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天涯のレグナム  作者: 原一平
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1章-13 日々鍛錬


 季節はすっかり初夏の様相を呈している。

 

 訓練場でヨウシア先生達に稽古を付けて頂くようになってから、約2ヶ月が過ぎた。初めは剣を振るのみだった稽古も、今では魔法を組み合わせた実践形式である。

 魔法についての知識があったこと、そして元々魔力量が多かった事が幸いして、魔法の習得は当初の想定以上に順調だった。もっとも、そのお蔭で先生方の要求度がどんどん高くなるという恐ろしい連鎖が起きたわけだが。


 訓練場の中央近くで、私はヨウシア先生と打ち合いをしていた。私の武器は先生から以前頂いた刀、先生は細身の長剣だ。この長剣は人間国でよく使用される型だそうで、真っすぐ伸びた諸刃の剣身が特徴である。


「…ッ!」


 幾度かの打ち合いの中、対峙したヨウシア先生の剣先が私の右頬を掠める。


「反応が遅れていますよ?視線だけでなく、剣先だけでなく、全身を見て次を読みましょうね~」


 私は頷く隙も無くヨウシア先生の次の斬撃を避ける。背後からじわりと迫る圧力はティルダ先生の風魔法か。視線は前方に向けたまま周囲の魔素の流れに神経を張り巡らせる。直後襲い来る三本の風の刃。ヨウシア先生の剣を避けながら、背後に風魔法を展開して風の刃の軌道を変える。この挟み撃ち、最初は対応に難儀したが、今は三回に二回は対応できるようになった。

 ちなみにイルマタルとオリヴェルの2人は、つい先ほどまでティルダ先生一人を相手に奮闘していたものの、現在は精魂が尽き果てた様子で地面に転がっている。

 ティルダ先生の風刃をいなし、さあ次は何が来るかと身構えた時、ヨウシア先生が刀身を下げて構えを解いた。気を抜いた瞬間襲われるのは十分理解していたので、ヨウシア先生の挙動に意識を向けつつ、その視線を追う。そしてすぐに、訓練場の周りを囲む回廊に一人の男性が立っているのに気付いた。

 2メートル近い長身で、手足は太く布越しでも筋肉の隆起がわかるほど。整った顔立ちにも関わらず精悍さが際立つように思えるのは、眼光の鋭さもさることながら、左目の上についた刀傷のせいもあるだろう。額には立派な角が一本生えていて、燃えるような赤毛は全て後ろに流し後頭部の高い位置で一つに括っている。


「おや。ヘルマンニ殿ですか」


 ヘルマンニ=トゥオモラ。魔王騎士団の団長を務める鬼人族の男性だ。

彼が纏う黄色のマントは騎士団の象徴。銀色の鎧についた無数の傷は、彼が多くの経験や修練を積んでいることを物語っているようだ。

 ヘルマンニ騎士団長は、ヨウシア先生と私が見ているのに気付くと、鋭くも見える橙色の目をほんの少し細めて一礼した。

 彼の姿には見覚えがある。謁見の間で私に走り寄ってきた人だ。状況と立場から推測するに、ランベルトを丁重に扱って欲しいという私の言葉をラーファエルさんに伝えてくれたのも、おそらく彼だろう。


「ヨウシア先生。私、ご挨拶をした方が良いでしょうか?」

「あの様子だと私達の様子を見ているだけでしょうから、またの機会で良いかと。それに此方からわざわざ挨拶に行っても恐縮されますよ」


直接お礼を言えないままここまで来てしまったので、この機会にせめて挨拶をと思ったのだが、ヨウシア先生は訓練を優先すべきと判断されたようだ。確かに、此方が礼を言う立場なのに彼方が来たついでというのも失礼な話だ。今度ラーファエルさんに聞いてみてから、改めてお礼を言う機会を作ってもらった方が良いかもしれない。

私はヘルマンニ騎士団長へ軽く会釈を返し、ヨウシア先生を振り返ろうとしたところ──地面に転がっている二人が視界に入ってきた。

 どちらも未だピクリとも動かない。…果たして生きているのだろうか。


「それよりヴィルヘルミーナ様。ご挨拶できる元気が残っているようですので、続けてもう一本頑張りましょうか~」

「エッ!?違いますそういう意味じゃ…」

「今度は私から行きますね」

「ティルダ先生っ、ちょっ」


 私が言い終わらぬうちに地面が波打った。これは土の攻撃魔法だ。私は足先で思い切り地面を蹴り上げ跳躍する。直後、私が居たはずの場所には銛状に変形した土の塊がいくつも屹立した。


「良い反応です」


 ティルダ先生がニヤリと笑う。私も負けじと魔力を練って剣先に溜める。

 魔力を載せた剣を振るうと、剣先から風刃が出てティルダ先生に襲いかかる。だがティルダ先生は私の小手先の攻撃などとっくに御見通しだ。同じく風魔法を繰り出して全ての風刃に当てて相殺してしまう。

 ヨウシア先生は、魔法を撃ち合う私達の様子を少し離れたところで眺めている──と思っていた矢先、地面に転がっていたイルマタルとオリヴェルの喉元に突然鋭い斬撃を落とした。


「ヒッ!?」

「──っ!」


 刹那の間の二振り。予備動作どころか視線すら向けない、全くの奇襲である。

 イルマタルとオリヴェルは寸でのところで避けたが、もしあのまま寝ていたら今頃頭と胴体が永遠にサヨナラしていただろう…何故なら、ヨウシア先生が斬った場所は、地面がガッツリえぐれていたから。


