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きみと見るゆめ  作者: 結木由羽子
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第一章 子どもなんて

私は人を殺しました。かたちのない、魂を殺しました。


それは誰にも裁くことはできない、咎められることのない殺人です。

しかし、かたちはなくとも、殺したことに変わりはないのです。


泣いて悩んでたどりついた結末。

この選択を後悔することが一番の罪なのでしょう。


まさか、私にこんな日が訪れるなんて…


一生交わることのない、私には遠い世界の話だと思っていたことが、自分の身に起こるとはこれっぽっちも思っていなかった。


忘れてはいけない、忘れられない日々を一生背負うため、書き記しておきます。

言葉を選んで書くけれども、きっと人によっては気分の悪い思いをする部分もあるかもしれない。


世界の片隅にはこんな選択をした夫婦もいるんだと知ってもらえたら…。


ーーあなたの隣にいる私は、今日も一生懸命笑って生きています。


私は38歳になったばかりのどこにでもいる会社員だ。

仕事もプライベートも充実し、平凡だけど楽しい日々を送っている。


30歳になる年に、3年付き合った彼と同棲ののちに結婚をした。


お互い趣味を通じて知り合い、人見知りもせず明るくリーダー格だけど寂しがりな私【ナツコ】と、

手先が器用で何でもそつ無くこなし、見かけの割に一途な彼【ヒロキ】。

それぞれに足りない部分を補うかのようにパズルのピースがハマる感覚を覚えている。


私たちは8年経った今でも週末はほとんどふたりで出掛けるし、新しい趣味も一緒に楽しむ友達のような仲良し夫婦だ。

彼も「子どももいないのに、なんでそんなに仲良いの?」とよく聞かれるらしいので、周りから見てもそうなのだろう。


もちろん頑固な性格やだらしない所、直して欲しい部分はたくさんあるけれども、お互いを尊重し、こんな自由気ままな私と一緒にいてくれる彼との生活は申し分ない。


ただひとつ、彼にとって大切なことを妥協してもらっている。

この年齢ならば、だいたい「小学生くらいの親」になっているだろう。

だが、私も彼も親にはなっていない。この先もなる予定はない。


私は産まれてこの方、子どもが欲しいと思ったことがない。

好きではなく、子どもという存在に夢も憧れも持っていないのだ。

この人の子どもが欲しい、そんな風に思える人もいなかった。

申し訳ないが、今の彼にも。


彼は子どもが大好きで、甥っ子、姪っ子だけでなく道行く子どもにもかわいいなぁと呟くほどの子ども好きだ。

きっと色々な未来をその子に重ねて、叶わぬ夢を見ているのだろう。


自然とこの年になれば周りの友人、職場の同僚、親戚にもおめでたの報せに溢れ、何度もお祝いをして彼女らの幸せを願ってきた。

確かに私も、かわいいなと思える瞬間はもちろんある。

だがそれは瞬間であって、その先にある時間にはならない。

やはりどんな瞬間を過ごしても、自分のこととして現実的に考えることは出来なかった。


立派な人生を歩んでいるとは言えないが、正直に言うと自分の人生を邪魔する存在としか思えないのだ。

好きなものを我慢し、子ども優先、大事にしたい自分も時間もすべて後回し。

旦那さん次第と言う声もあるだろうが、子どもがいなければそれは当たり前に優先できていた事だと思うと、私にとっては我慢の存在としか考えられなくなっていた。



結婚し、子どもを身ごもり、出産をするー


これが女性にとって「当たり前の願いであり、当たり前の幸せ」なのだと、この令和の時代、未だにインプットされた世の中の声は、私にとって苦痛でしかなかった。

そんな大多数の意見からはみ出た私は、いつも「女なのに子どもがきらいな残念なひと」という扱いを受け、異端の目で見られていた。

最近では生き方も、働き方も自由に選べるようになったとは言え、根付いた「女としての使命」を果たさない私には、きっとこれも当たり前の仕打ちだろう。


人は皆親になるために産まれてくるわけではないが、こんな気持ちを持ったとしても産まれ出でたいのちを前にしたら必死に育てていくしかない。

最初から親なのではなく、子とともに自分自身も子を育てる親として日々成長していくものなのだと私も思う。


子どもがいるからこそできる経験はたくさんある。

昨日出来なかったことが今日出来るようになり、歳を重ね、親として認めてくれ、いろいろな景色を見せてくれる。

私には一生自分事としてその景色は見れないし、味わうこともできない、親になれた喜びを感じることもできない、皆から見たら可哀想でつまらない人生でしょう。


恥ずかしながら自分勝手で私自身がずっとこどもなのだ。

すべてにおいて強い自信も持てない。

だから、私は親になる資格すら与えてはいけないのだ。



彼には長く付き合ったのちに裏切り行為をしたくなかったし、自分の思いはしっかりと伝え、結婚するかも分からなかった頃に彼の両親にも話している。


「私は子どもがきらいです。産むことは絶対にありません。

もし子どもが欲しいなら、お互いのために今のうちに別れて下さい。」

かなり衝撃的な告白だったと思う。

むしろ冗談とも思われたであろう。

ひきつった顔で苦笑するしかない3人の姿を、今でもよく覚えている。



「私も子ども苦手だったけどね、そのうち考えも変わったりするかもしれないから…ね、気にしないで大丈夫よ。」

ーー産んでも変わらなかったらどうするの?


「自分の子どもはかわいいよ。」

ーーなんの根拠があってそんなこと言えるの?


「結婚して何年目?子どもつくらないの?」

ーー何年経ったら子どもをつくらないといけないの?


「将来的にも子どもはいた方がいいよ。」

ーーあなたが心配するようなことじゃないでしょう。


人がテンプレートのように投げかける言葉。いつもこうだ。

交際当初から結婚1年目くらいまでは、「子どもがいなくてもまだ許される時期」とされているのか、はぐらかすように質問をかわしていても問題がなかった。


だけど、何年経っても私の気持ちは変わることがなかった。

ごめんね、ヒロくん。


悪意のない質問も慣れたし、面倒くさい時は空気を悪くするような強い言葉を選んで、その場をわざと凍らせるようになっていた。

年齢を重ねると共に比例していくこの手の話は、相手側に悪意はなくとも、私の心には十分すぎるほど刺さっているのだから。

もういいよ。


彼の両親も私のいない所で定期的に彼に確認しているようだった。本当にいいのか、と。

息子の将来を心配する親なら当然のことでしょう。

彼はきっとそのたびに、私という盾をつかって現実から逃げていたのだろう。

「子ども嫌いなんだから、仕方ない。諦めたよ。」

真実だけど、どこか「わるもの」扱いされたような言葉にチクチクと刺される。


好きな人との子どもを諦める。彼にとって一番つらいこと。

好きな人が子どもを望む。私には叶えられないこと。


彼の夢を叶えられない申し訳ない気持ちと、こんな私を選んでくれた感謝の気持ちはもちろんだが、真っ黒な胸の内を曝け出す準備ができた安堵感が一番大きかった。


私を選んだ時点で彼は諦めと負けの人生を歩み始め、地獄に両足を突っ込み、8年。もう抜けられない所まできてしまった。


交わらない想いがこの先もお互いを苦しめる呪縛になるとは、まだ予想もしていなかった。


ねぇヒロくん、数年後に私よりも子どもを選ぶことが分かっていたならば、そのときに別れていたら良かったのに。





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