? どっかで見落としたか? ま、まさか。下なんてことない、よな?

 名前だけを見続けて、下にスワイプしていく。


「あった。紫莉音............?」


 じゅ、じゅうきゅうい?

 英語で言うとナインティーン。アラビア数字で19。


「は? え? は?」

「あの、莉音さん? 大丈夫ですか?」

「さ、下がってるんですけど......」


 目の前が真っ暗になるって、こういうことなんだろうか。

 マネージャーは暫定順位なんてなんの参考にもならないとか、莉音さんの逆転は名物みたいなものだとか、色々慰めてくれているようだけど、そんなもの何の気休めにもならない。この世界は現実。女児向けのアイドルアニメの世界じゃない。いつだって、勝つのは実力のあるやつだった。だから、俺たちfreaksはやってこれた。


 なのに、どうして............?

 

 19位。19位なんて、ヒロインズのオールスターで野球チーム作っても、二軍にすら入らない順位だぞ。塁審かランニングコーチ枠がぎりぎり回ってくるかどうか......。嫌だぞ、あんな腕ぐるぐるしてるだけのつまんなそうな役割なんか。

 ゲームのキャラだって、ハードのスペックが上がった今の時代でも19人もいたらかなり多い方だ。つまり、19位の俺はいいとこNPC。中盤あたりで出てきて、ストーリーを進行するだけの役割。ダウンロードコンテンツでルート追加されたらラッキーですね。

 

「もう! 人の話を聞かない人ですね! とにかく公演が近いんですから、さっさと準備して下さい!」


 固まってしまって動かない俺を、マネージャーが引きずってドナドナする。




 沈黙を辛く思ったのか、話題に出してきたのは先程の桜ノ宮についてだった。


「Re:start⇒は、endless解散後に桜ノ宮さんが立ち上げた新進気鋭のユニットで、桜ノ宮さんが人気絶頂の今、右肩上がりのユニットです」


 人気絶頂桜ノ宮。急落19位莉音。ハハ。


「桜ノ宮は、なんかあったのか?」

「さあ。でもそういえば、最近は角が取れて丸くなったとか、ファンサも前より良いとかでスタッフの間で評判になってましたね」

「角が取れて丸くなったぁ?」


 あれが? 出会い頭に喧嘩売られたんだが?


「詳しくは知りませんけど、彼女のユニットは今回の人気投票にだいぶ力を入れているようで、トップ10入りの有力候補の一人ですね」


 まじか。全然知らなかった。

 うちのユニットは事務所内で孤立してるから、自分から調べないと情報が手に入らないんだよなあ。かといって、最近は大規模ライブのリハもあって忙しかったし。

 くそっ、知ってたら勝負も受けなかったのに。


「さっきから、やけに桜ノ宮さんのことを気にしますね。彼女と何かあったんですか?」

「............別に。それより、何で俺の順位がーー」

「あ、莉音ちゃん!」


 楽屋の扉を開けた途端、こちらに駆け寄ってくる大きな影。勢いよく抱きついて来たそれは、背をかがめて胸に頬擦りしている。


「あのね、今月の21日なんだけど予定ある?」


 そのまま、お手本のような上目遣い。自分の可愛さを良く分かってらっしゃる。

 それも当然、彼女は我らがfreaksのリーダーにして、昨年の人気投票二位のヒロインズが誇る正統派アイドルーー赤井あずさ。今日はライトサイドに寄ってる感じか。正直、今はこいつに構ってる余裕ないからありがたい。


「21日......か」


 別に何もないけど、その次の日がネットで全世界に配信する大規模ライブで、それが多分人気投票で票を獲得する最後の機会なんだよな。今月末が人気投票の締め切りだし。


「あのね、あずさの家でお泊まり会したくてね、それで、徹夜したら莉音ちゃんのーー」

「いや、悪い。今回はやめとくわ」

「死にます」


 前言撤回。今日も暗黒面。


「あずさは悪い子......あずさは悪い子............」


 ゾンビのように壁に向かって歩き出したあずさを慌てて羽交い締めにする。世間一般には真っ直ぐな性格でユニットを引っ張る頼れるリーダーと思われているらしいが、実際は隙あらば壁に頭をくぎ打ちしようとする厄介なタイプのメンヘラである。


「嫌われたぁ! 莉音ちゃんに嫌われたぁ! 死ぬしかない! もう死ぬしかないいぃぃいいい!」


 さっきまでのあざと可愛い女の子ムーブはどこへ行ったのか、金切声を上げ、馬鹿力で暴れるあずさ。髪を振り乱して暴れるそのさまは、まんまイギリス妖怪のバンシーだ。

 ジムに誘わなかったのも悪かったのかもしれない。それか、盗聴器禁止令を出したのがここにきて響いて来たのか。いやでも、普通その程度のことでいちいちこんな大袈裟に暴れないだろ。盗聴器とか俺が優しいから見逃してやっただけで、普通に犯罪だからな。


「............あー、もう。めんどくさいな」

「あああぁぁぁぁあああアアアアアアアア!?!?」


 やばっ、声に出してたか。


「ちょっ、莉音さん!?」

「いや、だってーー」

「ァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 その圧倒的な肺活量を無駄に活用して、頭を押さえた姿勢で狂ったように叫び続けるあずさ。少しずつ大きくなっていく叫び声は、自爆手前のロボットのように乱れがない。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「莉音さん、なんとかしてください!」

「いやっ、そんなこと言われても! こら、暴れんな!」


 マネージャーが肩を叩いてくるけど、そもそも体格差で俺があずさを抑えるのには無理があるのだ。この様子じゃ何を言っても聞かないだろうしーー。


「ちょっ......いたい!」

「莉音さん!」

「アアアアア、ぁ」


 弾き飛ばされた俺に、マネージャーが駆け寄ってくる。


「莉音さん、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ......あ、の......ご、ごめんなさ」


