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プレゼント

ちょっと時間が空いてしまいました。

次はなるべく早めの投稿を目指します。


あれから毎日のように…というか毎日、ラリーは私の仕事が終わるのを待ちかま……待っていてくれて、馬車で送ってくれる。

ラリーだって忙しいだろうし、待たせてしまうのも悪いので遠慮しようとしたのだけれど


「絶対に僕が送るよ」


とにっこり笑われて、その話はおしまいになった。

…公爵家生まれの美形の笑顔の圧は一味違った…。


馬車の中では、その日あった事とか、今度どこに出かけようとか、将来どうしたいとかで話題は尽きない。

その中で、どういう流れなのかわからないけれど毎回キスされている。…唇に……。

…気づいたらされているので、避けようが無いのだ。嫌じゃないけど、落ちつかないし恥ずかしい…。



そして今日も迎えに来てくれたラリーの馬車に乗った。

クッションのきいた椅子に腰掛けると、いつの間にか隣に座るようになっていたラリーに手を取られた。


「おかえり、僕のローズ」


「…はい」


ラリーの熱のこもった微笑みとそんな挨拶に、なんだかもの凄く照れてしまう。

「おかえり」なんて、まるで夫婦のやり取りみたい…


赤くなって視線を逸らしていたら、ラリーが胸元から小箱を取り出してごく自然な動作で私の指に何かを嵌めた。


慌てて手元を見る。

指に銀色の輪が嵌っていた。

洗練されたデザインの、とても大きくて高そうな宝石が付いた指輪。

咄嗟に引き抜こうとしたら、指先をしっかりラリーに握られてしまった。


「とてもよく似合っているよ」


圧のある笑顔。

最近見慣れてきてしまった笑顔。

「どうして抜こうとしたの?」とか敢えて言わないところが怖い…。


「え…えっと…これは…?」


見たままな気もするけれど聞いた。


「君へのプレゼント」


あっさりと答えるラリー。

なんて事無い口調で。


けれど、今まで高級品にはあまり縁の無かった私にもわかる。これ、絶対に高い代物だ。気軽に受け取れる値段じゃない奴だ。


「っ…流石に…こんなに高価な物は……」


馬車の二、三台は軽く買えてしまいそうな指輪。そんな物が自分の指に嵌っている事実に、心臓が早鐘を打つ。


「どうして?君は僕の妻になるのに」


不思議そうに首を傾げるラリー。

でも目の奥には強い光。

感じる圧が強くなった。


最近彼はよく、妻とか夫婦とか口にする。

その度に「絶対に逃がさない」と言われているような気になる。


…私だってラリーと結婚したいから逃がしてくれなくて良いのだけれど、肉食動物の目の前に置かれた草食動物みたいな気分になってしまうのは何故だろう……。つい腰が引けてしまう。

逃げるつもりは、さらさら無いのだけれど……


でも結婚するのは、少なくともラリーが学園を卒業してからだから、まだ先の話だ。

そう、まだ先の事だから。

だからここまで高い物は……などと断り文句を考えていたら


「来月にはドレスもでき上がるからね」


「…え?」


追い討ちがきてポカンとした。


「本当はもっと早く渡したかったんだけど、色々あって時期が過ぎちゃったから……」


「う……」


その頃の事を思い出したのか、悲しそうに目を伏せられて言葉に詰まる。

けれどラリーはすぐにニコリと笑った。


「でも君が僕と結婚したいって言ってくれた後、すぐに注文し直したんだ」


「ええ!?」


「来週あたり、最終調整をしに一緒にお店に行こうね」


「最終って…」


もう、ほぼできてるって事…?


「うん。この前少し痩せて、体型ちょっと変わったでしょ?」


……確かにそうだけど。食事が喉を通らなくて、ウエスト周りが変わってしまったけど。

でも、元々のサイズはどうしたんだろう…


「あの…採寸、とかは…」


された覚えがない。


「ああ。デートで一緒に仕立屋に行った時に、目視で測ってもらったんだよ。大丈夫、マダムの目は確かだから」


仕立屋…?

記憶を探る。

その手のお店に行ったのは…


「一番最初のデートですか!?」


驚いて思わず叫んだ。

ラリーは


「覚えてたんだ」


と嬉しそうに笑った。

いや、覚えてるけど……彼とのデートは、もちろん全部覚えてるけど…

でも…初デートで既にドレスを贈る気でいたってこと!?

