知らない間に…
仕事が休みの日の朝早く、お父様と玄関で鉢合わせた。
「お、今日もラリー殿と出かけるのか?」
「ええ」
「早いな」と眉を上げるお父様に頷いた。
辺りはまだ、靄がかかっていて薄暗い。
今日はちょっと遠出をするので、早朝に出発したいと言われているのだ。
雑談ついでにポツリと愚痴る。
「…いつになったら、ラリー様は私に飽きてくれるのでしょうか」
するとお父様は、妙な顔をした。
「何言ってるんだ。婚約者に飽きられたら困るだろう」
…………。
今何か、凄く変な言葉が聞こえた。
あり得ない言葉が。
「……婚約者?……誰が…ですか…?」
ひきつる顔に無理矢理微笑みを浮かべて、お父様の顔を見つめる。
…聞き間違い…よね?
「ラリー殿に決まっているだろう」
けれど、当然という顔で答えるお父様。
「……………え゛?」
そんなバカな。
私とラリーは、あくまでラリーが一方的に婚約を宣言しただけの関係だった筈だ。
……ちょっと…よく一緒に出かけてはいるけれど…
「………どういうことです?」
軽く詰め寄ると、お父様は「まだ知らなかったのか…」と小さく呟いた。
「おまえが働き始めてすぐの頃に、向こうの当主から正式に申し込みがあってな。おまえも毎回嬉々として一緒に出かけていたから了承しておいた」
「………えええ!??」
「だっておまえ、別に彼が嫌いな訳ではないんだろう?いつも楽しそうにしてるじゃないか」
………楽しそう?
…楽しそう!??
混乱する。
確かにラリーはいつも優しいし、うっかり愚痴をこぼしても聞いてくれるし美味しいもの食べさせてくれるし一緒にいて戸惑うことは多いけど嫌な思いなんてしたことないし無茶な要求をする訳でもないしデート中に「婚約」とか「結婚」とか口にしてプレッシャーかけてくる訳でもないし…ってそれはとっくに本当に婚約してたからか……
でも楽しそう!??
私が??
いやでもそれにしたって
「……一言くらい確認…」
してくれても…
「おまえが変な意地張ってゴネたら面倒くさいと思ってな」
ひどっ…
「そもそも断れる話じゃないのは、よくわかっているだろう?」
宥めるように言われて、それはそうだけど……と俯いた。
相手は天下の公爵家だ。
当主から正式に婚約を打診されたら、一も二もなく受けるのが筋だ。
でもそんな、断れないから嫁ぐっていうのは……なんか凄く……嫌…というか……
うん…嫌…だ…断れないのはわかるけど……なんかそういう一方的なのは……
頭ではわかるけどモヤモヤして黙り込む。
「それにおまえが不幸になるようにも思えない縁談だ。断る理由がない」
続けてカラリと笑ったお父様に虚を突かれた。
…お父様は、私がラリーと結婚したら幸せになれると思っているのか。
私は全然…そんな風には思えないのに……
だって会うたびに、身分の違いに気づかされる。
高級な物を当たり前のように使って。
私が一度も行った事の無かった所に普通に出入りして。
そしていつも余裕があるラリー……。
暗く沈んでいたら、表からカラカラと馬車の音が聞こえてきた。
ラリーのお迎えだろう。
「ほら、行ってきなさい」
お父様に背中を押されて、暗い気持ちのまま屋敷を出た。