散策2
お昼は地元の人たちが大声で話す、とても賑やかなお店に入った。
いかにも地元の大衆食堂、という感じのお店。
そこで、魚介たっぷりのスープやグリルを護衛の人たちと一緒に楽しんだ。
新鮮な魚介に塩やハーブで味つけされた豪快な料理は凄く美味しかった。
ラリーはいつもの上品な食べ方じゃなくて、周りの男の人たちみたいな食べ方をしてた。
時々指で直接つかんで。
いつもより大口で。
魚の脂が付いた指を舐める仕草がなんだか色っぽくて、思わず赤面してしまった。
その後も露天商や小物屋などを見て回って、一休みしようと誘われて丘の上に来た。
草の上に寄り添って座って、港を見下ろす。
護衛たちは少し遠巻きにしてくれているので、声の届く範囲内には二人きり。
港には何艘もの小舟と、いくつかの大きな帆船。
青い海に帆の白と船体の木の色が映える。
草の上に置いた手は、散策の時の名残でラリーに重ねられたまま。なんとなく振り解けなくて、そのままにしている。
「新婚旅行は船でどこか遠くに、っていうのもいいね」
にっこりと笑うラリーに戸惑った。
あまりにも自然に結婚について語るラリー。まるで迷いなんて何もないみたいに。
ラリーは本当に、私と結婚するつもりなのだろうか。…後悔されるのだけは、絶対嫌なのに…
「あの……」
「うん?」
ラリーの優しい笑み。
もう見慣れてしまった優しい笑み。
向けられる事に慣れてしまった笑み。
だからだろうか、疑問がそのまま口から出てしまった。
「本当に…私と結婚するつもりなんですか?」
今までラリーは、私が何を言っても怒ったりしなかったから。
だからつい口にしてしまった。
それをラリーがどう感じるかなんて、考えもせずに。
正直、未だに信じられなかったから。
ラリーが私と本気で結婚するつもりだという事も。
正式に結婚を申し込まれたという事も。
現実味が無さ過ぎて…。
だってこの世は身分社会だ。
学園など一部の場所では、身分の差の撤廃や緩和に向けた動きもあるけれど。
でも公爵家と子爵家の婚姻など、今はまだ、ほぼあり得ないものなのだ。
お父様は、公爵家のご当主から正式な申し入れがあったと言っていたけれど。やはりラリーの身内には、納得していない人の方が多いんじゃないだろうか。
ラリーの兄弟とか親戚とか、あとは公爵家に古くから従っている貴族とかも…
縁もない子爵家の娘を嫁にするくらいなら、うちの娘をもらってくれとか、言われているんじゃないだろうか……
現に、たまに嫌味を言われるのだ。「誑かした」とか「身体で取り入った」とか。
ほんのささやかな物ではあるけれど。
やっぱり私と彼では「身分違い」なのだ。
そんな思いから出た言葉だった。
けれどその瞬間、ラリーの顔から笑みがスッと消えた。
「…そこまで、嫌…?」
白くて整った、けれど感情の消えた顔。
初めて見るその表情に気圧される。
思わず怖くなって肩が震えた。
…ラリーのことは嫌いではない。
ラリー個人を嫌ってはいない。
確かに最初は、ちょっとどうかと思ったけれど、会うたびに少しずつ素敵だなと思って…
…そして…今ではもう……
そう。だから問題なのはラリーではないのだ。
ただ、ラリーと結婚することで否応なくついてくる立場に、身が竦んでしまうのだ。
私はラリーに婚約宣言されたあの日までは、職場で適当な男の人を捕まえて、共働きでささやかに暮らしていこうなんて人生設計を立てていたのだ。もちろん相手は子爵家か男爵家、もしくは伯爵家でも四男以降程度で。
高望みなどせずに。
だからどうしても、今の状況には「身の程知らず」という言葉が浮かんでしまう。
だって王都でラリーが連れて行ってくれる場所は、スケールが違う。
必要なお金の桁が違う…。
ラリーが嫌なのではない。
でも、これほど釣り合わない自分が、この先もラリーに飽きられずにいる自信がないのだ。
もしかしたら、結婚するまでは好きでいてもらえるかもしれない。ある程度は、物珍しさで許されるかもしれない。
でも結婚して、ラリーが当然の事として私に期待している役割をきちんとこなせなかったら……。
そうなってから私を選んだ事を後悔されたら……
そんな嫌な方にばかり、想像がいってしまう…。
答えられずにいると、ラリーは痛そうに顔を顰めた。
そのままお互い何も言わずに視線を逸らし、時間だけが過ぎていく。
キラキラとした午後の日の光に、夕方の黄色が混じり始めた。
「………そろそろ……帰ろうか…」
ラリーが掠れる声で発したのは、そんな言葉だった。