2. 「ざまぁ」される運命なんて……
アンリエッタが転生先で自らの名前を確認している間も、勇者パーティの面々は好き勝手なことを言い続けていた。
「優秀な聖女見習いを派遣してくれと希望したのにな」
「どんな人が来るかと楽しみにしてたのに、ろくに支援魔法も使えない役立たずの平民が選ばれるとはね……」
そんな蔑みの視線を受けて、ミントは体を小さくする。
「だが悪いことばかりではあるまい。タダで奴隷が手に入ったと考えればな」
「そうね。都合の良い召使いが手に入ったようなもんね。……使えないけど」
(な、なんてことを言うの……!)
アンリエッタは内心で憤った。
こんな可愛い子を前に「奴隷」とか「好きにして良い召使い」なんて。
ああ、こんなに震えちゃって。
今すぐ助け起こして、う~んと慰めたい。
あわよくば「お姉さま」なんて呼ばれたい。
(そんな空気じゃないけど……)
「貴族に無礼を働いた平民がどうなるか、その身にたっぷり刻みこんであげるわ」
魔女っ娘のルーティが、嗜虐的な笑みを浮かべてミントに近づく。
土下座したままの少女は、なんら言い返すことなく頭を下げ続けていた。
「きょ、今日のところはこれぐらいで許してあげましょう?」
相手は勇者だ。下手なことをしたら、叩き切られかねない。
異世界転生をきっかけに、だいぶ欲望のタガが外れかけてはいたが、それでもアンリエッタには中途半端に理性が残っていた。
事態を静観しようとしたが、黙って見ていることは出来なかった。
(謝られてるのは私みたいだし、問題ないでしょう!?)
空気を読まず開き直る。
「聖女見習いといっても、こいつは平民よ。厳しく躾けておかないと、すぐに調子に乗るわ!」
「その通りだ。聖女に選ばれて調子に乗ってる平民に身の程を教えるのが、我々の役割というものだろう?」
当たり前のように口にする勇者パーティの面々。
(ノー! 貴族社会!? そういう感じなのね!)
平民・平民と、勇者パーティの面々はうるさいぐらいに口にしていた。なるほど、貴族が絶対的な権力を持つ――そういう世界なのだろう。異世界には異世界のルールがあるのだ。
知らずに禁忌を犯したらジ・エンドだ。
(というか私、貴族としてのしきたりとか何も知らないんですけど。とりあえず穏やかな笑みを浮かべて、上品に笑っていれば良いのかしら!?)
アンリエッタは「おほほ」と笑う自身の姿を想像した。
……似合わなすぎる。あっという間に化けの皮が剥がれそうだ。
否、被る皮すら持ち合わせていなかった。
◆◇◆◇◆
(この世界の勇者は、こんな感じなのね……)
勇者といえば世界を救う英雄だ。
身分の違いなどという些細なことにこだわらず、世界を救うという目的のために突き進んでいただきたい、とアンリエッタは思った。
(勇者エドワード。それに聖女ミントねえ……)
アンリエッタは更に思考にふける。
何かが、頭の片隅に引っかかっていた。
(どこかで聞き覚えのある名前のような? それも、つい最近……)
エドワード、ミント――そしてアンリエッタ。
う~ん、う~ん?
クズ勇者と、嫌味なライバル令嬢!
そして清らかなる聖女・天使様!
(って……うそおぉぉぉぉぉ!?
それって、私が直前に読んでた、ウェブ小説の登場人物の名前じゃない!?)
唐突に思い出した。
思い出してしまった。
それは前世の記憶だった。
思い出したウェブ小説。
タイトルは『勇者パーティーで虐げられて追放された見習い聖女は、隣国の王子に真の力を見いだされて幸せになりました ~今さら気がついても、もう遅い!~』的なタイトルだったはずだ。いやいや、長すぎか?
その小説において、聖女は国を守護する大切な役割を担っていた。見習い聖女の少女(ウェブ小説の主人公)は、力の使い方を学ぶために勇者パーティーに加入するのだが、この『勇者パーティー』というのが、大変なクズの集まりなのだ。
権力にものを言わせて好き放題する典型的な小物。魔王を倒して平和な時代を作ろうという理想は、これっぽっちも持っていない。そのくせ嫉妬心だけは人一倍強く、平民なのに権力を持つ聖女を強く憎み、徹底的に虐め抜くのだ。
(そんな虐げられた少女がトラウマを乗り越えて、世界一の聖女に成長していく。主人公が可愛い過ぎるのよ!! 散々バカにしてきた勇者パーティーが落ちぶれて、全滅する様子はとても爽快――思わず画面の前で「ざまぁみろ!」って叫んだわね!)
聖女の力の恩恵に今さら気が付いても「もう遅い!」と。「あなたたちが、私にしてきたことを忘れたの?」と。
虐げられた聖女はトラウマを乗り越え、王子と支え合いながら前を向く。そして、勇者パーティーに因果応報という言葉を叩きつけるのだ。
うんうんと思い出しながら頷き――
(ダメじゃん!! 私、勇者パーティーの一員っぽいのに!?)
アンリエッタ、2秒で青ざめる。
上がったテンションは急速に萎んでいく。
(というか私、よりにもよってアンリエッタなの!? 絶対に助からないじゃん!!)
勇者パーティーは、寄ってたかって見習い聖女を苛め抜いた。
中でも酷かったのが、同い年の少女――アンリエッタによる虐めだった。過去編で明かされた彼女の行為は、まさに苛烈そのもの。ネチネチ嫌味を言うのは朝飯前。いちゃもんを付けて罠に嵌め、寝る暇も与えず雑用を押し付ける。挙げ句の果てには、モンスター相手のオトリ扱い――作中屈指の嫌われキャラなのだ。
嫌われ役でざまぁ対象。
さながら、ウェブ小説版・悪役令嬢とでも言ったところか。
(せっかくの異世界転生なのに。そんなのって、そんなのって!!)
悪役令嬢に転生?
……いいえ、それはまだ良い。
それならせめて乙女ゲームが良かったぞ、こんちくしょう。
どれだけ現実逃避しても、アンリエッタの目の前に広がる光景は消えない。
(神さま。どうせなら、もう少しマシな世界を)
受け入れるしかなかった。
どうやらアンリエッタは、未来の大聖女様を虐め抜いて――最後に『ざまぁ』されるウェブ小説の悪役令嬢に転生してしまったようだった。
見習い聖女のミントは、コロコロと表情を変えるアンリエッタを、不思議そうに見つめるのだった。