「二人とも~、時間は有限ですよ~?いつまで寝てるんですか~?」

「しっ、失礼致しました!」


 二人とも余程恐ろしかったのだろう、顔面は蒼白で、額からは冷や汗らしきものが滝のように流れている。見学中のヘルマンニ騎士団長も目を飛び出るほど丸くしてヨウシア先生を凝視しているが、その凶行を視界の端に捉えてしまった私も吃驚である。


「こわっ」


 ぽそりとそんな事を口にした瞬間。


「はい隙あり一本」

「ぎゃんっ!」


 ティルダ先生の平坦な声と共に、とんでもない衝撃を後頭部に受けて私の意識は暗転した。




 ここ最近、模擬試合の時は【身体強化】と【自動回復】の魔法を発動し続けるようにと言われている。同時に複数の魔法を同じ威力で発動・維持し続けるのにはかなりの集中力が要るが、これは単なる前準備だ。

演習が始まると、そこから先生方の動きに応じて攻撃魔法や防御魔法を選び繰り出さなければならない。これがまた非常に難しく、私は何度も失敗を重ねている。もう何度先生達に吹っ飛ばされたことか、数えるのもバカバカしいほどだ。

持ち前の豊富な魔力を駆使して何とかできないか──そんな私の浅墓な考えは、当然ながら先生は御見通し。そもそも、魔力量でゴリ押しというのは先生方がもっとも嫌う戦い方だ。バレれば練習終了後にお説教が待っている。ちなみに私は12回、イルマタルは30回ほどゴリ押しの件で叱られた。

魔法を使う上で最も重要なのは、操作能力である。練度を高め、より少ない魔力消費量でより効率よく、且つ的確に魔法をあつかうこと。これを繰り返し言われている。



「ヴィルヘルミーナ様。これからは全体を満遍なく強化するのではなく、攻撃や防御によって強化する場所を変えることを意識しましょう」


 私が意識を取り戻すや否や、ティルダ先生が前置きも無く淡々と説明を始めた。

 両先生方の、こうした手加減無用・気遣い無用の対応は毎度の事である。最初は面食らったが、今ではすっかり慣れた…いや、慣れさせられたと表現した方が正しいかもしれない。


「強化する場所を変える、ですか…?」


私はティルダ先生の発言を慎重に繰り返す。

全身を強化し続けるだけでも相当の集中力が要るのに、動きに合せて強化場所を変えることなど可能なのだろうか。できたとしても、かなり難しいような気がする。


「…一般的には簡単なのでしょうか…」

「一般とは一体何処の何を基準にしているのか分かりませんので私は何とも申し上げられませんが、できるかどうかではなく、やる、という話をしております」

「…はひ」


 私の質問は無情にもぶった切られたが、こんなことは日常茶飯事。先生が是と言えば、私の答えはハイかワカリマシタしか選べないのだ。


「例えば攻撃を避ける時。この瞬間、全身ではなく跳躍する足だけに強化を施します。魔力の節約になります」

「一瞬で強化箇所を変えるという事ですか?」

「その通りです。というより一瞬より尚短い時間で変えて下さい。歩く時に自然と手足が動くように、意識せずとも体の動きに連動する、それが最終目標です」

「…えっ…」

「ただし、視力の強化と気配探索は絶対に解かない。今後は防御結界や魔法反射の術式なども組んでいくことになりますが、そちらを自動継続しつつ身体強化を操作し、且つ一瞬の空隙も無く相手の魔力の流れを感知するように」

「ひえっ…」

「ちなみに、この魔力の節約は長丁場の戦闘時に非常に有効ですので必ず覚えて頂きます」

「どれくらの時間を想定されていますか」

「不眠不休で連続三日ほど」

「………」

「流石に一週間も不眠不休は死にますので、そこまでは結構です」


塵一つ、指紋の欠片すらない透明な眼鏡の向こうにあるティルダ先生の瞳は、どこまでも済みきっていた。先生はきっと、私が先ほどからずっとドン引きしていることなど露ほども御理解されていないのだろう。むしろ「ん?どうしたの?」くらい思われていそうだ。

 本日も晴天也。訓練場のど真ん中でご講義を頂くには些かきつい陽気だが、ティルダ先生も、彼女の隣でにこやかな笑みを浮かべうんうん頷いているヨウシア先生も、揃って汗一つかいていない。ゆったりした長衣のティルダ先生はまだしも、ヨウシア先生に至っては長袖のコートやらベストやらシャツやらを重ね着しているのに一体どういう事か。


 思考だけでもと現実逃避している私の後ろには、オリヴェルとイルマタルも並んで立っている。二人とも、私に負けないほどボロボロだ。頭から顔から足先まで満遍なく土埃がこびりつき、汗はダラダラ。ティルダ先生の話を聞く二人の目は若干虚ろ気味だったが、きっと私も同じような状態だったはず。

 私は半ば朦朧とした意識の中、訓練場の隅に配置された時計を見た。残りはあと15分。今日は話を聞いて終わりだろう──そう思い安堵しかけた瞬間。


「ということで、再開です」


 嘘でしょ!?──と言う間も無く無数の魔力弾が私達3人に向かって突っ込んで来た。

 残りあと15分。

本日も、果たして私達は生きてこの訓練場から出る事は可能なのだろうか。



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