初デート2
嫌われる為の計画に早くもつまづいて、ぼんやり生返事をしている間に馬車が止まった。最初の目的地に着いたようだ。
そこは高級店が並ぶ通りにある、目立たない店構えのお店だった。ドアの上に、店名が小さく書かれているだけの。
中に入ると、様々な種類の布やレースなどが棚に溢れていた。
どうやらドレス屋のようだ。
奥の方のトルソーには、作りかけのドレスが着せられている。何人ものお針子さんが、その周りで忙しそうに手を動かしている。
あまり客を入れるような造りには見えないから、基本は客の屋敷に出向くスタイルの商売なのだろう。
何人かが私たちに気づいたと思ったら、一人の女性が近づいてきた。とても洗練されたドレスを着た、人目を惹く女性。オーナーとか支配人とか、そんな雰囲気の人だ。
「いらっしゃいませ、ラリー様。今日はどのようなご用件でしょうか?」
どうやら彼のことを知っているようだ。
……公爵家御用達のお店…?
なら絶対に超高級店だ。
嫌な予感しかしない。
「こんにちは、マダム。ちょっと彼女にね」
微笑んだラリーの手が、私の背を軽く押した。
…私のドレスをオーダーするとか…言わないよね…!?
押された背中を冷たい汗が伝う。
公爵家が利用するような店のドレスを、うちがポンと買える訳がない。ラリーが私に飽きた後に支払いを要求されたら、ものすごく困る。
「まあ」
マダムは軽く目を見開くと、私の上から下まで素早く目を走らせた。今日私が着ているのは、子爵家でも十分買えるセミオーダーのドレスだ。生地もそこそこ作りもそこそこ。
今の一瞥でそれを見破られたような気がして居た堪れない。
こんな安物でお店に来てごめんなさい!
心の中で全力で謝る。
でもマダムはにっこり優しく笑った。
「お茶でもいかが?」
思わず肩から力が抜けた。「採寸を」とかいう流れになるんじゃないかと身構えていたから。
お茶の誘いを断るのも不躾に思えたし、ラリーが私にドレスを贈るんじゃないか、なんて勘違いしたのも恥ずかしかった。
それにそもそもラリーが隣でニコニコ笑っているこの状況では、私は断れる立場にいないので頷いた。
一旦お針子さん達に何やら指示を出したマダムが、お店の端に置かれた瀟洒なテーブルに案内してくれた。
作業台ではなさそうだから、時々こうしてお店を訪れるお客さんもいるのかもしれない。
しばらくすると、立派な3段重ねのティーセットが運ばれてきた。
お針子さんたちのオヤツにはとても見えないから、多分わざわざデリバリーを頼んでくれたのだろう。
これはこれで高級そうだけれど、ドレスに比べれば遥かにマシだ。それに現物が届いた後で食べないとか失礼過ぎる。
そう腹をくくって、私はお菓子に手を伸ばした。
流石高級店のマダムといったところなのか、彼女は話上手だった。子爵家で社会経験のまだあまりない私でもついていける興味深い話題を振ってくれたので、ついつい夢中になってしまった。
ラリーはソツなく相槌を打ちつつ微笑んでいた。
時折お針子さん達の視線を感じたけれど、職場に客がいれば気になるのは仕方がない。
お茶を飲み終えて、お開きの雰囲気になって席を立つ。
「ちょっと待ってて」
とラリーに言われて、少し離れたところで彼がマダムと何やら話しているのをぼんやり眺める。程なく話は終わってお店を出た。
「ドレスを作る」とか言われなくて本当によかった。最後に何か話していたから、多分その用事のついでに寄っただけなのだろう。
…そもそも、いきなりドレスなんて贈らないよね。
ほっとしたら、自意識過剰になっていた自分が改めて恥ずかしくなった。
その後は劇場で、遠方の国から来ている舞踊団の公演を公爵家の専用席で観た。
私は正直、踊りなどの芸術全般にはあまり興味がない。けれど、外国の珍しいものを直に見られるのは嬉しかった。国外の人と話す時、その国について知っていることがあると話題にできるから。
官吏としての仕事の中で、いつか役に立つかもしれない。私の配属になる部署は、主に国外の人と関わるところだから。
踊りを観終わってから、遅い昼食を食べた。隠れ家みたいな小さめのお店だったけれど、内装も給仕のサービスも、もちろん料理も凄く洗練されていたからきっと高級店なのだろう。
値段を想像すると胃がきゅっと縮みそうになったけれど、公爵家のご子息がパン屋のランチを食べる訳もないので諦めてお腹に詰め込んだ。
因みにとても美味しかった。
食後は宝石店に寄って、ドレス屋の時より軽いお茶をした。
こんな高級店のアクセサリーを贈るとか言わないよね!?
って、実はほんのちょっとだけ警戒した。
けれどもちろん指のサイズを測られたりすることもなく、ただ支配人とお茶をして終わった。
帰り際にラリーは支配人と二人で何か話していたので、こっちも家のお使いで寄ったのだろう。
…ついつい自意識過剰になってしまう自分が、本当に恥ずかしい…。
それから、日が暮れる前に家まで送ってもらった。
ラリーは折角の春休みだからと、明後日の約束を取り付けて帰って行った。
◇ ◇ ◇
自分の部屋に入って、パパッと着替えてベッドにダイブする。
………疲れた。
ラリーは今日ずっと、私の話をニコニコ笑って聞いてくれていた。それに初デートで私が気疲れするのを見越してか、早めに帰してくれた。
そういうのをサラリとできちゃうのが、育ちの良さなのかもしれない。
私は何をどうしたら興味をなくしてもらえるのか考えながらも結局わからなくて、とにかく彼の気分を害さないように必死だった。
ラリーを怒らせて公爵家に睨まれるような度胸はない。
うちは弱小貴族なのだ。
だから…
…本当に緊張した。
…ああ、ラリーが私のぎこちない態度で家格の差に気づいて「やっぱり僕にはふさわしくないな」って思い直してくれないかなあ…。それで明後日の約束もキャンセルになったりしないかなあ…。
そんなことをツラツラと考えていたら、遅い時間にお腹いっぱい食べた昼食とその後のお茶の所為もあって、そのまま眠ってしまった。