婚約宣言…って何!?
「ローズ!君との婚約を宣言する!」
学園の卒業式のその日。パーティー会場に一人の男子生徒の凛々しい声が響きわたった。
それを聞いて、私は驚きに固まった。
だってローズというのは私の名前で、その男子生徒が指差しているのも私だったから。
けれど私は彼とは面識がない。
もう一度言おう。
私は彼とは面識がない!
誰!?
っていうのが正直なところだ。
でもその男子の目は、真っ直ぐ私を見ている。ややつり目の、キリっとしたアイスブルーの瞳。サラサラの茶色の髪は、触り心地がよさそうだ。色素が薄めの桜色の唇。スッと通った鼻筋。
やや幼い感じはするけれど、美少年と言っていいだろう。
だけど、とにかく知らない人だった。
「どなた?」
とりあえず、扇子で口元を隠しながら首を傾げた。
普段の学園では扇子なんて持ち歩かない。制服に扇子はミスマッチだ。
けれど今日はパーティーなのでドレスを着ている。それとセットで持っていたのだ。
途端に彼は、真っ赤になって震えだした。
「っ…可憐だ……」
…悪い気はしないけど説明プリーズ。
「私、あなたとお話したことあったかしら?」
プルプル震えるばかりで返事がないので、仕方なくもう一度問いかける。
すると今度は答えがあった。
「いや、ない!だが君は私の想い人だ。そして今日、君は卒業してしまう。だから告白するなら今しかないと思ったのだ!」
おお…と会場がざわめく。
うん。みんな恋バナ好きだよね。わかる。私も他人事だったら絶対楽しんでた。
でも残念ながら、今回は当事者だ。
「君は卒業する」という言葉が引っかかって改めて彼を見てみると、卒業生の着るタキシードではなく学園の制服を着ていた。
しかもラインの色からして一年生。
この学園では、学年が違えば校舎も違うし接点も少ない。
だから私が彼を知らなくても無理はない。
それに今年学園に入ったばかりなら、多少常識がないのも仕方がない。
でもさ、「告白」と言いつつ色々すっ飛ばしてプロポーズどころか婚約宣言ってなんなの!??
婚約っていうのは普通、互いの家の当主と本人の同意があって成立するものだ。
それを「宣言」って…。
初めて聞いた…。
…いくら何でも常識がなさすぎる。
「お断りいたします」
だから速攻で断った。
私は来月から官吏になることが決まっている。そこで稼ぎと性格の良さそうな男性をつかまえる予定なのだ。顔はいいけど常識のないお子様の相手をしている暇はない。
花の命は短いのだ。
「っ…なっ…何故だっ…!だがもう宣言してしまったぞ!」
ショックを見せながらも妙なことを言い返す彼に
いやいやいや。一方的な宣言で婚約が成立してたら、この世めちゃくちゃですやん。
と思わず母方の従兄弟の方言でツッコミそうになる。
もとい
「そんなものは無効ですから、ご心配には及びませんわ」
ツン、と顎を反らして言い放った。
あ、告白を「そんなもの」呼ばわりしちゃった。
まあいいか。
告白はともかく一方的な婚約宣言なんて非常識なものは「そんなもの」でいいだろう。
だいたい私は、まだ彼の名前すら知らないのだ。
この発言プラス高慢ちきっぽい態度で幻滅してくれないだろうか。話したことがないなら、どうせ見た目が気に入ったとかだろう。
さっき「可憐だ」とか喜んでたくらいだから、ちょっとつつけばすぐ冷めーー
「っ…ツンもいい…」
チラリと視線をやると、彼は胸を押さえてまた震えていた。
………よくわからないけれど、この作戦は失敗したらしい。割と守備範囲の広い人なのかもしれない。
でも、とにかく彼は無しだ。
私の理想は1に経済力、2に包容力。3、4は無くて、5に大人の色気なのだ。
彼はそのどれにも当てはまらない。
ここは速攻で畳み込もう。
すうっと息を吸い込む。
「とにかく私はあなたとーー」
結婚する気は微塵もない、そう言おうとした時、グイッと誰かに腕を引っ張られた。
「ちょっとローズ!」
私の発言を遮ったのは、友達のマーシャだった。
ソバカス美人、というのだろうか。一般的には良しとされないソバカスがあるにも関わらず美人。今日はドレス着用な為メイクでソバカスを消しているので、とんでもなく美人だ。
因みに彼女も来月から官吏だ。部署は違うけれど。
「何よマーシャ」
取り込み中なのに。
「何よじゃないわよ。彼のこと知らないの?」
問われて首を傾げた。
私は政治経済が好きだし就職先もそっち方面なので、国内外の動きには注意を払っている方だけれど、それ以外のことにはあまり興味がない。
「有名人なの?」
はーっと、マーシャは額に手を当ててわざとらしくため息を吐いた。
「公爵家の五男よ」
「げっ………」
広げた扇子の陰で、思わず顔が引きつった。
つい『身分にとらわれずに自由に意見を交わす』という学園の理念のままに行動してしまっていたけれど、学園を一歩出たらこの世はガッチガチの身分社会だ。
オマケに私は、明日から学園生ではない。
公爵家の人間の機嫌を損ねたら、私なんて吹けば飛ぶ糸くずのような物だ。
なんなら親兄弟まとめて吹っ飛んでしまう。彼を邪険にするのはとっても不味い。
ここは『下級生を軽くあしらう上級生』ではなくて『公爵家に跪く子爵家令嬢』でいこう。
「大変失礼いたしました」
ドレスの裾をつまみ、淑やかに頭を下げる。
隣でマーシャが「私、あなたのそういうところ結構好き」とか言ってるけど今は無視だ。ありがとう。
「あ、いや、うん。いいんだ」
頬を染める公爵家五男。
権力を笠に着ないタイプのようでほっとする。
よし、このまま断ろう。
「ですが大変申し訳ないのですがこのお話はーー」
「それで明日デートとかどうかな?」
ナチュラルにこちらの話をぶった切ってからのこの切り返し。
基本断られる事がないのが、よくわかるこの態度。
これが公爵家か!
でもさっき私、はっきり「お断りいたします」って言ったよね!?それは完全スルーなの!?
ちょっと理解の範疇を超えた態度に、涙目でマーシャに助けを求める。
けれどマーシャは半笑いを浮かべると、ポンと私の肩を叩いて離れて行ってしまった。
うん、関わりたくないよね。わかる。
…でも、できるものなら助けて欲しかった…。