 心配そうに俺を抱き起すマネージャーも、顔面蒼白で自分の首に手をやるあずさも、何故か遠い世界の光景に見えた。体が重いし、気を抜くと泣いてしまいそうなほど、何かが折れそうだった。


 頭の中から、数字がこびりついて離れない。


 何が悪かった? 俺は間違っていたのか? 今年一年、俺は良くやった方だと思う。去年より格段にfreaksはまとまってたし、俺はその中できちんと役割意識を持って常に最高のパフォーマンスを繰り出し続けた。ダンスだけじゃない、歌や、トークも周りができない分支えようと思って、練習して来た。

 あずさの代わりに、裏でメンバーをまとめて来た自負だってある。


 freaksが結成されてから、誰一人として、トップ10を落としたことは一度たりともない。


 順位なんて気にしたことはない。気が向いたらレナがネットで検索して、給料もらえたら何買う?なんて話をして、それでお終い。話題の一つでしかない。それでも俺たちは、常にトップアイドルだった。

 それは、別に傲ってたとかじゃなくて、俺達の頑張りを見てくれる人がいるって信じてたからでーー。


「......どうしたの、ちび」

「おい莉音、お前顔色悪いぞ」


 心配して駆け寄って来た仲間も、今は煩わしい。


「あずささん、落ち着いてください。あ、ほらあずささん、先ほど確認したのですが、暫定順位が一位でしたよ。レナさんから王座奪還できるかも!」

「......そんな、あずさは、莉音ちゃんじゃきゃ、莉音ちゃんじゃなきゃ............」


 いつもなら支えようと思う仲間も、今は妬ましい。


「俺だって、余裕ないんだよ............」


 その日のパフォーマンスは、誰がどう見ても最悪だった。






◯ ◯ ◯ ◯ ◯






「あずさは3位。レナは相変わらず1位で、龍虎さんが7位。ヒナは5位............俺は、」


 ーーちっ。


「............おどらないと」

 

 半年間の集計期間を経て、順位が初公開される中間発表以降、人気投票の順位はリアルタイムで更新される。まだまだ票数は少ないから、こっから大きく増えるんだろうけど......少し調べた統計の理論によれば、順位が大きく変わることはない、らしい。

 出口調査とかと同じで、票数は増えてもその割合が変わることは滅多にないとか。調べなきゃ良かった。


「りおーん! そろそろ休んだらどうだぁー?」


 平日の昼から顔を赤くしているダメな大人代表。

 綺麗に染まった金色の髪をボサボサにして、酒瓶片手に胡座をかいているこの人は、黄山龍虎。freaksの最年長にして、大人のお姉さん枠に相応しいナイスなバデーの持ち主だ。

 

 隣に座るヒナと一緒に、何をするわけでもなく俺の練習を黙って見ていたのだがーー。


「なあなあ。もう休もうぜー。うちもなんか酔いが回って来た気がするもん」


 まるで自分も練習に参加しているかのように見せかけた、ただのダメ発言には反応しない。

 無視して、もう一度音楽をかけた。


「やめとけって言ってるのに......」


 ステップを刻み始めれば、周りも気にならない。

 呆れたようにため息をつく龍虎さんも、黙ってじっと見つめてくるヒナも、何もかも。自分の荒い息だけが響くこのダンスルームで、鏡に映るのも自分だけ。まるで自分と一対一で勝負しているような感覚。


 キュッキュッキュッとシューズの音が連続的に響き、その音も、次第に曲と混ざり合う。ターン、ステップ、全ていつも通り。ヒロインズの中でもダンスは有数の実力を持っている......はず。腕の動きも、体のしなりも、全てが思った通りに動く。

 そのまま、踊りきってーー。


「なんでこれで、ダメなんだよ」


 倒れた。

 べったりと張り付く髪とTシャツの感覚がただひたすら気持ち悪い。当たり前だ。朝からずっと、踊りっぱなしなんだから。


「わっかんねえなあ」


 ついこの間まで信じてた感覚が、今はもう正しいかわからない。22日の大規模ライブまであと少ししかない。それまでに何とか修正しないと......。


 俺の、何がダメなんだ? なんで、俺だけが......。


「ちび、いい加減にして」


 ダンスルームの扉を乱暴に開けて、イライラした様子のレナが入ってくる。最近はずっとこんな感じで、あずさもあれ以来病んでるからユニットの雰囲気はかなり悪い。

 龍虎さんやヒナには目もくれず、そのまま、詰め寄るように俺の方へ。


「何悩んでるかは知らないけど、このままだとあずさがヤバい。本当にやりかねないわよ」

「......今度のライブまでには、なんとかする」

「なんとかって、あんたねえ......」


 でも、何て言えばいいかわかんないんだよ。

 あずさはいい子だけど、めんどい所があるのも事実で、今の状態で会いに行っても、絶対冷静に話し合える気がしない。少なくとも、投票で桜ノ宮に勝てる目処が立つまでは自分のことに集中したい。


「あんたがやらないで、誰があずさをーー」

「あー、じゃあうちがやるわ」


 声を上げたのは、龍虎さんだ。

 酒瓶を片手に、気だるそうに立ち上がる。


「前々から、うちらは莉音に頼りすぎだったんだよ。そりゃ莉音だって崩れる時はある。そういう時こそ、うちらが支えてやらないとな」


 肩をポンと叩き、キザったらしくウインクしてくる。さすが、freaksの女性人気ナンバーワン。その仕草は大人っぽい龍虎さんに良く合っていて、思わず、その色っぽい涙ぼくろに視線を吸われてしまった。やばい、かっこいい。

