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天涯のレグナム  作者: 原一平
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1章-3 大将軍、来訪


 体力の無さを猛省した私は、庭園散策の翌日から早速、朝の体操と寝る前のストレッチを始めた。素人の真似事ではあるが、やらないよりはマシだろう。そのうち、護身のために剣などで戦う方法も学んでみたい。

生まれ変わってまで誰かに殺されるのは御免である。

ついでと言ってはなんだが、有り余るほどある時間に勉強の総ざらいも始めてみた。幸い部屋には学習に必要な書物類があったので、一つ一つ目を通していく。1年のブランクはあったが、思ったよりもよく覚えていたようだ。


 そうして一週間ほど経った頃、エルネスティさんがひょっこりやって来た。用件は魔力検査の日程について。準備があるためもう少し先になるという。

 雑談ついでに私からも、護身術を学びたいこと、勉強の進度が不安なことなどを相談してみたところ、剣術・魔法・学問のそれぞれに専門の先生を付けてくれることになった。剣術と学問については早期に始められるようすぐに手配してくれるという。

魔法については、魔力検査が終わってからになるそうだ。


 そんな風に細々したことを相談しているうち、エルネスティさんは私のところに日を置かず顔を出してくれるようになった。大抵午後のお茶の時間にやって来て、小一時間ほどお喋りして帰っていく。今のところ何の予定も無いに等しい私には彼の訪問が大変ありがたい。

 話題は専ら、私のこと──アディンセル王国のスィングラー家に居た頃のことだ。

といっても、屋敷の敷地内という小さな世界の出来事なので、話すことはせいぜいお祖母様や習い事のことくらいしかないのだが、生まれも育ちもサラストスのエルネスティさんには珍しいものも多いようで、興味深そうに聞いてくれたのは幸いだった。


 正直不安なことは多いが、イルマタルもオリヴェルもそばにいてくれるし、エルネスティさんとも良い関係を築けていると思う。きっとこうやって穏やかな時間を積み重ねながら、少しずつサラストスに馴染んでいくのだろう──目覚めてから約ひと月が経ち、そんな事を思い始めた頃。



 その日、私はいつものように自室で昼食を終えたところで、読みかけの魔法の本を手に取り立ちあがった。天気も良いし、バルコニーでお茶を飲みながらゆっくり読むのも良いかと歩き出した矢先、扉の向こうからなにやら人の声が聞こえてきた。


「…?なにかしら」

「少し騒がしいようですね」

「エルネスティさん…じゃあ、ないわよね…?」


 片付け途中のイルマタルと顔を見合わせて互いに首を傾げた、その時。


「姫様はおられるか!!」


 突然大声が轟いたかと思うとけたたましい音を立てて勢いよく扉が開き、巨大な岩山が姿を現した。


「ひゃああああ!?」


 失神しなかっただけ、よく耐えたと思う。





 私の正面には、筋骨隆々とした初老の男性が三人掛けのソファのど真ん中にどっかりと腰を下ろしていた。少し窮屈そうに見えるのは気のせいだろうか。このソファはゆとりのある作りだと思っていたのだが。

 男性の傍には、ラーファエルさんとエルネスティさんが立っている。二人はこの初老の男性が此処に来た直後、少し慌てた様子でやって来たのだ。

実は二人にも着席を薦めたのだが、固辞された。

辛い。

何故私は巨大な御仁と二人きりで向かい合っているのだろう。まるで圧迫面接である。しかも、一国の宰相様を立たせたままという精神的苦行つき。

私の内なる平社員魂が悲鳴を上げるが、今は我慢の時である。

お茶の香りを吸い込んで深呼吸。

オリヴェルの給仕する手つきが普段より少しぎこちない。彼も緊張しているようだ。様子を窺ってみると、表情がどことなく固い。イルマタルに至っては笑顔のまま直立不動で気配を消していた。


「お目にかかるのは此れで二度目ですな。ワシの事は覚えておるかな?」

「はい」


 私は、男性の巨体から立ち上る圧に耐えながら何とか頷いた。笑顔が引きつっていなかったことを願う。


サラストス連合国軍大将軍・バイナモ=ヘーベルシュタム。

先々代の魔王の頃より大将軍を務めている、サラストス連合国の重鎮だ。60代後半くらいに見えるが、実際は200歳近い。

 灰色の短い髪に碧色の瞳。頭に生えている鹿に似た見事な角は、竜人族の証だ。切れ長の目や引き締まった口元は精悍で、どことなく東洋的な雰囲気がある。若い頃はさぞかし美丈夫だったことだろう。

 光の加減で蔦柄が浮かび上がる美しい深緑の衣服の上に纏うのは、見事な銀細工で装飾された黒を基調とした鎧。身につけた装具の繊細な意匠は、その地位の高さを示しているようだ。プレートに覆われた胸部や甲片を綴った作りは、映画で見た昔の中国の鎧を彷彿とさせる。


