2.メイベル
メイベルは一歳になった。
つたないながらもすこしずつ話せるようになった。
これは、前世の記憶があることもさることながら、状況を判断するため家族から情報を聞き出していたからだ。
家族から話を聞いたことから推測するに、メイベルが生まれた時代はアイリスが生きていた時代から下ることおよそ2百年ほど。
であろうなと彼女は思った。
この名もなき辺境の村がある場所は、アイリスが生きていた頃は緩衝地帯であった。
川を挟んでお互いの国の陣地が立っており、常に監視が続けられていた。
故に村などあろうはずがないのだ。
どうやら国の名前は変わっていないため、表だって侵略されたわけではないらしい。
家族たちが話す言葉もほぼ変化していない。
つまり、2百年前隣国の侵略をおさえることに成功したということなのかもしれない。
とはいえ彼女も断定はできない。
そのあたりはおいおいとさぐっていくことになりそうだ。
メイベルの前世であるアイリスの活躍は後世にも伝記として伝わっていた。
色々と脚色されており、頭を抱えたくなった。
アイリス自体、単に死に場所を求めて戦場に向かっただけだというのに・・・。
とかく英雄というのは脚色されるものなのだと話を聞かせてくれた家族は笑っていた。
緩衝地帯であった昔と同じく村の周囲には鬱蒼とした森が広がっている。
昔と同じく魔物の森として有名だ。
この地が緩衝地帯であった理由はそこにもある。
魔物が跋扈する地で戦争などしようものなら阿鼻叫喚の図が出来上がる。
故にこの地の監視は敵と魔物の動向を監視するといった二重の意味があった。
名も知れぬこの辺境の村の村人たちはうまく魔物の森と付き合っている。
幼い子供ならいざしらず、たいていの大人たちは身を護るすべを何らかの形で身に着けている。
フラン家の兄二人は、武に優れ、時々あふれ出した魔物の退治を担っている。
しかしそれは前世軍人であったメイベルにしてみれば、素人に同然に思えるのだ。
とはいえ、幼いメイベルは言葉がつたない。どう伝えればいいのか・・・。
(まあ、時間はたくさんあるもの、ちゃんと話せるようになってからでもいいか・・・)
メイベルは平民としてこの村で刺激はないものの、穏やかな生活を送ることになるだろう。
普通に恋愛もして結婚して・・・。アイリスとしては出来なかったことだ。
(少し楽しみかなぁ・・・)
ふふと彼女は笑う。
いずれ彼女も何らの形で魔物と対峙することになるだろう。
その時は、前世の記憶が役に立つかもしれない。
(今世は必ず普通に生きる!普通に好きな人ができて、その人と結婚して普通に家庭を持ちたい!)
メイベルは拳を握り、立ち上がる。が、そこは1歳の幼子。ぐらりと傾く体。
あっ、しまった――
「ベル!!」と母親の切羽詰まった声が響く。
顛末の結果は、頭を打つ前に母親に救出されたとさ。
次から事態が動く・・・かな?