 心が弱ってる時にそういうことされると、ちょっと惚れそうになるからやめて欲しいんだがーー。


「だからさーー」


 龍虎さんは揺らぐ俺の下腹部を優しく撫でると、耳元で囁くように顔を寄せた。



「あったかくして寝ろよ、な?」



 まじでぶん殴るぞ、この酔っ払い。


「ほんじゃ、あずさのことはうちに任せてな! たまには年上の威厳ってもんを見せてやんよ!」


 鼻歌を歌いながらフェードアウトしていくクズは置いといて、とりあえず視線で問いかけてくるレナに対して否定だけは入れておく。


「ちゃんと薬飲んでるから」

「まあ、そうよね」


 パーティー系のゲームで煽りスタンプを押すことに特化し、負けたら無職のニートが親の金でFXする実況で「行ける!行ける!」と煽ることでストレス発散するクソガキにもデリカシーはあるのか、それ以上突っ込んでくることはなかった。


「なあ、レナ」

「なによ」

「お前確か、去年の人気投票一位だったよな?」

「そうだけど......それがなに?」


 誇るわけでもなくそう言い放ったレナだが、別にそれは嫌味でも何でもない。レナにとって、人気投票なんか所詮その程度の位置付けなのだ。

 レナの場合は公式の動画チャンネルでやってるゲーム実況が人気で、幅広い層から支持を集めているのが強さの秘訣なのだろう。もちろん、煽ったりは禁止だから本人は退屈そうにプレイしているのだが、人によってはその態度がクールに見えるのだとか。


 基本的にどのゲームをやっても上手いから見てて爽快だし、可愛い子がゲーム上手いというのはそれだけでもうポイントが高いんだろう、きっと。


「なあ、俺はどうやったら順位上げれると思う?」

「............ちび、お金ないの? 少しくらいならーー」

「そういう訳じゃないんだけどさ」


 確かに順位は俺たちの給料にも関わってくるし、順位が下がればその分給料も減るけど、別に俺はそこまで散財するタイプじゃないしお金には困ってない。

 てゆうか、少しくらいならなんだよ。普通に少しでも駄目だろ。お前、意外と悪い男に騙されるタイプだったりするの? 年上として心配......じゃなくて。


「それがさ......その............」

「なに? 早く言って」


 ええい、恥は捨てろ! マネージャーがかかってるんだぞ!


「今回、あんま良くないらしくて」

「............そうなの?」


 不思議そうな顔のレナ。

 一先ず、茶化されたりはなくて安心した。


「それで............その、どうすればいいかなって」

「こっから上がるの待ってればいいじゃん」

「あと一週間もないんだぞ?」

「22日にライブもあるし、そこで伸びるでしょ」


 俺の相談にはいまいちピンと来ていないのか、的外れな返事ばかりを返してくる。

 お前なぁ、こっから伸びるとか、俺の順位見てから言えよな。19位だぞ? 19位。去年より16位も下だ。あー、だめだ。言ってて悲しくなって来た。


「もういいや、自分で何とかするから」

「な、なによ! せっかくボクが相談に乗ってあげたのに!」

 

 一人称「ボク」なのに女口調って......なんでこんなイロモノが一位なんだろう。ヒロインズ大丈夫か? 

 そうだ。よく考えてみれば、レナもあずさも龍虎さんもヒナも、ついでに桜ノ宮も、人気アイドルというのはどいつもこいつも総じて人格破綻者しかいない。真っ当な感性を持つ常識人の俺では、いくら「メスガキ+語尾にニャン」という男の下半身に直に投票を呼びかけるキャラだろうと、勝ち抜くのは無理があったのだ。


「ちょっと俺、性格悪くなってくるわ」

「よく分かんないけど、ちびは今でも十分性格悪いからやめた方がいいと思うよ」

「こっの、クソガキ......!?」

「あ、怒った? ねえねえ、怒った?」


 こ、こいつ! 俺からメスガキ奪いやがった!

 大体、普段から俺のことチビ呼ばわりしてるくせに、お前の方が普通に身長低いんだよ!


「お前なあ! 珍しく真面目に相談してんのにーー」

「ボクだってマジメに答えてるし! 大体、そんなに人気を気にするならあの変なキャラやめればいいじゃん!」

「変なキャラとはなんだ! あれは男性心理学に基づいた男から見た理想のアイドルで!」

「それってどこの男? ソースあんの?」


 俺だよ!


「このっーー」

「ばーかばーか!」


 怒って捕まえようとした俺の手をするりと避け、ドア前で幼稚な煽りを披露してくれるレナ。俺が何かを言う暇もなく、可愛らしく小さく舌を出した後、そのまま走っていってしまった。


「ほんとっ、あのクソガキ......」

「......ア、アアッ............」

「うわっ! なんだ!?」

 

 びっくりした! そっか、ヒナいたのか。

 最初からずっと同じ場所、ダンスルームの隅で、最初に来た時とずっと同じ姿勢、体育座りのまま。


「............ちょっと......元気、なった?」


 心なしか、微笑んだ表情で。


「べ、別になってねーし」


 何となく気恥ずくて、俺は目を逸らすのだった。

 





◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 

 


 

 2月22日。今日は、記念すべきfreaksのスペシャルライブの日だ。国内最大規模の屋内ステージで行われるこのライブは、リアルタイムで全世界に配信される。人気投票前最後のライブということもあってか、その注目度はいつもと段違いに高い。


 この日のために、俺たちは一ヶ月以上前からリハを重ねてきた。freaksはプロアイドルだ。例えグループ内でギスっても、きちんと決めれるだけの実力は持っている......はず。


