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天涯のレグナム  作者: 原一平
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1章-12 面会

 ラーファエルさんからウィルフレッド王子──もといランベルト=ヘーベルシュタムの話を聞いた数日後、早速彼と面会する機会を得ることができた。

場所は、中央塔の3階にある貴賓室。

 同席者は5名で、ラーファエルさんとエルネスティさんの二人に、オリヴェルとイルマタル、そこにランベルトの後見人であるバイナモ様が加わる。


 私が居住する北棟から中央塔までは、中庭の上に架かる渡り廊下を通ってきた。

城内は大人ばかりなので、私のような子どもはどうしても目立つ。それも一人ではなく、オリヴェルとイルマタルの3人で歩いているのだから、視線を集めるのは無理もない。

私の顔を知る者はまだそれほど多くないが、黒髪金目の娘というと、この城に勤務する者なら誰であるかすぐに気付く。そうでなくとも私の外見は先代の魔王である父に似ているというのだから、見る者が見ればすぐにそれと分かるはずだ。

そこかしこから向けられる視線には、驚きや戸惑いの声の他に少なくない棘が含まれているような気がした。


きっと彼らは、部屋に籠り続けた私に良い印象を持っていないのだろう。


既にやってしまった事について今更どう言い訳しても仕方ない。それに、この程度でしょぼくれては、オリヴェルとイルマタルを心配させてしまう。

正直少し気後れしたものの、私は前の人生で培ったビジネス用の微笑を顔に貼りつかせ、素知らぬ風で回廊を歩きとおした。



貴賓室では、先に到着していたラーファエルさん達がソファで話をしているところだった。給仕係が数人と警護の騎士が5人ほど部屋に待機している。

 私の来訪を知ると、ラーファエルさんとエルネスティさん、そしてランベルトの3人が席を立ち、ゆっくりと頭を下げた。ちなみにバイナモ様は着席した状態で右手を上げただけである。


「お待たせしました」

「いいえ。ヴィルヘルミーナ様、わざわざご足労頂き有り難うございます」


 ラーファエルさん達と簡単な挨拶を交わした後、私は部屋の中央にある革張りのソファへ案内された。一人掛けだが、小柄な私には大きすぎて油断すると埋もれそうだ。

 室内は品の良い調度品でまとめられていて、天井からはクリスタルに似た素材で作られた小ぶりなステンドグラスが吊り下がっている。今の季節に合った絵画や飾り鏡の細工も見事。大きな窓からは中庭が一望できるようになっていて、来訪者の目を飽きさせない工夫が感じられた。


「姫よ、改めて紹介させて頂く。ワシの養子となったランベルトじゃ」


 私の斜め前の席に座っていたバイナモ様は、開口一番そう言って隣に立つランベルトの背中をポンと叩いた。それが合図だったのか、ランベルトが私に向かって微笑んだ。


「お初にお目に掛かります、ヴィルヘルミーナ様。ランベルト=ヘーベルシュタムと申します。この度、国軍に配属されることになりました。若輩ではございますが、精一杯尽くしてまいります。よろしくお願い致します」


挨拶を終えて一礼すると、後頭部の高い位置で一つにまとめられたダークブロンドが、彼の肩口からさらりと落ちる。優雅で品のある動作に、私は一瞬目を奪われた。

彼はサラストスの、それも竜人族の伝統的な礼服である和服に似た前合わせの服を着ていた。深い紺色の生地は、動くと銀色の唐草模様の刺繍が薄っすらと浮かび上がる。帯は濃い灰色で、足元の靴は黒。全体的に濃い色合いでまとめているので、彼の白い肌や金の髪がよりくっきりと映えて見える。

私はふと、彼が被った円形の帽子から小ぶりな角が生えているのに気付いた。形は鹿のようで、バイナモ様のものに良く似ている。混血児に偽装するためにわざわざ作ったのだろうか。思いのほか良く似合っている。


「ご丁寧に有り難うございます。私の方こそ、よろしくお願い致します」


 私はそう返答して、ランベルト含む全員へ着席を促した。

 そこからはラーファエルさんが簡単な経歴──勿論これも偽装したものだ──を口頭で説明しながらの雑談となった。

 ランベルト=ヘーベルシュタムは、バイナモ様の甥の娘の子供という設定らしい。当の甥は先の戦で死亡、またその娘も不慮の事故で亡くなり、天涯孤独となったランベルトをバイナモ様が引き取った、というシナリオだ。

