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04 凶悪という名の怪鳥

 「う、うわああああああ!」


 名も知らぬ男の悲鳴が辺りに響き渡る。

 この異界の景色に驚きを隠せないような驚き方ではない。

 もっと、恐怖を目の当たりにしたような・・・そんな叫び方だった。


 男の悲鳴によって辺りがざわつき出したのだが、それも瞬きするかのように一瞬で収まった。

 そのわけは、彼が指さす方向にそれぞれが目を移したからだ。

 口をパクパクさせ、目を見開くように見つめる一点に、俺も習うように言葉を失ってしまう。

 だが、犠牲者のある言葉で全員の意識は強制的に現実に引き戻された。


 「だ、誰か! 助けてくれ!」

 「ピャアアアアアア!」


 支柱のような高い建物の上で黒い翼を大きく広げる動物は、どことなく『カラス』に似ていた。

 だが、どう考えてもおかしい。

 サイズが・・・人間の10倍以上あるのだ。そんなカラスは日本に存在するはずない。

 それに、このカラス・・・・・・『人間』を食ってやがる。


 カラスは雑食動物で有名だが、生きている人間をそのまま食らうカラスなど俺は聞いたことがない。

 骨の髄までしゃぶり尽くす勢いのカラスの口は犠牲者の返り血で染まっていた。

 辺りに血が飛び散り、もはや原形をとどめていない犠牲者の絶命が目視で確認されると、同時に目を光らせたカラスの狙いはこちらに向く。

 この先の展開は、嫌でも予想がついてしまう。

 次の瞬間ーーーー辺りは悲鳴で埋め尽くされた。

 

 「きゃ、きゃああああああ!」

 「やばい、やばい、やばい! 早く逃げろ!」

 

 各々が考えなしにカラスから逃げようと必死に走り回る。

 

 ーー馬鹿! そんなことしたら!


 「ピャアアアアアア!」


 逃げ回る人間に狙いを定めたカラスは、その漆黒の大翼を大きく羽ばたかせる。

 その時、俺はこのカラスの正体にようやく気が付いた。

 大翼を羽ばたかせることによって現れた3本のか細い鳥足。


 間違いない、こいつはーーーー『八咫烏(やたがらす)』だ。


 でも、八咫烏は想像上の生き物じゃなかったのか?

 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 八咫烏は、逃げ回る人間を次から次へとその鳥足で捕まえては食らっている。

 3本の足があるということはつまり、人質になるのは3人までが限界のはずーーーーと思ったのも束の間だった。

 

 「う、うわああ! 誰か! 助け・・・」

 

 ゴックン・・・・・・


 ーーこ、こいつ! 人間を丸のみしやがった!


 丸のみされては、人質の人数など関係ない。

 八咫烏の腹が満たされるまでは、この悲劇に終わりは来ないというわけだ。

 これ以上、目の前で人間が食われる姿は見たくない。

 そんな悲劇の結末を変えるためには、やるべきことは一つしかないだろう。


 ーーこいつを殺すしかないのか・・・?


 やるとしても、俺一人でやるしかない。

 何人も八咫烏の餌食になっている現場を見て、ここにいる連中はかなり取り乱しているからだ。

 無論、俺もその中の一人に含まれている。

 そんな中で指示を出しても、きっと俺の声は彼らには届かない。

 だとすれば、俺だけで何とかするしかないだろうが、武器もないのに俺一人で戦えるはずがない。


 ーーどうする・・・! どうする、どうする、どうする、どうする・・・!


 その間にも、天空を支配する八咫烏は空から攻撃を仕掛けてくる。

 幾層にも重なる悲鳴は、もう誰のものかもわからない。

 

 ーー早く何か考えろ・・・! 考えろ、考えろ、考えろ! 敵は空を飛ぶんだ・・・! 空を飛ぶ敵を倒すには・・・。


 辺りを見渡して考えているうちに、俺の頭の中でふとある案が浮かび上がってきた。

 だが、それを実行するとなると()()()()が必然的に生まれてくる。

 それは、『失敗すれば死ぬ可能性が十分高い』というものだった。


 命を張ってみんなを守るか、みんなを見捨ててここから逃げ出すか。

 

 二者一択、どちらかを選ばないといけない。

 

 「うわああああああ! やめろ! やめてくれー!」


 ーーあー、クソ! 悩んでる場合じゃない!


 隅に人間を追い詰める八咫烏に、俺はそこらに転がっていた石ころを全力で投げつけた。


 「グルルルルルル・・・」


 鳥とは思えない、まるで獣のように唸っている。

 殺意を剥き出しにしているその瞳を見て、正直ちびってしまいそうだった。

 だが、あとは向かえばいい。『地下図書庫』へと向かえばいいんだ。


 俺は八咫烏の殺意を無視するように、『地下図書庫』へと振り返ることなく走っていく。


 「ピャアアアアアア!」


 ーー振り返るな! 走れ、走れ、走れ!


 何となく背後に気配を感じる。

 王たる象徴の大翼を羽ばたかせた、人食い鳥の存在を。


 『地下図書庫』までの距離、あと10メートル。

 気を抜くことなく、全力で駆け抜ける。

 ここまで全力で走ったのは、高校の部活以来だ。

 だからこそ、ここへきて問題が発生してしまうのは言うまでもない話だった。

 圧倒的な運動不足ーーーーつまり、体力に限界が来てしまったのだ。


 死がそこまで迫ってきてるというのに、ここで止まるわけにはいかない。

 意地でも『地下図書庫』へと駆けこまなければいけないのだ。


 ーー止まるな! 止まったら死ぬぞ! 止まるな!