「できる! 絶対できる! うちが保証する!」

「で、でも............もしそれで嫌われたら?」

「そしたら、また好いてもらえるように努力するんだよ! それが愛ってやつだろ?」

「む、無理だよ。そんなの、あずさ耐えられない」

「大丈夫だ、多分お前は元々そこまで好かれていない。だからーーあ、ちょっと待て。今のは言葉の綾と言うかなんというか。待て。そのヘアアイロンでどうするつもりだ? 挟むのか? 耳を挟むのか? それ多分、かなり痛いぞ?」


 ーーなんか心配になってきたんだが。


 さっきからずっと、楽屋の隅っこであずさと龍虎さんが何やら言い争いをしている。おそらく俺に聞こえないよう声量を落としているつもりなのだろうが、この通りしっかり聞こえているし、あずさに関してはチラチラと俺の方を見ては目を逸らすということを繰り返していて、不自然な態度を隠し切れていない。

 お前は恋する乙女か。


「やるしかない! やるしかないんだよ! お前が莉音を手に入れるんだ!」

「あずさが......莉音ちゃんを............」

「うちにはわかる! 奴はちょろい! ああいう身内に甘いタイプは、案外押せばコロっと行くもんだ。そしたらもう、あとはーーわかるな?」

「ご、ごくり............」


 ねえ、何の話? それ何の話?

 龍虎さんは、何勝手に人のことちょろいだのなんだの言ってくれちゃってるの? 反応してないだけで、普通に聞こえてるからね? 

 やっぱり、この人にあずさを任せたのは失敗だったか。メンヘラに禁句の「できる!」だの、「やるしかない!」だのを連呼してるし、どこか宗教の洗脳に近い何かを感じる。ていうか、それで良いように扱われてるあずさの方がちょろいだろ。いつもの俺の時の面倒くささはどこに行ったんだよ。


「みなさーん、スタンバイお願いしまーす!」


 ーーやばっ! 今はあいつらに構ってる暇はないんだった! 


 今日が票を稼ぐ最後のチャンスなのだ。もういざとなったらマネージャーの件は桜ノ宮に土下座でもなんでもして撤回してもらう覚悟は決めてきたが、それでも、このまま二軍以下の順位でいることは俺のプライドが許さない。育ててくれたマネージャーのためにも、なんとか勝たないと。

 幸い、今日のMCは俺。今日現地に来てくれてるファンも、俺のファンの割合が一番高い。ここで一発盛り上げて、投票してもらわねば............。


「本番5秒前......5......4............」

「ねえ、ちょっと」


 そこで声を上げたのは、さっきまで一人でスマホゲーをしていたレナだった。全員に向けて呼びかけているのかとも思ったがどうやら違うようで、内緒話(丸聞こえ)を継続中のあずさと龍虎さんの前に立っている。


「3......2............」

「さっきから聞いてればさ、『手に入れる』とかなんとか、ちびを物みたいに言うの、やめてくれない?」


 は? そこ?

 てゆうかそれ、今言うこと? 


「1......スタート!」

「は、はあ? 別にあずさ、そんなこと思ってないんですけど?」

「病み女がどう思ってるかは関係ないでしょ。ボクがそういう風に聞こえたって話」


 人気投票の1位争いをしていることもあってか、この二人は所々仲が悪い。基本打たれ弱いあずさも、何故かレナに対しては張り合おうとする。


 あの、俺を取り合ってくれるのは結構なんだけどさ、それ今やることじゃないよね? もうナレーション始まってますけど。


 龍虎さんはニヤニヤしてて止める気がなさそうだし、ヒナは相変わらずカオナシしてるし、これ俺が止めなきゃ行けないの? マジで? このやり取りに入っていくの恥ずかしすぎんか? 俺のために争うなよ、とか、そんなこと言った日には黒歴史すぎてあずさになる気しかしないぞ。

 こんな時、頼りになるマネージャーは裏で人手不足を補うためにあれこれ頑張っているから不在だ。これまでは俺がまとめてたから、それでも問題なかったんだけどーー。


「............せいぜい妹枠のくせに」

「は、はあ? ボクが優しさで美味しい役割譲ってあげたのに、何その態度? あんまり調子に乗んなよ」


 だれかあ、なんとかしちくりー。

 控室の空気が地獄なんじゃよー。あ、やばい。壁越しで聞こえづらいけど、曲流れ始めた。もう出番じゃん。早く出ないと。なんなら、リハではもうとっくに部屋を出てなきゃいけない時間だ。ステージまでは距離あるし。でも、女の子同士の喧嘩の仲裁なんてやったことない。ど、どうしよう。どうすれば。




「ア、アアァ......アアアアアアア............ふ、ふり」




 ..................ヒナ?


「ふ、ふり......す。............くぞー」


 顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で呟かれたのは、多分ーー。


「ふ、ふりーくす......い、いくぞぉー!」


 本人にとっては、精一杯の大声で。


「がおー! しゃっ! うち行ってくるぜ!」


 最初に気づいた龍虎さんがまず、ステージに向かって走っていく。


「あ、あの......私も............がおー」


 次に、ヒナが。


「............今回は約束だから、譲ってあげる。でも、次はないから。負ける気はないよ、ボクは」

「あ、あずさだって!」

「「がおー!!」」


 張り合うように声を出した、あずさとレナが。


「ちょっ! 莉音さん! もう時間ですよ、入ってください!」

「マネージャー」


 なんかさ、最近の俺ダメダメな気がするけど。


 あずさとギスって、レナと龍虎さんには助けてもらって、今回も、ヒナがいなかったらきっといつまでも固まってたけど。それでも、俺はーー。


「見てて」


 マイクの電源をオンにした。

 ここからでも、きっと届く。

 

『みんなぁー! 準備はいいかニャー?』


 壁越しでも伝わってくる地鳴りのようなレスに。


『いっくニャアァァァアアアアア!!』

 

 全力で咆哮する。

 ねえ、マネージャー。情けないことを言います。






 ーー今この瞬間から、本気出す。

 


 

 

 

 ステージに登った俺を出迎えたのは、無数のペンライトと客席を埋め尽くす人の大群だった。

 少し予想外の事故があったけど、盛り上がりは最高潮。平日なのに10倍というアホみたいな倍率をくぐり抜けてここに立っているのは、どいつもこいつも訓練された戦士たちだ。客席から俺たちをサポートしてくれる。


 一曲目のこの曲は、freaksのライブの定番曲。

 

 最初からクライマックスに引き上げてくれるこの曲は、俺たちの十八番にして、頼もしい武器の一つ。出番が狂ったせいでフォーメーションがおかしなことになってるけど、そこはアドリブで合わせて行く。


 できないわけがないよなぁ? みんな?


