帰り道
馬車に乗ると、ラリーは私を避けるように向かいの端に座った。
そして窓の外に顔を向けた。
私を…拒絶するように…
馬車が走り始めて、少しして気がついた。私はラリーに、躊躇う理由を言っていなかったことに。
ラリーの反応があまりに劇的で。
それに驚いて。
そして怯えて。
それと……。
ラリーに飽きられてしまう、嫌われてしまう未来しか想像できなくて。そんな未来が来る事が、嫌で嫌でたまらなくて……
「…あの…」
遠慮がちに声をかけると、ラリーはチラリと視線を寄越した。
…いつもなら、にっこり笑って「何?」って聞いてくれるのに。
そのことに酷く動揺しながらも言葉を紡ぐ。
「…そのっ…ラリー…様が嫌だという訳ではないんです。……ただ、やはり私のような子爵家の娘は、ラリー様に相応しくない…と…思うん…です……」
ラリーの静かな眼差しに怯える。
いつもは暖かな光を湛えている瞳なのに。
それが無いだけで、こんなにも不安になる。ラリーとの距離を、感じてしまう…。
でも多分、これが正しい距離なのだ。
公爵家と子爵家の……
「…うん」
尻すぼみになった私の言葉にそれだけ返して、ラリーはまた顔を逸らしてしまった。
窓の向こうに。
それきり何も言ってくれない。
馬車は静かに進む。
私は…怖くなって、それ以上は話しかける事ができなかった…。
やがてうちに到着して、護衛が扉を開けた。
もう辺りは真っ暗だ。
護衛が手に下げたカンテラと屋敷の入り口に灯る明かり、そして馬車の光がぼんやりと辺りを照らす。
差し出された護衛の手を取って降りた。
ラリーは…いつも馬車から降りて別れの挨拶を交わすラリーは、今日は降りない。
ただ、静かな視線が馬車の中から向けられた。
「………たとえこの婚約がダメになっても、君の家に何かしようなんて思ってないから安心していいよ」
ラリーは無表情で小さくそう呟いた。
それを聞いた護衛が目を見開く。
けれどラリーは何も言わせず
「閉めて」
と短く命じた。
すぐさま表情を引き締めた護衛が扉を閉め、馬車は静かに走り出す。
馬車を守るように走る護衛の馬も去っていく。
私はそれを、まるで彫像にでもなったかのように固まったまま見送った。
動けなかった。
指先まで、凍えるように冷たくて。
ラリーの最後の言葉が、何度も頭の中で響いて。ずっと望んでいた筈の言葉が苦しくて。
ラリーにとても大きな誤解をさせてしまったのに、それを解く事ができなかった…。