9. 積極的・破滅回避!
勇者エドワードとの、精神を削る騙し合いを終えて(アンリエッタの中ではそうなっている!)アンリエッタは、癒しを求めて簡易テントに戻ってきた。
「アンリエッタ様!」
ぱあっと笑みを浮かべて、ミントが駆け寄る。
先に休んでと言ったのに、律儀に待っていたようだ。
「何をしていたの?」
「はい、明日の準備をしていました。みなさんの武器の手入れと、回復薬が足りているかを確認してました」
(む、勇者パーティの悪いところね。ミントちゃんに何でも押し付けて……)
「そんなの……。全部ミントさんがやるのは間違ってます。私も手伝いますわ」
「そんな! アンリエッタ様の手を煩わせるなんて、とんでもありません!」
慌てて否定するミントを強引に説得して、アンリエッタは隣に座りこむ。
とはいってもバリバリの日本人。異世界での旅の心得など、小説の中でしかない。
(見て学べって言葉があるわ)
勇者から「絶対に逃がさない」宣言を受けた以上、もし逃げるときが来たなら平穏にとはいかない。
アンリエッタは、今からでも旅の技術を学ぼうと奮起したのだ。
アンリエッタは、ニコニコとミントの手先を覗き込んだ。
「あの……。こんな地味な作業、見ていても退屈ではありませんか?」
「そんなことはないわ! いつまでも眺めていたいぐらい」
うっとり呟くアンリエッタ。
(杖に魔力を集中するミントちゃんも、めっちゃ可愛い!)
満足いったときに小さく溢れる「よしっ」て小声の喜びが、とてつもなく可愛い!
アンリエッタは食い入るように、ミントの動作を観察していた。
そんな様子を見て、ミントは感嘆のため息をついた。
(「そんな地味な作業は、召使いにでもやらせれば良い」というのが、貴族にとっての当たり前だけど――アンリエッタ様にとっては違うんですね)
自らの武器を預けるに足るかを見極めようとしているのだろう。
萎縮させぬよう一見すると無邪気な笑みをたずさえて。
ミントは気合いを入れ直した。
黙々と武器の汚れを丁寧に拭き取りながら、杖に魔力を通し不純物を押し流す。
「ミントさんは手先が器用ですね?」
「ありがとうございます。私なんて、これぐらいしか力になれませんから……」
(少しは満足いただけたのかな?)
申し訳なさそうにミントは言った。
「また言いました! ミントさん、私なんかって言い方は禁止です」
「ご、ごめんなさい」
(そうは言っても、これぐらい出来て当然ですよね……)
元は押し付けられた雑用で、仕方なく向き合っていたが今は違う。
アンリエッタ様の力になりたい、その一心だった。
不甲斐ない自分は、いまだに肝心の聖女の力を使えない。
だからこそ出来ることは何でもやろうと、ミントはやる気に満ちていた。
一方のアンリエッタは、小説の設定を思い出していた。
(こうして雑用を押し付けられたミントちゃんは、いつの間にかパーティの中核になっていくのよね……)
聖女の力の覚醒こそ遅かったものの、ミントは相当に万能な少女である。
すべての雑用を一身に請け負い、アイテム管理・武器の手入れ・食事の準備を完璧に行っていた。
さらには初日に罠を踏み抜いたことを後悔して、罠探知・気配察知スキルまで身につけていくことになる。
おまけに聖女由来の支援魔法と回復魔法まで扱えるようになるのだから、末恐ろしい話だ。
「慣れない聖女の力を行使して疲れたでしょう。私が残りをやっておきますから、今日はもう休んでくださいな?」
(ミントちゃんが何でもやる状態。どう考えてもまずいわ!)
(小説と一致する状況を作ってはいけないのよ!)
破滅が見えてから回避しても遅いのだ!
見えざる可能性を見抜いてこそ、ハッピーな異世界生活を目指せる――これぞ名付けて積極的・破滅回避!
完璧な作戦である。
「そ、そんな!? アンリエッタ様より先に休むなんて、あり得ません!」
否、まったく完璧ではなかった!
ミントの遠慮が、アンリエッタの思惑をぶち壊す。
そんなところに現れたのは、勇者・エドワードであった。
「アンリエッタもミントも、こんな時間まで何をしているんだ?」
立派な勇者を目指す。
そう決意した彼は、今の今までひとりパーティを離れて、無心で素振りをしていたのだ。
「はい、エドワード様。明日に備えて武器の手入れと、アイテムの確認をしておりました。まだ時間がかかるので、アンリエッタ様には先にお休み頂こうと思っておりました」
ピリッと緊張した様子のミント。
アンリエッタはミントを庇うように、エドワードに向きなおる。
「ミントさんに、休んでもらおうと思っていました。あんなこともあって、疲れたでしょうから」
(な、何よ。やましいことは何もないわよ!?)
なんせ相手は、辺境スローライフ大作戦をあっさり見破ったエドワードなのだ。
内心ビビりたおしながらも、にこやかに微笑むアンリエッタ。お嬢様ロールプレイは思いのほか順調であった。
「武器の手入れなんて、出発前に俺たちが責任を持ってしっかりやるさ。そんな事を気にしてないでもう休め」
エドワードは、怒ったようにそんなことを言う。
そうしてアンリエッタたちを、テントの中に追いやるのだった。
「よ、よろしいのですか?」
驚きを隠せないミント。
集合した時には、すべての雑用を請け負うよう命じられていたのだ。
(アンリエッタ様ならともかく、なぜエドワード様まで?)
ぱちくりと目を瞬かせていたが、
「貴様の役目は、アンリエッタ嬢が無茶をしないか見張ることだ」
「なるほど――重要です! 承りました」
そう言われると、納得したようにミントはうなずいた。
アンリエッタという少女は、気高いこころざしを持ち、放っておけば己の正義のために、どこまでも無茶してしまう。
ミントとエドワードの中では、そうなっているのだ!
(ええ……。なんでそこで分かり合ってるのよ?)
アンリエッタはふたりのやりとりを、ただただ困惑しながら聞くことしか出来なかった。




