「え」描かれし神の横顔に乞え(架空戦争)
若干のグロ描写あり
神はいかなるときもあなたを見ています。
「くそったれ! それならこの状況なんとかしてくれよっ」
銃を片手に、バーナムは泥だらけになった目元を拭う。
目に入れば痛い。たったそれだけのこと。気にするような状況ではない。
木の葉を撃ち落としながら、上空からは雨のように銃弾が降り注ぎ、それに気をとられればどこからか狙撃される。
周りは背の高い木が生い茂り、大地は木の根の隆起で巨大な凹凸をいくつも作っていて、身を隠すには絶好の場ではあるはずなのに、今ではむしろ不利。全力で逃げることのできない地形だった。
暗い森の中で、どこから狙っているかわからないというストレスは生半可なものではない。
相手も同じ条件。
否。相手はすべてがロボット。
バーナムの知る弾業から一斉に突撃する戦争なんて、昔話もいいところだ。
だというのに、こちらの陣営ときたら。
「神様は見ていてくれる」「神様はあなたを救ってくれる」そんな何世紀前の話だと突っ込みたくなるような古い世迷い言ばかり。
それをアホのように信じる熱心な狂信者共による特攻命令。
いや、命令する側は信仰しているかは怪しいものだ。しかし少なくとも命令をうける下っ端どもは、その神の救いとやらを信じてるわけだ。
アホか、と叫びたくなる。
そして自分もアホだ。
そんな狂信者共に雇われて、こんな負け戦に出ているのだから。
「隊長! こりゃ無理ですぜ!」
「んなこたわかってんだ! 口じゃなく手え動かせ! 足動かせ! 死にたくなけりゃ目をかっぴらけ」
ジャックの悲鳴に怒鳴り返す。
その直後、隣りに居たジャックの頭部が文字通り吹っ飛んだ。
「ああ! クソ! クソが!」
茂みに身を隠し叫ぶ。
温度感知だか、生体反応検知機能だかなんだか知らないが、こちらの位置はすべて知られている。その情けなさといったら、暗闇でスナイパー相手に、ライト携えて手を振っているようなものだ。
バーナムの率いる傭兵団に、依頼が来たのは十日ほど前のことだった。
依頼主は敬虔な神の使徒。セライケリ教団の偉大なる教祖様。神を語る人間を讃えて人生うまく行くと思っているオツムの弱い連中。それらが結成した国に匹敵するほどの兵士を持った軍団。
バーナムにしてみれば、そんな認識を持っていた相手からの依頼だった。
一方敵はアイルダ連邦国。
信仰する神が違うだけでこちらも熱心な信者がいる国だが、最大の違いはその神にある。
万人を救うというセライケリ教団の教祖と、技術革新は人類を進化させるというボード神を信仰するアイルダ連邦国。
その技術差は世紀を超えたものと言えた。
負け戦である。
誰しもがそう結論付ける。
バーナムも、勿論そう確信していた。
ならばなぜこの戦を受けたかといえば、端的にいえば金である。
なにせ戦争がない。
あちこち紛争やゲリラ活動はあっても、外部から雇うという考えを持たない閉鎖的な民族共ばかり。そして、そんなものの相手に傭兵など雇えるか。というのが大国の考えだ。本来なら捨て駒にでもされるような傭兵団だが、情報公開を全面推奨するという社会において傭兵を雇ったなんて話はすぐにでも広まってしまう。
そんな背景のせいで、傭兵団は破産どころではない。
武器の補充など不可能だし、これでは食っていけない。
ということで、この負け戦に参加することになった。
とはいえバーナムも馬鹿ではない。もしもの場合はさっさと逃げるが、金は払え。という確約を得ていた。傭兵失格だろうが何だろうが、目的は金なのだ。背に腹は変えられない。
ついでに前金ももらっている。
最悪このままトンズラしても問題はない。
信用問題には響くだろうが……。
なんて考えが甘かったのだろうか。
銃弾降りしきる戦場で、ロボット相手に苦戦。撤退しようものなら背後から撃たれるのは自明。
──ああ、なんて愚かな選択をしたんだ。俺は。
バーナムは嘆く。嘆きながら銃をぶっぱなす。となりで吹っ飛ぶ仲間の上半身を横目に撃ちまくる。