 ラーファエルさんの澱み無い説明は流石であるが、それに当たり前のように応対するランベルトの能力の高さにも驚かされた。騎士や給仕の人達といった“部外者”がいる手前下手な事は言えないと、愛想笑いで相槌を打つばかりだった私とは大違いである。


 話がひと段落したところで、バイナモ様が思い出したように口を開いた。


「そうそう、ラーファエルよ。今後の軍の進路についてじゃが…すまんがそなたら、少々席を外してもらえんかの?エルネスティ、防音の術を頼む」


 そのごく自然な流れに乗り、周りの人達が静かに退出していく。そして部屋の扉が閉められ、エルネスティさんが【防音の術】を発動させたところで、和やかだった室内の空気が一変した。


「ランベルトよ」

「はい」


 バイナモ様に声を掛けられたランベルトが、再びソファから立ちあがった。


「ヴィルヘルミーナ様、改めてご挨拶させて頂きます」


 そう言うや否や、ランベルトはその場の床に片膝を付き此方に向かって頭を深く下げた。私の記憶に間違いが無いとすれば、それはこの世界の、それも人間国で見られる“臣下の礼”である。

 動揺する私に、ランベルトは頭を下げたまま話を始めた。


「元、エングルフィルド王国第一王子、ウィルフレッド=クロックフォード=エングルフィルドであったものでございます。我が母国の使者が起こした暴挙、例え知らなかった事とは言え申し開きもございません。本来ならば処刑されてもおかしくないこの身に多大なるご温情を頂き、感謝を表す言葉もございません。宰相様及び大将軍様におかれましては、こうして直接ヴィルヘルミーナ様にお礼と謝罪を申し上げる機会を作って頂いたことを、心より感謝致します」


 流石は元王族と言うべきか、堂々とした口上には感心させられる。

 私は気を取り直すと、座ったままランベルトを見下ろして答えた。


「私も、一度直接お話したいと思っていました」


 心情的には此方も立って丁寧に挨拶を返したいところだが、非公式とはいえ、宰相と大将軍の居る場で私が下手に動くのは礼儀的に不味いので座ったままである。


「ところで、怪我はもう大丈夫でしょうか」

「お蔭様で、痕も残っておりません」

「そうですか。それは良かったです。他に、何か不自由なことはありませんか?」


 私がそう問うと、ランベルトは困ったように微笑した。


「…失礼ながら、ヴィルヘルミーナ様は私に温情を与え過ぎかと」

「へ?」

「私は貴方を害した国の王族です。本来なら見せしめに処刑されてもおかしくありません。それなのに、貴女はご自身も深い傷を受けながら、瀕死の私を助けて下さったと聞きました」


 間違いではない。

確かに間違いではないが、彼の中で少々美談仕立てになっているような気がする。


「捕虜となった私に用意されたのは、牢とは名ばかりの立派な部屋に、上等な衣服や十分な食事でした。魔術師や医師の方がやって来て、健康状態を診てくれることもありました。始めのうちは、状況が状況なだけに拷問を受けることも覚悟しておりましたが、私が受けたのは文官の方による丁寧な事情聴取のみです。これら全て、ヴィルヘルミーナ様のご温情によるものと聞き及びました」


 ランベルトはそこで一旦言葉を止めると、私を見上げて再び口を開いた。


「その上、こうして私の身を案じて下さる」


 強い崇敬を宿した濃青の瞳が、ひたと私を見つめる。その目に宿る強烈な熱は、思わずたじろぎそうになるほどだ。

 私は、特別優しいわけではない。

 アディンセルの上級貴族の屋敷の離れという世間から隔絶した場所で育った私に、この世界の常識などろくにない。そこに、前の世界で培った“日本の常識”が合わさっただけのことである。私にとっては、緊急時の救命行動も親権者を失った未成年者の保護も当たり前の事なのだ。

 それに何より、私は彼に【隷属の契約】を結ばせてしまった負い目もあった。

事前に可否を聞かれていたら、私は絶対に拒否していた。けれど確認すらされず事後報告になったのは、きっと私がこの国の人達から“確認を取る必要も無い存在”と思われていたから。