 そんな俺の問いかけに応えるかのように、四人で踊っていた輪が開いて、俺を出迎えるかのような動きを見せた。当然のように、俺はそれに合わせる。


 1人が2人に、2人が3人に。そうやって増えていった輪は......今、5人揃った。照明はいい仕事してんじゃん。ここで俺に当てるのは分かってるよ。

 

 あずさ、レナ、龍虎さん、ヒナ。4人が今どこにいるのか、何をしているのか、どんな表情で歌ってるか、頭の後ろに目がついてなくても、声で、空気で、感覚で、それぞれ手にとるようにわかる。

 俺たちは今、完全に、完璧に、一致している。


 

 ーーそう、これがfreaks。



 最強にして最高のトップアイドル。

 ローレライだろうがセイレーンだろうが裸足で逃げ出す歌唱力と、ルサールカすら魅了するダンスで全てを圧倒してきた、文字通りの怪物たち。


『『『『 We are freaks 』』』』

 

 バラバラに出て行った俺たちの動きは、まるで最初からそうなると決まっていたように、最後の一音でピタリと決着した。


 一瞬の静寂ーー後に、爆音のような歓声。


『みんなー、ありがとニャー!!』


 勝負のライブが、始まった。





◯ ◯ ◯ ◯ ◯






『まだまだ行くニャー!!』


 しんどい。本当にしんどい。

 マジで俺、このまま歌い続けたら死ぬ気がする。


 なんでライブ始まったばっかの時って、あんなに強気になれるんだろう。毎回毎回、5曲歌った辺りから地獄になるって分かってるのに。


『ボクらはまだまだ上げるよ。みんなも、もちろんついてこれるよね?』


 レナがセリフを引き継いでくれたのを確認して、マイクの電源を切って息を整える。


 マジで死ぬ。マジできつい。


 freaksは今時のアイドルにしては珍しく、というか、こんな狂気の沙汰をやらされてるのは間違いなく俺たちだけだと思うが、ライブでは全曲生で歌う。

 つまり、これがどう言うことかお分かりだろうか? そう、俺たちは口パクしないのである......そもそも口すら滅多に開かない約一名は除いて。これがfreaksが化け物集団と呼ばれる要因の一つではあるのだが、これがまあ、文字通り死ぬほどきつい。どれくらいきついかと言うと、多分子供産むのと同じくらいきつい。産んだことないから知らんけど。


 誰だよ、口パクはダサいから生で歌おうとか言い出した奴。俺だよ。前座の時はほぼほぼ一曲しか歌わないから行けると思ったんだよ。まさかこれが代名詞みたいになって、単独ライブだろうがアンコール含めて20曲近くになろうが歌って踊らないといけなくなるなんて、あの時は思ってなかったんだよ。


『と、思ったけど、最後の曲の前に一旦休憩。MCの時間だな』


 えー、という声に軽く殺意が湧くが、『うちも寂しいぞー』と、笑って流す龍虎さんを見習って、俺もマイクの電源を入れた。


『二回目の質問コーナーだニャー』


 そう、さっき歌った曲で14曲。ここでMC挟んで次の曲がプログラムとしてはラスト。まあ実際はアンコールで後2曲やる予定だから合わせて3曲だけど、ようやくこの終わりのない苦行の終わりが見えてきた。

 帰ったらふかふかのベッド。あったかい毛布と、しばらくのオフ。それだけを希望に、ファンの前では疲れを出さずに空元気を振り絞る。


 と、思ったけど、中々手紙が来ない。


『うんニャー? おかしいニャー? おーい、お手紙届いてないニャ!』


 いつもはここでヒロインズのジュニア組織の『シンデレラ』か、ヒロインズの新人の子が手紙を持ってきてくれるんだけど......トラブったか?


『ーーって、わニャー!?』


 不思議に思った瞬間、会場中の電気が消えた。

 こんなのリハの時には無かった演出だ。つまり、照明関係のトラブル。最悪だ。あとちょっとなのに、ここまで頑張ってきたのに。

 なんとか持たせないとーー。


『び、びっくりしたニャ。みんニャ、すぐに戻ると思うから、今は落ち着いて欲しいニャ』


 幸いなことに、マイクは落ちてない。

 これなら電力関係は無事だろうし、予備回線なりなんなり使ってすぐに戻るはず。俺の仕事は、それまで繋いでお客さんを安心させることだ。


 ーーでも、なんかおかしい。


 具体的には、静かすぎる。あずさもレナも龍虎さんも......まあ、ヒナは別として。この段階になってもなんも喋らないし、お客さんも、急に電気が消えたら普通もっと慌てるもんじゃないか?


 とにかく、状況が分かるまで喋り続けないとーー。


『ーーニャッ!?』


 そう思った瞬間、会場中の照明が一斉に戻った。

 思わず眩しくて目を細める。もう一度目を開けた俺の目に写ったのは............白い、ケーキ?











『『『『ハッピーバースデー! 莉音!』』』』










 

 ........................は?


