船遊び
今のところ、ラリーが心変わりする気配は無い。あれ以降も、ちょくちょく花やお菓子を贈られたりデートに誘われたりしている。
でも幸い、ドレスやアクセサリーなどの高級品は贈ってこない。
これには本当に安心した。
高い贈り物はなんか怖い。
それと私の仕事が始まってからは、研修などが忙しくて無理なく誘いを断れることも多い。
お仕事最高。大好き。
ただ残念ながら、お誘いの頻度は変わらない。
でもまあ、そのうち飽きるだろう。
だって、あの顔と性格に加えてあの血筋だ。きっと学園でもモテモテに違いない。同じ学年の子からも、今年入ってきた新入生からも。もしかしたら上の学年の子からも。
彼だって、引き気味の可愛げのない女より、素直に慕ってくれる可愛い子の方がいいに決まっている。可愛くて、彼と同様に上流貴族階級の生活に慣れている子が…。
………うん。
今ちょっと…ほんのちょっとだけ胸がチクっとしたけど、でもそれでいい。
家の釣り合いとっても大事。
ラリーは五男とはいえ天下の公爵家。うちは掃いて捨てるほどいる子爵家だ。
全てが違いすぎる。
…私がもっと…マーシャみたいな滅多にいないレベルの美女だったりしたら、自信を持てて話は違っていたのかもしれないけれど……
今日は断る口実がなかったので、ラリーとデートしている。
基本的に、断る理由がない時はラリーの誘いを受けているのだ。
公爵家と子爵家では、ちゃんとした理由が無ければ断れない。
…嘘はバレた時が怖い。
そんな訳で、今は公爵家の所有する湖で船遊び中だ。
………そう。
「所有する湖」
なんというパワーワードだろう…。
王都のすぐ近くに、こんなに大きな湖付きの土地を持ってるなんて、公爵家怖過ぎる…。
その「船」も、もちろん二人乗りとかの小さな物ではない。使用人が何人も乗り込んだ、立派な船だ。
船室もあって、小さな調理場まで付いてるの……ふふっ…
思わず乾いた笑いが浮かぶ。
でも、そんな超上流階級な部分を丸っと無視すれば、とても素敵なところだ。
視界に映るのは、木々の緑に水の青。パチャパチャと船べりに水が当たる音が耳に涼しい。
岸辺に人のいない静かな湖に浮かぶ船の上で、ゆらゆらと揺られる。
今日は風が少しある所為で、時折船が大きく揺れる。そんな時は、隣に座ったラリーが私の腰に手を回して支えてくれる。
彼はスキンシップは多いけれど、いやらしい手つきではないので拒めない。あくまで紳士的なエスコートの範囲なのだ。
今のこれも、船が波で大きく揺れたから支えてくれただけ。それに対してドキドキしてしまうのは、男性に免疫がないので仕方がない。
何しろ私は、今まで恋人も婚約者もなく夜会のエスコートは親兄弟や親戚のみだったのだ。
歳下とはいえ、こんなに格好よくて私のことを好きだと言ってくれる人に腰や背中を触られたら、鼓動が早くなるのは最早必然だ。
ラリーは、ここ数ヶ月で少し背が伸びた。顔の輪郭も少し大人っぽくなった。
その彼に支えられると、安定感があってドキドキしつつも少しほっとしてしまう。
揺れが収まってラリーの手が離れた。
それを少し寂しいと思った瞬間、また船が大きく揺れた。
「きゃっ…」
驚いて、うっかり貴族令嬢っぽい可愛らしい悲鳴をあげてしまった。
柄じゃないので恥ずかしい…。
グラリと揺れた私の肩を、ラリーの手が引き寄せる。体勢が崩れ、ラリーの胸に抱きつくような格好になってしまい顔が赤くなる。
…これは、異性との急な接触に緊張しただけであって、別に相手がラリーだからという訳では……
心の中で自分に言い訳しつつ身体を離そうとしたのだけれど、ラリーは何故か今回は離してくれなかった。
「っ…あの……」
落ち着かずにもぞもぞと身を捩る。
何と言うか、伝わってくる体温が恥ずかしい。抱きしめられているという事実を、否応なく認識してしまって…
「……まだしばらくは揺れそうだから…ね…?」
私の耳元で宥めるように囁いたラリーの腕に力がこもった。
「っ…でも…」
揺れた時にまた支えてくれれば良いのでは、と言おうとしたのだけれど
「危ないから大人しくしてて?」
再度言われて、仕方なくじっとしていることにした。
だって船が揺れるのはどうしようもないし…
断って倒れたらみっともないし…
それで怪我でもしたら迷惑かけちゃうし……
それに…それに……この腕の中は………
それ以上考えたらいけない気がして、ぎゅっと目を閉じる。
しばらくそのまま黙ってラリーの腕に包まれて、大きく揺れ続ける船に運ばれた。
◇ ◇ ◇
今日も家まで送ってもらった。
馬車を降りて向かい合い、別れの挨拶をする。
「今日もありがとうございました。おやすみなさい」
断れない誘いとはいえ、楽しくないと言えば嘘になる。
船で食べた釣りたての魚のムニエルは美味しかったし、ラリーが小さい頃に隣のアストゥー公国を訪ねた時の話も興味深かった。
…なんだかんだ、私はラリーとのデートが嫌ではないのだ。
私に飽きてくれるのを待っているので、本人に言うつもりはないけれど…。
「うん…」
私を見下ろしたラリーの右手が、不意に私の頬に当てられた。軽く上を向かされる。
私より頭一つ分くらい背の高くなったラリーを、見上げるような格好になる。
ラリーは私を見つめて優しく目を細めた。それを見たら、何故だか急に顔が火照った。
慌てて顔を逸らそうとしたけれど、頬を包み込む手の所為でできない。
綺麗な水色の瞳。
微笑んだ顔が、ほんの少し近づく。
ビクリと肩が震えてしまった。
するとラリーはクスリと笑って
「おやすみローズ。またね」
と一言残して身体を離した。
そのまま踵を返して馬車に乗り、去っていくラリー。
……………………。
キスされるのかと思った…!
動けないままそれを見送った私は、馬車が見えなくなるとカクンと膝の力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまった。