4.襲撃
メイベルが二歳になる前の時だった。
森の魔物に関して異変が起きた。
村で生きて1年以上たつ、魔物たちの周期はだいたい把握できるようになったのだが、その周期が崩れたのだ。
時期になっても魔物の出現がなかった。
森の中で死んでいるのであれば問題ではないが、それが森の中で死なずに移動しているのであれば由々しい事態だ。
いずれ爆発する。爆発して森に一番近いこの村に襲い掛かるだろう。
とはいっても彼女ができることはない。
やきもきしながら父親や兄たちに森に関する知識を教えてもらっていた。
ドラゴンにもらった竜玉のかけらはペンダントに加工し肌身離さず持ち歩いている。
そして事件は起きた――
その日、メイベルは姉のミリーの仕事である薬草の乾燥を眺めていた。
「タイム、ローズマリー、カモマイル―」
歌うように薬草を選別する姉の言葉に、メイベルの前前世の記憶が刺激される。
(ナーサリーライム!?)
ある国に伝わる遊び歌のようなもの。
どちらかというとマザーグースのほうが前前世ではなじみが深かった。
もしかしたら、前世であるアイリスがこの歌を歌っていた可能性もある。
まさかねと思いつつも彼女はその可能性を否定することはできなかった。
けたたましい音を立て、玄関の木戸が開かれ、家中の視線が注がれる。
息を切らしながら入ってきたのは、メイベルの二番目の兄だった。
「森の魔物が大発生した!」
その言葉を聞いて、メイベルは恐れていたことが起きたと確信した。
「ミリー、ベルを連れて避難を!」「わかったわ!」
兄と姉が手短に会話を挟む。
「母さんは既に避難場所に向かった!」
ミリーに手を取られる。玄関の先で左右に別れ、メイベルはミリーとともに走った。
「魔物大量発生の際には、非戦闘員はあらかじめ決められた場所に避難するようになっているの」
走りながらミリーが説明する。
「ベルはまだ小さいから教えてなかったわね」
こくりこくりとメイベルは頷く。
「これから連れて行くから、おいおい覚えてね」
ミリーによると年に何回か避難訓練をしているらしい。
メイベルは幼いことといざとなったら母親かミリーが連れて避難することになっているとのことで免除されていたのだという。
これからは自分も参加することになりそうだ。
走り続けること数刻。目の前に開けた場所が見えてきた。
「あの場所が避難場所よ」とミリーの言葉でそこが避難場所であることを理解した。
定石通り、守りやすいように工夫がされているが、包囲網が突破されたら非戦闘員が全滅する。
今まではこれで守りきれたのだろうが今回はどうだろうか。
「あら、私たちが一番最初なのね――」
考え込んでいたメイベルは姉のその一言にはっと我に返る。
嫌な予感がしたのだ。
静かすぎる
避難場所であれば、次から次へと避難者が集まってくるはずではないのか。
何より・・・。
「人がいるわね、保護してもらうよう話してみるね」
思わず姉の服のすそを引っ張った。走りだそうとした姉がたたらを踏む。
「ベル、どうしたの?」
「ねーね、ダメ」
振り返った姉の背後で住人の悲鳴があがる。「え?」と彼女が振り返る。
そして、「うそ・・・」と絶句した。
彼女が話しかけようとしていた人に住人が斬りつけられ、その場で絶命していたのだ。
「ベル、まさか・・・」
「うん・・・」とメイベルは頷く。
だって、村人にしては"綺麗"すぎたもの――
メイベルのいう"綺麗"は見た目の事ではない。
見た目だけなら、村人と遜色ない。うまく擬態している。
しかし、村人は良くも悪くも泥臭い部分がある。
彼らにはその泥臭い部分を見つけられなかった。
だから、メイベルは彼らを"綺麗"と称したのだ。
彼女は姉の服をくいくいと引っ張り、唖然としていた姉を促し建物の陰へと身を隠した。
あのままでは遅かれ早かれ、見つかっていたからだ。
「ねーね、にげよう・・・?」
建物の陰で様子をうかがっていたメイベルはそう提案した。
このまま建物の陰に隠れているだけではらちが明かない。
相手は用意周到だ。おそらくこの村についてだいぶ調査している。
そして最終的に彼らは死体と建物の検分を始めるだろう。
そんな相手にいつまでも隠れきれるとは思えなかった。
なら、この混乱に乗じて村の外へと逃走、近くの村に保護してもらうというのが定石だ。
こうやって魔物の襲撃に乗じて村を滅ぼそうとする輩だ。
近くの村に入ってしまえば表立って追いかけてくることもあるまい。
「・・・そうね、それがいいわね」
ミリーは逡巡の末答えを出した。彼女が視線は避難場所に山のように重なり合った村人の死体だ。
助けようにも自分たちにはその力はない。ミリーが悔しそうに唇をかんだ。
「ベル、近くの町に逃げましょう、私が案内するわ」
メイベルは頷いて、ミリーの手を強く握る。
そうして、二人は村の外へと逃走を図った。
背後で村人たちの断末魔が響いていたが、二人は必至でその声に蓋をした。