『え、なにこれ。は?』


 今日って誕生日だっけ? 俺の誕生日は2月22日............そういや、今日じゃん。

 え、でもなんで? そんないきなり?


『いや、なにこれ。は?』


 いや、違うこと喋れよ。俺。猫抜けてんぞ。


『というわけで、今日はうちらの影のリーダー、可愛い猫かぶりっ子莉音の18歳の誕生日でーす! みんなー、せーのっ!』


 おめでとーっ。なんて、ここまで大勢の人に祝われたのは、俺が世界で初めてじゃないだろうか。そう錯覚するほどの音圧だった。

 これ多分、俺だけが知らされてなかったやつか。


『あ、ありがと......ございます............ニャ』


 やばい、まだ混乱してる。


『莉音ちゃん』

 

 と、ケーキの横に立つあずさが。


『食べてください。あずさが作りました』

『え、マジで!?ーーじゃない、マジニャ!?』

 

 結婚式のやつぐらい大きいぞ、それ。

 

『............ボクだって手伝ったんだけど』

『まあまあ。今はあずさに譲ってやろうや』


 マジでこれ、俺だけが知らなかったやつじゃん。

 最近俺一人で練習してる間みんな見なかったけど、こんなことやってたのか。普通に距離置かれてるのかと思ってた。


『それで、あずさから莉音ちゃんに言いたいことがあります』

『ああ、うん。どうしたんニャ?』


 とりあえず猫語戻さないと。

 ていうか言いたいこと? わざわざこんな所で? 生まれてきてくれてありがとう的な奴かな?


『怒らないで聞いてください』


 おっとお? 風向きが怪しくなってきたぞぉ?


『去年、あずさは莉音ちゃんの誕生日をお祝いするため、日付が変わって22日になった瞬間、莉音ちゃんちに行きました』


 おい、いきなり何を言い出すんだ、こいつは。

 会場の空気も、肌で感じ取れるくらいには引いてる気がする。


『ま、毎年恒例のやつニャ』


 そんな俺のフォローになってるかどうかわからないフォローに頷くと、真剣な顔で続ける。


『その時、莉音ちゃんは言いました』


 え、俺なんか言ったっけ?


『お前、毎年毎年0時00分ぴったりに来るって、馬鹿じゃないのか? 夜中にインターホン押されるとびっくりするんだよ、普通に近所迷惑だし、やめてくれ』


 語尾にニャをつけろデコ助ぇ!

 キャラが崩壊するだろうがぁぁああああ!!


『来年は俺がお前んち行くから、誕生日会してくれよって、いったのに、いっ、た、のにいぃい』


 ただただついていけずに固まる俺とファンの皆様を置いて、メンヘラはどこまでも爆走する。

 遂には、感極まったのか、しゃくりあげながら。


『あずさがぁあ! このまえさそったときいぃい! りおんちゃん! なんていいましたかぁああ!?』

『21日はやめとこうって............あ』

『ああぁあああぁあああああああぁああ! やくそくぅうう! したのにぃいいいぃいいい!』


 いや、ごめんて。それでこの間暴れたわけね。なんか納得したわ。今思えば、さすがにあれはおかしかったもんな。情緒不安定の域を超えてた。


 ..................まあ、今もだけど。


 感情の波が一旦治ったのか、涙を拭ったあずさは、それでも鼻声で、


『莉音ちゃん、怒らないで聞いてください。あずさは怒っています』


 そんな、訳の分からないことを言った。

 ............え、ここで俺なんか言わなきゃいけないの? きっつ。いや、だって。会場の空気控えめに言って死んでるよ? え、マジで?


『............少しだけ』


 あ、ひよった。


『いや、うん。悪かったよ............うん』


 語尾にニャをつけるかを迷って、結局、つけないことにした。だって、女の子のここまで本気の告白を聞いて、真剣に答えなかったら、それはもう男じゃない。正直、もうどうにでもなれという思いもある。


『正直もう覚えてないけど、あずさがそう言うってことは、きっと言ったんだろうな』

『絶対』

『絶対、言ったんだろうな。うん、わかった』

 

 どうすれば、許してもらえるだろうか。

 

『じゃあ、わかった。明日から三日間オフだから、そのどの日かにーー』

『今日がいい!』

『いやでも、俺もお前も正直疲れてるし』

『今日がいい! 今日がいいの!』

『うん、わかった。今日な』


 涙ながらに訴える美少女の懇願を断れるやつがいたら連れてこい。相手は日本一かもしれないトップアイドルだぞ? 無理に決まってんだろ。


『今日、ライブが終わったら、あずさの家で誕生日会してくれるか?』

『ーーうんっ!』


 そして、この笑顔である。

 可愛い。もう俺の負けでいいよ。


『というわけで! よしっ! 色々あったけど、二人は仲直りってことで! 拍手!』


 龍虎さんが強引にまとめて、会場からパラパラと拍手が巻き起こる。だが、流石に彼らも訓練された兵士、倍率10倍の壁を乗り越えてきた精鋭たち。

 何秒か経った頃には、会場は万雷の拍手と声援に包まれていた。中には、指笛を吹いてペンライトを振り回す奴らもいる。


 ねえ、お前ら本当にそれでいいの? 絶対に雰囲気に呑まれてるだけだよね? こいつ、客観的に見て、かなり頭おかしいことしてたよ?