 バイナモ様と初めて出会ったのは、この城に来てすぐの頃に開かれた、私のお披露目会だった。城内およびその近くに滞在中の主要な人達だけを招いた内々のものだったが、バイナモ様は近くまで来たからという理由で飛び入り参加したのである。

当時の私は一通り紹介が終わった後に気分が悪いと言って早々に部屋へ戻ってしまったので、面と向かってまともに話すのは今回が初となる。

思い返すと、あの時は素っ気ない態度を取ってしまった。いくら余裕が無いとはいってももう少しやりようはあったはず、と申し訳無い気持ちになるが、バイナモ様が私の当時の無礼を全く気にしていない様子なのが救いである。

 

「バイナモ様、ヴィルヘルミーナ様はまだ目覚めてから一月も経っておりませんので、お手柔らかに願いますよ」

 

 背中に変な汗を流していた私に、ラーファエルさんが助け舟を出してくれた。


「水臭いのう、ラーファエル。その堅苦しい喋り方、どうにかならんのか」

「さすがにバイナモ様と気軽にお話するのは気が引けます」

「ワシが良いと言っているのだぞ。のう、姫からもこの石頭に言ってくれんか?肩が凝ってかなわん」


 話を振られて、私はぎぎぎ、とラーファエルさんに顔を向ける。


「ええと…」

「いつものバイナモ様のご冗談ですよ。ヴィルヘルミーナ様がお気になさることではございません」

「そうでしたか」

 

 流石は宰相様と言うべきか、いつもの笑顔であっさり言い切った。この場で彼が味方なのは非常に心強い。

 バイナモ様はつまらなそうに顔をしかめた後、瀟洒なカップを指先で摘まみあげて中のお茶を一口で飲み干す。私には丁度良い大きさのカップも、体の大きなバイナモ様にとってはちょっとお洒落なショットグラスだ。


「ところで姫よ、聞きましたぞ。エングルフィルドの使者にバッサリ斬られたとか。御身体には障り無いか」

「幸い、傷も残らず済みました。ご心配をおかけしました」

「それは良かった。…しかしそれにしても、エングルフィルドの小童の処遇には驚きましたわい」


 と、それまで穏やかに笑っていたバイナモ様が笑みを消した。


「殺さぬどころか、まさか貴賓牢に軟禁とは。御心が広いというのは確かに美談にもなるが、流石に仕出かしたことに対してあまりにも甘すぎでは無いかな?」


突如予想外の方向へ転がった話題に、私の背にひやりとしたものが走る。

 棘を隠そうともしない言い方に、和みかけた空気が一瞬にして温度を下げた。ウィルフレッド王子の処分内容が不満であることは一目瞭然である。

 以前ラーファエルさんは、『ウィルフレッド王子については当面は現状の待遇を維持することに致します』と言った。あくまでも『当面』。もし目の前の将軍が一言「処刑せよ」と言えば容易く覆りそうな雰囲気すらある。

 ラーファエルさんを見るが、彼は笑顔のまま口を噤んでいる。この話題に口を挟むつもりはないらしい──いや、挟めない(・・・・)のか。


(もしかして、ウィルフレッド王子の立場ってものすごく危うい?)


 ラーファエルさんは私の意志を知っている。にも関わらず、バイナモ様は今、ここで私にウィルフレッド王子の処遇について異議を申し立てている。それはつまり、ウィルフレッド王子の立場はどう転ぶか分からない非常に危うい状況である、ということだ。


(でも、わざわざバイナモ様が私にこうやって直接聞いてくれたっていうことは、助けられる余地はあるのかもしれない。無理ならそもそも話題にも出さないだろうし)


私はそっと深呼吸して心を落ち着かせた。

交渉事において意を通したいなら弱気は禁物。少年一人の命がかかっているならなおのことである。


「甘いとは思いません。私はあの時、彼が私を斬った使者をきつく問いただしていたのをしっかり聞いています。あの方は何も知りませんでしたし、両国友好の使者という役割に真摯に向き合おうとしていました。彼自身に責はありません」


 私が真っ直ぐ目を見て答えると、バイナモ様が「ほう」と言って片眉を跳ね上げた。


「じゃが、使者代表という立場だ」

「ですが、私と同じ被害者でもあります。何も知らず殺されるところだった者を罰するのは、おかしいと思いませんか?」

「姫を殺すと決めた王の、実の子だ」

「そうです、子どもです。実の親に捨てられて国に殺されるところだった、まだ成人もしていないただの子どもです」


 そこまで言って、私は自分の失言に気付いて慌てて口を噤んだ。

気圧されまいと必死になるあまり、つい感情的になって妙な事を口走ってしまった。これではまるで、自分が大人であるかのような言い方ではないか。聞きようによっては酷く生意気でもある。