 「ピャアアアアアア!」


 小石を投げつけられたことで、敵意を向けられたと感じた八咫烏は、今までにないほどの豪速で俺に飛び掛かってきたのだろう。

 そのあまりの速さに、食われるよりも先に(くちばし)で突き飛ばされてしまった。


 地面に叩きつけられながら転げ回り、なんとか『地下図書庫』まで逃げ切ることができた。

 運がいいことに、『地下図書庫』は3層を繋ぐ『螺旋階段』となっているため、最下層まで落ちることはなく、壁に打ちつけられるだけで済んだ。


 だが、痛いものは痛い。

 下半身を動かせることから、恐らく背骨は折れていない。

 だが、内側からヒシヒシと伝わってくる激痛が俺の体を問答無用で支配する。


 ーークッソ・・・いてぇ、いてぇよ・・・。


 痛みに悶えながらも、俺は『地下図書庫』の入り口へと目を向けた。

 するとそこには、嘴から頭部にかけてすっぽり(はま)ってしまった八咫烏の姿が。

 あれほどの豪速で突進してきたのだ。そう簡単に抜けるはずはないだろう。

 それでも、俺は動かなければならない。

 そんな保証はどこにもないのだから。

 

 ーーこのチャンスを逃したら、次はないかもしれない。


 そう頭の中に思い浮かべただけで、痛みがスッと引いていくのがわかった。

 恐らくは、アドレナリンが大量分泌されているからだ。

 だとしたら、このタイミングで()るしかない。

 アドレナリンが切れてしまったら、俺は使い物にならなくなってしまうから。


 ふらつきながらもなんとか立ち上がり、一段目に足を踏み入れる。

 その姿を見た八咫烏は、隙を与えまいをするかのように顔全体を乱暴に動かし始めた。

 

 「ピャアアアアアア!」

 「簡単に死んでくれないってか? でも、それ以上は動けないだろ!」


 俺は一気に階段を駆け上がり、八咫烏の嘴に飛びついた。

 そんな俺を振り落とそうと、顔を今まで以上に前後左右に振り始める。

 だが、そう簡単に落ちる訳にはいかない。

 少しずつ頭部の方へと()じ登っていき、八咫烏の頭毛(かしらげ)を掴むことに成功。

 そして、その振り払う勢いを利用して八咫烏の(まなこ)ーーーー『目ん玉』を思い切り蹴り上げた。


 「ピギャアアアアアア!」


 今までに聞いたこともない悲鳴が『地下図書庫』の螺旋階段に響き渡る。

 

 「まだだ! こんなので終わると思うなよ!」


 振り払おうとしていた暴行が止んだ一瞬、俺は再び『目ん玉』に蹴りを入れた。

 こう見えても、小・中・高校ではサッカー一筋だったんだ。

 体力は無くなったものの、脚力は現役時代から全く衰えていなかった。


 「ピギャアアアアアア!」

 

 『目ん玉』は動物の構造上、肌から一番露出している、云わば『急所』だと言っても過言ではないだろう。

 失明ぐらいはしてもらわないと、八咫烏に食われた連中が報われない。

 だから、俺は八咫烏の悲鳴を無視して何度も同じ所を蹴り続けた。


 何度も・・・何度も・・・何度も・・・。


 片目が潰れた所でもう片方の目を攻撃しようと体勢を変えた途端、重力に負けたかのようなズッシリとした重みが俺の体を襲った。

 一瞬の強い衝撃だったため、俺は誤って手を離してしまったのだ。


 ーーしまった・・・!


 振り落とされてしまった俺は、階段を下るように抵抗虚しく転がっていく。

 痛みが全身を走るーーーーどうやらアドレナリンは切れてしまったようだ。

 だが、八咫烏を放置することは許されない。

 回復でもされたら、俺の努力が全て水の泡になってしまうから。


 ーー立て・・・! 立つんだ・・・!

 

 痛みに耐えながらも『根性』で何とか立ち上がると、スッと俺の目に流れ落ちてくるものがあった。

 手で拭い去ろうとしたのだが、少し触れただけでも顔全体に強い痛みが走るのだ。

 瞬時に離してしまった手には、真っ赤に染まる液体が少しだけ付着しており、それが何なのかはすぐに分かった。


 ーーこれ・・・血かよ・・・・。

 

 血なんて、部活をやっていた時はいくらでも見てきたはずなのに、俺の心はすっかり怯えていた。

 なんで今さら血に恐怖しているのか、俺自身もよくわからない。

 

 ーーそんなことよりも・・・八咫烏は・・・。


 全身を震えさせながら八咫烏の方を見ると、怪鳥はぐったりとした様子で倒れていた。


 ーーし・・・死んだのか・・・?


 階段をゆっくりと登っていくも、あれほど音に過剰な反応を見せていた八咫烏からの反応は一切ない。

 どうやら、八咫烏は片目を潰されたことで死んだようだ。


 ーー・・・はぁー、よか・・・った・・・。


 安堵の息を漏らした途端、俺の意識は暗闇の中へと消えていった。




 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現実に異世界混ざる話が好きなので読ませていただきました。 緊張感が伝わる文面で、隕石衝突後から八咫烏戦闘までのスピード感、ハラハラ感、危機感が楽しかったです。 [一言] これからも頑張って…
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