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ダメ


「おはよう、ローズ」


「…おはようございます」


早朝から爽やかなラリーに、ボソボソと挨拶を返す。

すると不思議そうな顔をされた。


「どうしたの?疲れてる?寝不足?」


首を横に振る。


…ラリーはもう、とっくに私の婚約者だったのだ…。

ついさっき知った事実が、まだ消化しきれない。


「今日はやめておく?」


そう心配そうに聞いてくるラリーに、もう一度首を横に振って馬車に乗った。


どうしてラリーは言ってくれなかったのだろう…。

いや普通、そんな大事なことを聞かされていないとは思わないか。

…でも何か一言くらいあったって……


モヤモヤする。何だか知らない間に逃げ道を塞がれてたみたいで。


だって私は今朝まで、ラリーと結婚するつもりなんてなかったのだ。

ラリーが飽きるまでデートに付き合う、そういうつもりだったのに。


ラリーとの結婚が一気に現実味を帯びてしまった。というか、よほどの事がなければ私はこのままでは彼と結婚することになる。


動揺するなという方が無理だ。

そんな覚悟、全然できてなかったのに。

…ラリーと結婚して上手くいくイメージが、全く湧かないのに……


だってラリーは公爵家で、私は…



どうしても気になってしまう身分の差。

それに加えて、ラリー個人も魅力的な人なのだ。


デートを重ねるたびに、彼の良いところにばかり目がいってしまって困惑が深まる。

どうしてこんなに素敵な人が、私なんかとデートしたがるんだろうって…。


…別に私だって、そこまで自分に自信がない訳じゃない。顔は化粧も込みならそこそこいいと思うし、ちゃんと職につけるくらいの事務能力もある。性格も大きく歪んでいたりはしない。

でも、ラリーと並ぶとどうしても見劣りがしてしまうのだ…。


私がラリーの良いところに気がつく分だけ、逆にラリーは私のつまらないところに気がついて、気持ちが引いてしまっているのではないかって、そう思ってしまう…。


だってラリーは、それまで話したこともなかった私にプロポーズしたのだ。

私のことを意外に知ってくれてはいたけれど、それでも実際に話してみたら思ってたのと違った、なんて事は絶対たくさんある筈だ。


基本的に、想像の中の人は美化される。

だから…幻滅されて当たり前なんじゃないかって。私の評価は下がる一方なんじゃないかって…



だからラリーとの時間は、彼が飽きるまでの期間限定のものって、そう自分に何度も言い聞かせていたのに。

そうしないと期待してしまいそうで…ラリーとの将来を、本気で望んでしまいそうで……


なのに婚約なんてしてしまって、どうするつもりなのだろう。しかも数回デートしただけの、あんな早い段階で。

ラリーが「やっぱりやめたい」って思った時に……



本当に、どうするのだろう。

ラリーが私と結婚したくないと思ったら、婚約は白紙に戻せるのだろうか?

普通はどちらかが死んだり余程の問題が無い限りはしないけど、公爵家ならお金と権力で何とかできちゃうのだろうか。



できるなら…その方がいい。

…そうなったら、きっと私は傷つくけど…

でも我慢して結婚したラリーに、「つまらない女だ。騙された」なんて一生思われて暮らすよりはずっといい。

…それは、彼と結婚できないことよりもずっと悲しすぎるから…



だから……今まで通りのつもりでいこう。

ラリーとは、彼が私に飽きるまでの臨時のお付き合いだ。

彼との未来なんて望んではいけない。

…どうせ上手くいきっこ無いのだから。


それに私は、きっとラリーに勘違いで気に入られただけなんだから。

だから「やっぱり違った」ってラリーが気づいた時に、縋ったりしないように、ゴネて困らせたりしないように覚悟しておかなきゃ。


自分のことは自分が一番よくわかっている。私はラリーに相応しい女じゃない。そこまでハイスペックな女じゃない。ラリーにずっと好きでいてもらえるような女じゃない。


勘違いしたら、ダメ。




そんな風に精神統一して方向性を定めていたのだけれど、気がついたら眠ってしまっていたようだ。

カタンと揺れて馬車が止まる。


「ローズ、着いたよ」


大きな手が、私の肩を優しく揺すった。

気づけば、正面に座っていた筈のラリーは隣に移動していて、私に肩を貸してくれていた。

私はラリーの肩に頭を預けて眠ってしまっていたらしい。


目を開けて、至近距離にある整った顔に赤面して、慌てて距離をとった。


「す…すみません…」


「いいよ。新婚生活の前に君の寝顔が見れて役得だった」


器用に片目を瞑って笑ったラリーに、何も言い返せずに口を閉じた。


……………。

まるで私と結婚するつもりみたいな台詞。


ラリーは、まだ私に飽きてないのだろうか。

もしくは、婚約を破棄するほどの踏ん切りがついていないだけなのか…

公爵家なら、思った事を表情に出さないのなんて当たり前らしいからわからない…。


どうせなら、早めに捨ててもらった方が、傷が浅くて済むから助かるのだけれど…


こっそりため息を吐く。

そんなことを言える訳がないからこそ、今のこの状況なのだけど…。



仕方がない。

今まで通り。今まで通り。


自分にそう言い聞かせる。

ラリーの側にいられるのは、きっと後ほんの少しの間だけ…。

いつ捨てられてもいいように、心の準備をしておかなきゃダメ。

泣いてラリーを困らせないように…




護衛が馬車のドアを開けた。

明るい光が馬車の中に射し込む。

標高の高い王都に比べて、気温がだいぶ高い。


こちらは南海に面しているし…

そんなことを思い出しつつ、ラリーに手を取られて馬車を降りた。


たくさんの人が、薄着で行き交っている。

元気な物売りの声。

潮の匂い。

湿気をはらんだ風。


ここは南の都、ルスだ。




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