『じゃあ、さっさと最後の曲行くよ』

『マジで!? この空気で!?』

『あたりまえじゃん。お客さんはお金払ってくれてるんだから。アンコールまでしっかりやるよ』


 俺とあずさのやりとりを面白く無さそうに、でも黙って見守っていたレナは、いいことを思いついたとでも言いたげに、ポンと手を打った。


『折角だし......ちび、そのまんま踊ってみれば?』

『は?』


 意味がわからずに固まる俺を置いて、龍虎さんもレナに追従するようにニヤリと笑う。


『化け猫の皮も剥げてるみたいだしな』

『あ、そうだった............ニャ』

『ふふっ、今更遅いわよ』


 レナに合わせるように、会場から笑いの声が上がった。いや、笑い事じゃねえよ。俺全世界に猫被りバレたじゃねえか。


『まあほら、アクシデント............みたいなものもあった訳だし、サービスサービス』

 

 龍虎さんが俺の肩を叩いて、ヒナも珍しく、


『か、かっこ......かこいいほう!』


 ............あれ? 今の光景、どこかで見たような。

 まあでも、ライブでヒナが喋るのなんてほぼほぼ初めてだし、気のせいか。一部の熱狂的なヒナのファンからは雄叫びが上がっている。


『普段はセーヴしてるでしょ? 仲間だから、それくらい分かるわ。ボクはそれが、気に入らない』

『まあ、一回くらいはライブでも見たいよな。莉音の本気』


 セーヴっていうか、猫キャラとして踊るのと普段の俺が踊るのは使う筋肉が違うというか。表現の仕方が違うというか。これはこれで、本気なんだけど。

 そんな弁解をする前に。


『みんなも見たいよな、莉音の本気!!』


 ........................なるほど。

 まあ、ファンの人達にこれだけ言われたら、やるしかないよな。ああ、もうこれ。絶対に黒歴史確定だよ。


『いいよ』


 もうこれ以上喋っても墓穴を掘る気しかしないので、それだけ答えた。それだけなのに、会場の盛り上がりは最高潮。ここまで熱狂してるファンの人たちは、今までにも見たことない。


 いつの間に片付けたのか、ステージからはケーキも消えている。きっと、後でスタッフと美味しくいただくことになるんだろう。


『最後の曲は、freaksの始まりの曲ーーだったけど、うちの権限で、変えちゃいまーす!』


 おい。


『多分......いや! 間違いなく、莉音が一番輝ける曲! 莉音とヒナにとっては、きっと絶対に忘れられない原点!』


 これは、このイントロは。


『行ってみようかーー!!』












『endless』




◯ ◯ ◯ ◯ ◯










「わたくしの負けでいいですわ」


 もうなんか色々あって本当に疲れたライブの後、下僕を伴って俺に会いに来たお嬢様系アイドルは、開口一番にそう言った。


「いいのか? まだ結果は出てないけどーー」

「あんなものを見せられて、意地をはり続けることはできませんわ。それに、さっきのライブは全世界中継。わたくしが抜かれるのも時間の問題でしょう」


 そっか。

 桜ノ宮はさっきのライブ、見ててくれたのか。


「悪いな、曲勝手にーー」

「桜ノ宮さん、何を言ってるんですか?」


 おい。遮るな、下僕。


「桜ノ宮さんは今日の午前2時の段階で、とっくに莉音ちゃんに抜かれてますよ?」


 自称俺のファンらしい空気の読めない男は、そんな惚けたことを当たり前のように言った。


「桜ノ宮さんは知らないでしょうけど、投票最終日に莉音ちゃんに大量に票を入れてヒロインズのホームページを鯖落ちさせるのは、莉音ちゃんファンにとっては恒例のお祭りなんです」


 ............え、なにそれ。俺知らんのだが?


「今回は丁度莉音ちゃんの誕生日が近かったので、みんな今日の日付が変わった瞬間に入れたみたいですね......あずさちゃんといい、莉音ちゃんを好きな人はみんな考えることが一緒ですね。あはは」


 あははじゃねぇよ。


「今年の莉音ちゃんはかなり良かったので、無事、今年は鯖落ちさせることに成功してましたよ。去年は大幅にサーバー増強されて、あと一歩の所で耐えられたんですよねえ」

「............太郎。貴方まさかとは思いますけど、わたくしのライバルである莉音に入れたんじゃないでしょうね?」

「いやあ、あはは」

「太郎!」


 呑気に笑って、桜ノ宮に詰め寄られている下僕、小柴太郎を見て、俺は改めて思った。



 ーー俺のファン、こんなんばっかかよ。



「大体貴方、わたくしをトップアイドルにするという約束はどうしたんですの!?」

「それはもちろん、約束は果たしますよ。でも、それはそれ。これはこれと言う奴です。自慢じゃないですが、莉音ちゃんはendless時代から推してた古参ですからね。もう人生の一部なんです」

「............endlessにはわたくしも所属していたのですが?」

「桜ノ宮さんは二推しでしたね」

「こっのっーー!!」


 顔を真っ赤にした桜ノ宮は、俺をビシリと指差して。


「わたくし、やっぱり貴女にだけは負けられませんわ!」


 まあ、桜ノ宮は財閥令嬢。生まれながらにして持ってる人間だ。二番なんて言われたら、プライド的にも我慢ならないよな。

 そういうことなら受けて立つけど、やっぱり、ケジメをつける意味でも、きちんと頭は下げておかないとな。今回に関しては、元メンバーに断りも取らずに勝手に曲も使った訳だし。


「桜ノ宮、endlessを抜けたのは悪かったよ。ヒナとマネージャーを結果的に引き抜いた形になったのも。曲を勝手に使ったのも、悪かった。でも、俺にとっての最初の一歩はendlessだ。それは間違いない。今でも、お前のことは仲間だと思ってるよ」