──俺が死なないのはどんな幸運のおかげだ? まさか神様なんていうんじゃないだろうな。
そう思うほど仲間は簡単に死んでいった。
「ああ、くそったれの神様め」
最後の銃弾を打ち終えて、バーナムは呪いの言葉を吐き捨てた。
命からがら逃げ込んだのは崩壊しかけた古い建造物。
堅牢な壁に守られて銃弾は意味をなさないが、天井はなく、瓦礫が転がっている。
家具があったかどうかもわからないが、よく見ればある位置に向かって放物線を描くように石畳がしかれているらしかった。その先にボロ布のかけられた何かが壁に立てかけられていた。
随分と大きい、バーナムの身長を優に超える平たいなにか。
鉄板だったらありがたい。
そんな有りもしない可能性を振り払いながら、勢い良く布を外す。
そこにあったのは、一つの絵画だった。
「チッ」
バーナムは最悪の気分で舌打ちをした。
なにか遠くを見つめるような男の横顔。頭上には黄金の輪が浮いている。
どこのどんな宗教かしらないが、これは宗教画だ。
となるとここはもしや教会の跡地だろうか。
バーナムはため息をはく。
──なんの慰めにも助けにもなりゃしねーな。
絵に背を向ける。
バーナムは。壁から身を出し応戦しようとする部下共に、弾薬を無駄にするなと叫び、そから我人の様子をみてまわることにした。
「どうだ、ロイスは……」
ひときわ若い部下の怪我の様子を、治療していた副官に尋ねてしかしすぐに口を噤む。
ロイスの顔は半分が血みどろで、口元を弾丸で撃ち抜かれたのか右頬の肉が削げ落ちていた。反対側の口角からよだれを垂らし、右側の目はすでに潰れている。
閉じれない唇の隙間から、ヒューヒューという息がもれていた。
ひどい有様だ。
なにより、その上半身。
何発の銃弾を受けたのか、右腕はとれかかっていた。
ロイスの怪我をじっと見つめていた副官のカーネルは無言で首を振る。
バーナムは眉を寄せて、そっとロイスのそばに膝をついた。
銃撃の音が聞こえる。あちこちからうめき声と荒い呼吸が、痛みに泣き叫ぶ声が。それがすべて遠い彼方から聞こえるようだった。
まだ、若い、最近入ったばかりの青年で、大きな声でよく返事をする、元気なやつで。それからとても料理がうまかった。
ロイスは、そういう青年だった。
「ロイス。大丈夫だ。大丈夫……」
ロイスの残った左腕を握ってやる。僅かに握り返されたような気がしたが、それもだんだん力が抜けて。
「…………隊長、もう……」
「ああ」
そっとロイスの両目を閉じてやる。
遺体は、ここに残していく。
他の連中と同じように。
バーナムは緩慢な動作で立ち上がると、建物を見渡した。
数人の部下が宗教画にすがっている姿が見えた。
それを咎める気力も正直バーナムにはない。それでも隊長として気張るしかない。
「神は救ってくれねーなあ」
バーナムは力なくつぶやいた。
────その時。
「隊長! 上を!」
叫び声につられて上空を見上げる。
見えたのは、鉄の塊。
巨大な両翼をひろげ旋回する黒い暴力の象徴。
戦うために生み出された空の王者。
戦闘機。
呆然と後ずさるバーナム。
無慈悲に、無残に、無抵抗のバーナムたちの頭上に無数の鉄の釘が落とされた。
「ああ、クソッタレ……」
静まり返った廃教会。
砂埃と瓦礫の山。
そして、ひとり立ち上がったのは。
「うそ、だろ。おい」
立ち上がったバーナムは、もがくようにつぶやいた。
壊れた外壁。柱。教会だったそこは、すでに何もない瓦礫だけとなってしまった。
祭壇から見下ろす限り何もなくなってしまっている。
しかし。
しかしだ。
どういうことか、神の横顔に乞うように、壁画のそばに張り付いた者たちだけが、うめき声を上げながらも顔を上げていた。
まるで、神が救ってくれたかのように。
バーナムは振り返って絵画の男の目を見つめた。
崇高な横顔。
筋の通った鼻。
薄い唇。
長い黄金の髪。
青い瞳。
「ああ、神よ……」
どこからか、そんな声が聞こえた。