表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天涯のレグナム  作者: 原一平
13/17

1章-10 密談


 満月が中天に懸かる頃、宰相執務室の奥にある続き部屋では、秘密会議という名目で集まった三人が酒盛りを続けていた。

 と言っても、酒を飲むのは専らそのうちの2人だけであるが。


「ほっほっほ。王子の刀傷から検出された魔力の検出に、姫様の服の裂け目に残った魔力の解析、それから魔道具の改良…とんでもない忙しさじゃったのー。過労で一瞬あの世に召されるかと思うたわい。先代が亡くなられた時より忙しかったかもしれん」


 琥珀色の蒸留酒をちびちび飲みながらそう言ったのはエサイアスである。彼のツマミは小皿に乗った炒り豆だ。

 エサイアスの対面にはラーファエルが座っている。いつもより幾分か和らいだ表情の彼の前にもグラスはあるが、中に入っているのは冷えた香草茶だ。


「ご苦労をおかけして申し訳ございません。エサイアス様以外に頼れる方が居りませんでしたので」


 ラーファエルの礼に、エサイアスは溜息を返す。それを見て笑うのはバイナモだ。彼は定位置となっている窓辺のカウチソファでだらしなく寝そべりながら、蒸留酒をガブ飲みしていた。サイドテーブルの上にある瓶の中身は既に半分以上無くなっている。


「がはははは!流石は魔術師団長殿!仕事が山盛りで商売繁盛じゃのー!」

「ふん。此処にサボりに通うお主に言われたくはないわ。ヴィヒトリに言いつけてやるから覚悟するんじゃな」

「き、貴様!卑怯だぞ!?」


 ヴィヒトリ参謀の名を出されて、バイナモが慌てて身を起こす。それを見て今度はエサイアスが勝ち誇ったように顎を上げた。


「絶対言いつけてやるからの。しかしそれにしても…いやはや、ヴィルヘルミーナ様の治癒魔法の潜在能力は凄まじいものじゃったわい。そこらの治癒師も裸足で逃げ出すわ。あれは母方の血かの?」

「いいから早く本題に入れ。先日の解析の件で話があると言ったのはお前だぞ」

「そうそう、そうじゃったそうじゃった」

 

 エサイアスは蒸留酒をちびりと飲み、言った。


「ヴィルヘルミーナ様の治癒痕に残された魔力を解析したところ、微かに混ざりものがあっての。分析したところ、【滅魔】の反応が出た」


 瞬間、室内に緊張が走った。


【滅魔】とは魔人特効の特殊能力だ。人間には無害だが、魔人の場合は掠っただけでも体内の魔力回路を乱され死に至ることすらある、猛毒とも言える力である。そして【滅魔】の厄介なところは、魔法だけでなく武器や魔道具にも能力を付与できる点だ。【滅魔】の力が付与された杖や剣を使われれば、魔人はひとたまりもない。


「…しかしエサイアスよ、【滅魔】の血脈はだいぶ前に人間同士の争いの中で既に途絶えたと聞いたが?」

「実際に出とるんじゃ、万に一つも間違いは無い。それとラーファエル、この件を知っておるのは儂と共に解析に当たった数人じゃ。口止めしとるから心配いらんぞ。公表は其方のタイミングで好きにすると良い」

「流石エサイアス様。感謝いたします」

「うむ」


 得意げに頷くエサイアスではあるが、政治的な面倒をまるっと避けたのは見え見えである。とはいえ、ラーファエル側としても情報管理を一任してもらえるのは非常に有り難い。


「ついでに謁見の間に残された魔法の痕跡も調べてみたが、そちらからも同じ魔力反応が出ておる。使われた魔法は、最上級の対魔人用結界に、得体の知れぬ移動魔法じゃ。【滅魔】の力を魔道具に仕込んだかして発動させたんじゃろうが、全くとんでもないわい」


 エサイアスが苦々しい顔になるのも無理はない。ただでさえ厄介な【滅魔】の力を持つ者が超高度な魔法すら操ることができるのだ、魔人にとってはまさに悪夢である。


「…しかし、そうなるとヴィルヘルミーナ様は【滅魔】の力を付与した剣で斬られたということですか」

「うむ。よくもまあ生き残ったもんじゃ。如何に治癒魔法が規格外と言っても魔人がアレを食らえばまず助からん。おそらく、姫様に流れる人間の血が命を繋いだのじゃろう」

「こうなると、“奴ら”も姫の血を瑕疵とは言えんな」


 バイナモの言葉に、ラーファエルが口を閉ざす。


 ヴィルヘルミーナの立ち位置は、はっきり言って微妙だ。

 アディンセル育ちとか、魔人を厭って部屋に籠り続けていたとかいう表面的なものが理由ではない。そもそも彼女は未成年である上、正式に魔王にもなっていないのだから、代理人や後見人が実務を代行するのも、重要儀式に参加しないのも、さほど問題視されない。ラーファエルにとっても、軽率にウロウロ動き回られるより部屋に閉じこもっていて貰った方が、遥かに面倒が少なかったのは事実である。