以前ラーファエルさん達に伝えた時のように言えば、まだ良かったのに。

俯いてここからどう言い訳しようか焦っていると、頭の上からくぐもった笑い声が降ってきた。


「……深窓の姫君かと思いきや、なかなかの姉御肌のようだ」


 顔を上げると、対面に座るバイナモ様が楽し気に肩を揺らしている。此方を面白がるような目が居心地悪くて、私はそっと視線を外した。


「し、失言でした…、あの…」

「いやいや気にすることは無い、実に面白い。姫の考えは十分理解しましたわい。確かに言われてみれば、アレはお飾りにされたただの子ども。大人がムキになるのは恰好がつかんなぁ」


 バイナモ様は顎の辺りを弄りながら朗らかに笑った。幸いなことに、私の生意気発言は好意的に受け取ってくれた様子である。

 一安心して肩の力を抜きかけた時、それまで沈黙を続けていたラーファエルさんがおもむろに口を開いた。


「良かったですね、ヴィルヘルミーナ様。バイナモ様はお味方してくださるようですよ。お蔭で軍もようやく納得します」

「…軍…?それって…一体どういうことです?」

「此方からの説明だけでは、なかなか収拾がつかなかったのですよ」

「…はい?」


そうだ、確かラーファエルさんはこうも言った。

『サラストス国内においては開戦を望む者が少なくありませんが、国交断絶の方向で調整しております』

決定ではなく、調整中。つまり、今の会話のちょっとしたきっかけで戦争が起きるところだったということか。

つまり、最悪の事態が完全に免れたわけでは無かったと──理解した瞬間、私の全身が総毛立った。


「ひえっ…」

「ワシらのところは血気盛んな奴が多いからのー。若い連中なぞ、先走って戦争の準備をしとったわ。わっはっは!」

「せ、ん、そう…」


 思考停止に陥った私の前で、バイナモ様が快活に笑い出した。こちらからしたら、全く笑いごとではないのだが。

 バイナモ様はひとしきり笑ったあと、丸太のような立派な腕を組んで私を眺め見た。遊び相手を見つけた子供のような顔つきだ。


「それにしても、前に見た時とはまるで印象が違うのう。別人のような雰囲気すらある」


 “別人”と言われて一瞬背筋がひやりとした。

今の私はヴィルヘルミーナに間違いはないが、違う世界で過ごした記憶が混ざって人格が変化しているのは間違い無い。

ここはひとつ冗談と受け取っておくか、と愛想笑いで流そうとした矢先、またしてもラーファエルさんが助け舟を出してくれた。


「此処にいらしてすぐの頃は、ご家族から離れて気落ちしていたのですよ。最近ようやく従者にも慣れてお元気になって下さったところです」

「ふむ…確かに姫はまだ12か3の童であるからなぁ…」


バイナモ様が納得顔で頷いている。

真実はともかく、ラーファエルさんの咄嗟の判断力と語彙力よ…。

私が魔人嫌いで引きこもっていたのを知っているというのに、欠片も触れず、更に美談仕立てに言い変えるとは。


「ところでバイナモ様。戦争準備ということは資材や糧食を新たに調達なさったのでしょうか?後で詳しいお話を伺いますね」

「うおっ、言うのではなかった!」

「それと、今の時期国軍は南方へ移動中だったと記憶しておりますが…念の為うかがいますが、此方(コカイスタ)へはヴィヒトリ参謀の許可を得てからいらっしゃったのですよね?」


 瞬間、バイナモ様の目が盛大に泳いだ。


「ぬう…あいつはのぅ…仕事は素晴らしく出来るんじゃが、厳しいのと細かいのが珠に傷でのぅ…」

「まさか何も言わずにいらっしゃったのですか?」


 流れるようなラーファエルの口撃を受けたバイナモ様は、ふい、と顔を横に向けた。まるで子どもの駄々である。そんなバイナモ様にラーファエルさんは笑顔を向けたまま、傍らに控えていたエルネスティさんに告げた。


「………エルネスティ。後程ヴィヒトリ参謀に連絡しておいて下さい」

「かしこまりました」


 エルネスティさんが静かに頭を下げたその時、バイナモ様がすかさず声を上げた。


「エルネスティよ、ついでに暫く此処に滞在すると付け加えておいてくれ!それとワシは糧食の細かい事など知らんからな、そっちも聞きたいならヴィヒトリに確認するが良い!」


 バイナモ様はどうやら完全に居直った様子らしく、笑顔さえ浮かべている。


「……エルネスティ」

「……かしこまりました」


 エルネスティさんが再び頭を下げた。

 ラーファエルさんは相変わらず笑顔ではあったが、空色の目がとても遠くを見ていたような気がした…。





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