「ふんっ! まあ、わたくしが負けたのですし、約束通り許して差し上げますわ! 太郎、行きますわよ!」


 下僕を引き連れて一回り強くなったお嬢様は、最後に一度だけ振り返ると。


「曲を使いたいと言うのは、事前にヒナから連絡を受けておりましたわ」


 いつものように、はきはきと。

 俺をそのアーモンドの瞳で見つめて。


「あれは......いえ、『endless』の曲は全て、わたくしの曲ではありません。わたくしたちの曲です。自由に使ったらよろしい」


 また、共に踊れる日があれば。

 そう言い残して、去っていった。





「かっこいいですよね、桜ノ宮さん」

「うわっ............いたのか、マネージャー」


 お嬢様と下僕、二人の背中を見送っていると、後ろから声をかけられた。ずいぶんと濃い一日だったからか、なんだか久しぶりな気がするマネージャーだ。

 連日のライブの準備作業に追われていたからか、今日は一段と隈がひどい。


「でも、ああ見えて小柴くんもすごいんですよ。アイドルに裏接待紛いのことをやらせてた幹部の動かぬ証拠を突き止めて、その功績でRe:start⇒のマネージャーに抜擢された、スタッフの間では大物新人として名を馳せているんですよ、彼」

「えー!? あの下僕が?」

「下僕......? はい。Re:start⇒の人気も、彼のマネジメント能力によるものが大きいとか」


 そして、なんでもないことのように、マネージャーは続けた。


「だから、例え莉音さんが勝負に負けていても、桜ノ宮さんはマネージャーを交換する気なんてなかったと思います。今日のライブは、彼女にとっても負けを自分から提案する良い材料だったのでしょう」

「............知ってたの?」

「ええ、聞いてましたから」


 ジムで桜ノ宮と話したあと、タイミングよく入れ替わるように現れたのは、つまり、そういうことだったのだろう。その後も、桜ノ宮や桜ノ宮の所属するユニットについて妙に詳しく教えてくれたり、今思い返せば、マネージャーからのサインは出ていた。


「どうして言ってくれなかったのさ」

「さあ、どうしてでしょう」


 もしかしたらーー。

 そう前置きした上で、俺より年上の、いわば姉のようにずっと見守ってきてくれた女性は、その枝毛まみれの髪をくるくるといじりながら。

 

「かっこいいアイドルに取り合ってもらう、お姫様の気分を味わいたかったのかもしれませんね」

「ははっ、冗談」

「さあ、どうでしょう?」


 茶目っ気のある微笑みを浮かべる。

 そういえば、この人は結構こう言うところがあるんだった。最近は仕事に忙殺されてストレスが溜まってたのかもしれないな、今度、みんなでどっかに連れてってやろう。


 いや、でもちょっと待てよーー?


「じゃあ、なんで桜ノ宮はわざわざ俺に勝負を挑んできたんだ? マネージャーを交換するつもりは最初からなかったんだろ? ただ俺と仲直りしたいけど素直には言い出せないから回りくどいやり方をしたとか、そういうことか? 桜ノ宮はツンデレなのか?」

「はぁ......なんでそうなるんですか」


 マネージャーは呆れたようにため息をついた。

 そして、俺の頭から爪先までをジロリと見ながら。


「子供ですねえ、莉音さんは」


 え、なにそれ。

 言うに事欠いて、人生二周目の俺に子供って。


「馬鹿にしてるのか?」

「はい、してます」

「おい!」


 そしてそのまま、本当に小さい子供を扱うかのように、その荒れた手で俺の手を握った。


「ほら、さっさと行きますよ。これから莉音さんの誕生日パーティーするんでしょう?」

「............それなんだけどさ、俺もうなんか今日疲れたから帰っちゃダメ?」


 正直今からあずさんち行っても速攻で寝る予感しかしないわ。


「ダメに決まってるでしょう。主役が欠席してどうするんですか。私も、今日だけはカフェインを過剰摂取してでも出席させていただきますよ」

「お、マネージャーも来るんか。じゃあ行こうかな」

「ふふ、なんですか、それ......あ、そういえば。人気投票のサーバーがつい先ほど復旧して、暫定順位が新しく出直したらしいですよ。確認しますか?」

「あー、いや。いいや」

「......そうですか」


 マネージャーが今のまま俺たちの担当でいてくれるなら、順位とかもう、どうでもいい。


 それにーー。


「俺たちならまだ上を目指せる。そうだろ?」

「............それもそうですね」


 廊下の向こう側から、四人が向かってくるのが見えた。

 メンヘラ、クソガキ、ヤニカス、カオナシ。全員、一癖も二癖も問題のある奴らばかりだけど、全員、今となってはかけがえのない、大切な仲間だ。


「そうだ、俺今日一つ心残りがあったんだよね」

「はあ......?」


 気のない返事をするマネージャーは置いて、俺は四人に向かって拳を突き出した。


「ふりーくす、いくぞー!」

 

 もう一度、控室では出来なかった出発の合図を。

 帰ってきたのは、いつも通りのどこか気の抜けた、それでも不思議と呼吸は合っている、四人それぞれの咆哮だった。


「「「「がおー!!」」」」


 足並みを揃えて、俺たちは前に進む。

 










みなさまにお寄せいただいたブックマーク・評価は博愛教TS娘派の布教活動のために最大限活用させていただきます。


入信の方はお近くの駅、コンビニ、または感想欄で「〇〇娘大好き!」と叫んでいただければ、万が一TSして女の子になってしまっても、心に聖剣を持つことができるので安心です。

例: わんこ系下僕男子大好き!太郎きゅん大好き!


3/24追記:あずさ視点の外伝書きました。

https://ncode.syosetu.com/n4213id/

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― 新着の感想 ―
[良い点] このシリーズ、ネット小説の中でトップクラスに好きです! [一言] 続編待ってますー!!!
[良い点] freaksの曲のあとにendless曲が出るのって「今(freaks)はこんなにいいメンバーがいるけど、昔(endless)が始まりで忘れたわけじゃないんだよ」みたいな感じで最高に萌えま…
[一言] このシリーズ本当に好き…愛してる…
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