この一年、部屋に引きこもっていたツケを彼に支払わせてしまったような気がして、こうして偉そうに座っているのが居たたまれない。


「…私は、貴方が元々この国と敵対するつもりは無かったというのは、理解しているつもりです。それで…あの、契約の件は……」

「ヴィルヘルミーナ様、どうかそのあたりで」


 謝罪を口にしようとした私を、ランベルトが素早く止めた。


「もし【隷属の契約】について御憂慮されているのであれば、その必要はございません。宰相様からご提案頂いた時、私からも是非にと申し上げた次第です」


 その言葉は真実なのだろう、ランベルトの青い瞳には一点の曇りも無い。


「【隷属の契約】といえば、一般的には重犯罪者に施される刑罰と思われるでしょう。しかし私が結んだ契約内容は“ヴィルヘルミーナ様をはじめこの国に害を為さない”というごくごく当たり前のことをばかりですので、特に支障はございません」

「そ、そうなんですか?」


 ラーファエルさんの方へ視線を向けると、にっこり笑顔を返された。


「通常生きる上で困ることはまず無いはずです」


 なんと。私が想像していたような、尊厳を貶めるような内容ではなかったらしい。

 契約内容に大きな問題も無く、本人もラーファエルさん達も互いに了承済みなら、これ以上私が口を挟むのは御節介が過ぎるというものだ。


「…でも、それなら最初に言ってくれれば良かったのに…」


 一人で慌てて馬鹿みたい、と眉を下げた私を見て、エルネスティさんとバイナモ様が笑う。

弛緩した雰囲気の中、ランベルト様が再び頭を下げた。


「ヴィルヘルミーナ様のお気持ち、重ねて感謝致します。本来ならとうに死んでいた私を、貴女が拾ってくださいました。国に捨てられた無価値の身ではありますが、それでもお役に立てる事はありましょう。精一杯尽くさせて頂きます」


 その真摯な言葉を受けた私は、どう答えるべきか考え、悩み、その結果。


「…無理しない程度にお願いします」


 ようやくそう答えたところ、何故か辺りが再び笑い声に包まれた。



*****



 顔合わせは和やかな雰囲気のまま解散となり、ラーファエルとエルネスティはそのまま宰相執務室へと戻った。


「予想以上の好反応でしたね」


 香草茶を片手にホクホク顔でそう言ったのは、エルネスティだ。

机の一角には不在中に溜まった書類が積み重なっているのだが、エルネスティにとっては書類を片づけるより、ひと仕事終えた後の一杯を楽しむほうがずっと重要である。

 そうした部下の性質をよく理解しているラーファエルは、「あ、このお茶美味しい」とひとりごちる彼を特に注意することもなく、手元の書類へ視線を定めたまま答えを返した。 


「そうですね。あの様子なら監視も最小限で済みそうです」


 ランベルトはヴィルヘルミーナに随分と心酔しているようだった。生命の窮地を助け、その後も心を砕いてくれたのだから、懐くのも道理だ。あの様子なら、此方から働きかけずとも自らサラストスの為に動いてくれるはずだ。彼は頭の出来も良いので、うまくすれば今後、大いに力になってくれるだろう。

 ヴィルヘルミーナに【隷属の契約】の詳細を伝えなかったのは、彼女が本気で憤るか同情する姿を見せてランベルトの忠誠心を煽る為でもあったが、わざわざそこまでお膳立てする必要も無かったかもしれない。


「そうそう、ラーファエル様。バイナモ様が帰り際、ランベルトに必要最低限の事を一通り教えたらすぐに軍に連れ帰ると張り切っていましたよ。余程彼を気に入ったのでしょうね」


 エルネスティの何気ない話を耳にした途端、ラーファエルのペンの動きがぴたりと止まった。


「…なら、早急にヴィヒトリ参謀に送る手紙の文面を考えなければなりませんね」


 実はここ一月ほど、軍の主だった面々からバイナモ宛に、日を置かずに連絡が届いていた。内容はどれも帰還願いである。二度ほどヴィヒトリ参謀の名で文書が届けられたが、バイナモは目も通さなかった。「読んだら心臓に悪そうだから」などと言っていたが、ヴィヒトリ参謀のほうが余程寿命が縮まるような状態ではなかろうか。

 こんな状態のままバイナモがランベルトを「義理の息子だ、よろしく」といういつもの軽い調子で軍に連れていけば、ひと悶着どころではない。しかも正体は人間、それもエングルフィルドの元王子だ。最低でもヴィヒトリ参謀には伝達しておかねば後々大問題になる。


 ラーファエルが真顔で考え込む斜め前では、エルネスティが相変わらずほやほや笑顔でお茶を飲んでいた。


「ふふふ。ヴィヒトリ参謀、びっくりするでしょうねー」


 部下の口からこぼれ出たまるで他人事な独り言を、ラーファエルは黙殺した。



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