もう、いいんだ
「本当言うとね」
それから少し落ちついて、家に着くまでの間にラリーが話してくれた。
「君が望むなら、婚約を解消しようと思って今日は会いに行ったんだ」
思わず彼を凝視する。
「これでも少し強引だった自覚はあるから」
そんな私に苦笑して。
「でも強引にでも僕のことを知ってもらえれば、すぐに好きになってくれると最初は思ってたんだ。だってこれでも公爵家だからね」
自信満々な台詞と苦い表情が、ひどくアンバランスで。
「でも、そうはならなくて…。焦ったよ。もしかして、僕は君に酷い事してるんじゃないかって。好きでもない男に付きまとわれて、君は迷惑してるんじゃないかって」
…困ってはいたけれど、迷惑ではなかった。
「楽しそうに見えるのに、僕を好きだとは言ってくれない君に戸惑った」
酷い事をしていたのは私の方だ。
好きだと言ってくれるラリーから逃げるばかりで、ちゃんと向き合おうとしなかった。
「それでも君が好きだったから、他の男に取られるのなんて絶対に嫌だったから正式に婚約して」
…ラリーが婚約について私に言わなかったのは、当然かもしれない。
「時間をかけて好きになってもらえればいいって、そう思ってたんだけど…」
だって、とっくに好きになっていたのに、その自分の気持ちからも目を逸らしていた。自分の気持ちにも向き合おうとしなかった。見ない振りをしていた。
「君は「本当に結婚するつもりか」なんて聞くし…」
「っ……………」
……………そうだ。
そんな酷い事も言った。
私を好きだと、言葉でも態度でも示し続けてくれた人に。
「正直、あれは堪えた」
たとえそういうつもりで言ったのではなかったとしても傷つけた。
「………ごめんなさーー」
謝りかけた唇は、指で塞がれた。
「でももう、いいんだ」
柔らかな笑み。
久しぶりに見る暖かな笑み。
「君は僕が好きだったんだから」
不意に言われて顔が赤くなった。
「僕のことを、あんなにも熱烈に好きだったんだから」
先ほどの自分の言葉を思い出して身悶える。
必死だったとはいえ、なんて大胆なことを…
ラリーの嬉しそうな視線から逃げるように俯いたけれど、頬を包まれて顔を上げさせられた。
「今さら、訂正したりしないよね?」
少しだけ揶揄うような口調。
けれど、とても真剣な瞳。
恥ずかしいけれどコクリと頷いた。
今まではラリーが私に伝えてくれた。
だからこれからは、私も返さなきゃ…
言葉も…想いも…ちゃんと全部伝えなきゃ…もう…逃げないで……
「…じゃあ…拒まないで…」
ゆっくりとラリーの顔が近づいてきた。
驚きに目を見張る。
私の目を見つめていたラリーの瞳が閉じられた。
更に近づいてくる顔。
長いまつ毛。
頬に当てられた大きな手。
動けない。
暖かい息がかかる。
緊張に耐えきれず喘ぐように開いた唇に、ラリーの唇がそっと重なった。