しかもあんな高級店の……


店内の様子を思い出して、ザーッと血の気が引いた。

そうだ。あそこはとんでもなく高級店の匂いがした。

王族公侯爵専門くらいの……。


「絶対君に似合うから楽しみにしてて」


ラリーは屈託なく笑っているけど、楽しみにできる値段じゃない。


「っ…その…値段がですね…」


身に染み付いた子爵家の金銭感覚が叫ぶ。あの店のドレスは、私が今までに着た事のあるものとは格が違うと。

多分あのお店の一着で、私が一年間に着るドレスが全部買える。というか、軽くそれを越えているかもしれない…

…概算すら予想がつかなくて怖い。


「気にしなくていいよ。僕、お祖父様の領地を分けてもらってて、そこからの収入があるから」


微妙にそういう問題じゃない。

夫の財布は自分のもの、というご夫人は割といるらしいけれど、婚約者の財布を我が物顔で使う女がいたら、かなり痛い。


………ああ、でも前公爵様の孫へのプレゼントは領地なのか…。

今日もまた、上流貴族の洗礼(カルチャーショック)を受ける。


……とにかく、あのお店のドレスを受け取るのは値段からしてダメだろう。

そう思うのに、ラリーは引いてくれない。


「それとも、未来の夫からのドレスが受け取れないの?」


「……………」


もっと金額が低い物なら、喜んで受け取るのに。お菓子とか花とか、そういうのなら。

私だって…好きな人からのプレゼントは嬉しいし……

でも、心臓に悪い値段のプレゼントとなると話は別だ。


「……まだ、夫婦ではない訳ですし…」


握られたままの手を、もぞもぞと動かす。

ラリーと結婚するつもりだけれど、結婚前に色々受け取るのは抵抗があるのだ。

だから往生際悪く逃げ道を探す。


「でも、いずれ夫婦だ」


けれど即座に塞がれた。

動かしていた手をしっかりと握り直されて


「君は必ず僕と結婚する」


…逃す気は全くない、と宣言するような口調に何故か背筋が震えた。

手を持ち上げられて指にキスされて、そこに嵌ったままの指輪の存在を思い出した。


そうだ。この問題もあった。


「あの…やっぱり今の私にはまだこれは早いと思うんです…」


ラリーの圧と指輪の金額にビクビクしながら、消え入りそうな声で何とか主張する。

結婚するつもりではいるけれど、まだ夫婦になった訳じゃないのだ。

いずれそうなるけれど、まだ早い。

そう思うのだ。

それに…


「ちょっと盗まれないかと心配ですし…」


そういった問題もあった。

ラリーの家は警備の数も腕も超一流だろうし、公爵家に盗みに入るような根性の座った泥棒はそういないだろうけれど、うちに来るのはそれと比べたら気軽なお散歩みたいなものだ。


ラリーは少し考えてから、納得したように頷いた。


「…そっか」


その反応にほっとして


「うん、じゃあこれはまだ僕が預かっておくよ」


望んだ通りの返事に気を抜いたら


「でもドレスは受け取ってくれるよね?…嫁入り前の君を家に連れ込んでドレスを脱がせてもいいのなら、そっちも喜んで僕が預かるけど」


「っ…!!?」


過激な冗談に息が止まりそうになった。

…着替えをラリーの家でするなら、って意味の筈だけれど、言い回しが心臓に悪すぎる。しかもそんな流し目とセットで……

真っ赤になってバクバク音を立てる胸を押さえていたら、悪戯っぽく笑われた。


…ラリーは私の告白以来、こういう際どい冗談をよく言う。満更冗談でも無さそうな表情で。

そんな彼がちょっと恨めしい…



でも確かに、婚約者と言えども他人の家から、入った時とは別のドレスで出てくるのは外聞がよろしくない。

わざとおかしな噂を流され兼ねない。


ドレスは受け取るしかないか…

宝石と違って、盗んでも転売が難しいし価値も下がるだろうし、そもそも嵩張るから盗みにくいし…

だから、うちに置いても平気だろう。


それに高すぎる値段に慄いて反射的に断ろうとしてしまっていたけれど、よく考えたらドレスはシーズン毎に流行りがあるから、受け取らないと無駄になってしまう。


誰も着ないまま廃棄…ラリーが最初に注文してくれてたらしきドレスのように………。


それは余計にダメだ。

もうほぼ出来上がっているのなら、ドレスは受け取るしかない…。

そう、諦め半分にため息を吐いた。



…けど、こういうのって何だっけ。

あれに似てる。

詐欺の手口。

断れない状況を作ったり。大きな要求を断らせて、小さな要求を飲ませたり……


なんて、従兄弟あたりから聞いたような雑学が、不意に頭に浮かんだけれど


「ね?」


と吸い込まれるような青い目にじっと見つめられて、気づいたら頷いていた。

そしたら嬉しそうに笑ったラリーに唇に優しくキスされて、そんな些細な事はどうでもよくなってしまった。



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