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3.名もなき辺境の村

メイベルが歩けるようになってからしばらくして、父は兄とメイベルを森へと連れ出した。

村で生まれた子供は歩けるようになると、必ず森に連れてこられるのだという。

村の伝統行事だ。

魔物の森に入るのは前世の記憶でもとんとない。

なぜなら、魔物の森は魔法使いの領域で、一兵卒であったアイリスには縁のない話だったからだ。

つながれていた手が離される。


「ミリーは怯えていたけれど、この子はどうかな?」


ミリーはメイベルの姉だ。

なるほど、怯えていたから姉は村の中での仕事を担うことになったのか・・・。

メイベルは繋がれた手を離れ、ぐるりと魔物の森を見回す。

そして周囲の気配を探る。

魔法使いではない彼女だが、武人であったから気配をたどることは容易だ。


(あくまでこのあたりは魔物の森の入り口付近だからかな、魔物の気配はあまり強くない。奥に強そうな気配がするけれど、この気配が森の主かな?)


彼女は首をかしげる。

その様子を父親と兄は興味深そうに見つめていた。

魔物が来てもいつでも撃退できるように彼らはメイベルの周囲を注意深く観察している。


「どうやらベルは、この魔物の森に対して怯える様子はないようだね」

「そうだね、それなら魔物と対峙できるように戦闘術を教えることにしよう」


口々に言う家族の様子に彼女は得心がいった。

この伝統行事は将来魔物の森と共存するために必要な技術を見極めるためであったようだ。

メイベルが怯える様子もないことから、彼女は将来魔物の森に入るような任務を回される可能性がある。


(うん、大丈夫。前世の記憶があるのだから、魔物相手でも引けは取らないはず)


ただし、それは数匹相手の場合であって、多数の魔物相手なら逃げるに限る。

アイリスであったなら、喜びいさんで魔物の群れに突っ込んでいきそうだが、あいにくとメイベルはまだ死にたくない。

「ベルの資質も見極めたことだし帰るとするか」と家族が踵を返そうとした時、森の奥にいたひときわ大きい気配が近付くのを彼女は感じた。


「父しゃま、にいに。大きな気配がくりゅ!」


一歳児の喋りは相変わらずつたない。しかし、それだけで彼らは理解したようだ。

「この気配、まさか、ヌシか・・・」

彼らの表情が一変する。

「逃げよう!いや、逃げ切れない!覚悟を決めるしかない」

その言葉が終わるや否や、空が黒く染まり、鈍色の巨体が降りてきた。

どしんと衝撃が走る。その衝撃に全員がたたらを踏む。

(ひいっ!)

あまりの衝撃にメイベルは吹き飛ばされた。

「ベル!!」

悲痛な叫び声ともに家族の手が差し伸べられるが、わずかに届かず。

あわや地面にたたきつけられるすんでのところで、メイベルはくいっと自分の服が後方に引っ張られるのを把握した。

次の瞬間、彼女は、何者かの背中に乗せられていた。

鼓動が伝わってくるので、生き物であることは間違いないだろう。

(この触り心地は爬虫類?)

前前世の女性の名前は既に憶えていないが、その彼女が知った知識は忘れていない。

蛇やトカゲのような?と彼女は首をかしげる。

『人の子と会うのは数百年ぶりゆえ忘れておった、人の子、特に赤子はか弱き存在であると』

それは声ともつかぬ頭に響くような、いうなれば音とようなものであった。

『我ら竜族は言語を持たぬ、ゆえにこのように音で会話をする』

(竜族・・・?ドラゴン・・・!?)

メイベルの眼が驚愕で見開かれる。それは父や兄たちも同様だったようで、

「竜族!?父上、森のヌシがドラゴンって知っていたのか!?」

「いやいや!」と父は首を横に振る。

「森にヌシがいるのはわかっていたが、それがドラゴンであるとはしらなかったぞ!」

空気が震える。

(うお!?)

かの竜が呵々と笑ったようだ。

『さもありなん。我が人の子と出会ったのは数百年ぶり。人の子の命は短い。我のことをしらせずに死んだ者がいたのだろう。我のことを知らぬ人の子がいても不思議ではない』

「し、しかし魔物の森のヌシが人前に現れるなど・・・」

父や兄は動揺しているようだ。

『なあに、微睡みの中で珍妙な人の子を察知したもので、興味を惹かれてのこのことやってきただけだ』

珍妙と言われ、メイベルはどきりとする。この世界の存在からしたら自分は珍妙な存在だろう。

明確に前世の記憶が残っているのだから。

『人の子たちがこの森で何かをしておったのは察知していた。我の微睡みを妨げるものでもなかったから放置していたが・・・』

気になったのはと竜は続ける。

『この娘には過酷な人生が待ち受けている、それは魂に刻まれた宿命』

(いやだー!私は普通の人生が送りたいの!過酷な人生なんて望んでないー)

「なんと・・・」

父や兄は動揺のあまりよろめいた。

魔物といえど、竜族は神にも等しい存在だ。その存在からの言葉は衝撃が大きかったのだろう。

メイベルはあまり神を信じていない。メイベルとして生まれ変わった時からその思いは強い。

もちろん、神を信じる人々を否定するつもりはない。

こういう時、前前世の世界でぴったりな言葉があったはず。

ああ、そうだ、「人事を尽くして天命を待つ」だ。

『しかし、その宿命も"力"があれば乗り越えられる』

単純に力比べの力とは違うようだ。

もし、竜のいう通り過酷な人生が待ち受けているというのであれば、それらの力を持っていて損はないはずだ。

できるだけ多くの力を手に入れなければとメイベルは思案する。

思うにアイリスはその力があっても力があることはわからなかったし、使い方もわからなかったと思う。

『まずは一つ、その力をそなたに預けよう』

(え・・?)

顔を上げると、目の前にまばゆい輝きを放つ宝玉が浮かんでいた。

「きれいー」とメイベルが手をあげると宝玉はすっぽりと彼女の手のひらに収まった。

『それは竜玉という』

前前世の女性の知識によれば、竜玉とは竜の力の源ではなかったか・・・。

「竜玉・・・、竜の宝・・・」父があわあわと慌てているのが少し面白い。

『案ずるな。それは竜玉のかけら。冒険者と名乗る者たちが竜玉を狙ってくるのが少々面倒くさくてな、竜玉をかけらにして各地に保管している』

この世界にも冒険者というのは存在するのだな・・・。

将来冒険者として世界を旅するというのもまたいいかもしれない。

『汝が困難に立ち向かう時はそれに願うがよい。力になってくれるであろう』

そうなってほしくはないんだけどねとメイベルは内心呟いた。

とはいえ、大事な物を自分を信じて預けてくれたのだから礼は言わねばなるまい。

メイベルは礼を知らぬ子ではない。

「ありあと!大事にしゅる!!」

うむと竜は頷いた。

『ではまたな』と竜はばさりと翼を広げ飛び去った。

「なくさないようにペンダントにするか」などと父親と兄は話していたので気づかなかった。

かの竜が最後に呟いた言葉を聞き取れたのはメイベルだけであったろう。



-異界を渡りし魂



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