 問題なのは、彼女の身に流れる人間の血だ。


 人間国の貴族が出自を貴ぶように、魔人は純血を貴ぶ。よりにもよって魔人の長たる魔王が半人半魔というのは、高位の者ほど受け入れ難い。

先代魔王を失った時、サラストスは後継者の不在に大きく動揺した。その後唯一の血縁であるヴィルヘルミーナの存在が明らかにされたが、彼女は混血児。重要な祭祀を取り仕切る国の上層部は彼女を魔王後継者とするのに強い難色を示した。しかし魔王の持つ特殊能力や祭祀における役割は“魔王の血”に由来するため、魔人の中から誰かを選べばよいというわけにはいかない。結局背に腹は代えられぬということで、ヴィルヘルミーナは正式な後継者であると渋々認められたという背景がある。

ちなみに、ヴィルヘルミーナが混血であることは特に秘匿されていない。当然ながら“魔王”が混血というのは恥であるから隠すべきと主張する者は少なくなかったが、それを押し切ったのはラーファエルだ。隠してもいずれ分かることだし、下手に隠蔽すると発覚した時に余計な反感を持たれると考えたからだ。

そのため、現在ではほとんどの城勤めの者が、ヴィルヘルミーナが混血であると知っている。

幸い、バイナモやエサイアス、エルネスティといった先代に近しかった者達はヴィルヘルミーナに対して寛容な姿勢を取っている。だが、脈々と受け継いできた魔人の血を至上と考える保守派にとって、彼女の身に流れる人間の血は紛れも無く「瑕疵」なのだ。


 視線を落としたラーファエルへ、バイナモが声を掛けた。


「そう難しい顔をするな。もう10年も経てば流れも変わる、悲観的になる事はあるまい。実際、先代が進めてきた混血児の受容政策のお蔭で世論は混血児にそこまで厳しくなくなってきておるじゃろう」

「…確かにその点は助かっておりますが、楽観はできません。世論はともかく、御老人方の中には良い反応をなさらない方も多くいらっしゃいます」

「同じ年寄りでも頭が固いのは困りもんじゃの。儂の懐の広さを見習ってほしいもんじゃわい」

「ワシの周りは、上も下も反応がまちまちじゃな。自分の種族を言うのもアレじゃが、竜人族には文句垂れが多い。面倒臭い奴等が多くて困ったもんじゃ。ま、若造ならば煩ければぶん殴っておけば良いんじゃが」


 全く良くないが、ラーファエルは無言を貫いた。


「そうじゃ、バイナモよ。お主、騎士団の小僧共を放置しておるのはどういう了見じゃ?最近は人目も憚らず姫様を誹謗しとるそうではないか」

「騎士団はワシの管轄では無いと何回言えば分かるんじゃこのジジイ」

「どっちも剣だの斧だの振り回しとるんじゃ、似たようなもんじゃろ」

「騎士団の魔術師部隊はお主のところが面倒見とるではないか!」

「ええい、こんな時だけ細かい事を言いおって…!」


 この老人二人はいつも、隙あらば喧嘩を始める。

仲が良いのは結構だが、言い争うのは二人だけの時にして欲しい──そんなラーファエルの願いはこれから先も叶えられそうにない。


「そちらは既に手を打っていますので、バイナモ様は今まで通りお過ごし頂ければと存じます」


 ラーファエルはそう言うと、一度席を立って部屋の隅にある文机の上から一枚の紙を持ってきた。バイナモとエサイアスは口論を止め、卓上に置かれたそれに注目する。


「これは?」

「エングルフィルドの内情を記した報告書です。直近のものですが、非常に興味深いので是非ご覧に入れたいと思い、用意致しました」


 バイナモはカウチソファから立ちあがり、ラーファエルとエサイアスのすぐ傍に近づいた。


「随分用意がいいな」

「あの(・・)エングルフィルドが友好使節団を送って来ると聞いて、裏があると思い探った次第です」


 バイナモとエサイアスは紙面に目を走らせると、其処に記されていた不穏な内容を見て表情を険しくさせた。

 穀物や酒類、保存食がじわじわ値上がりしていること。スコールズ商会というエングルフィルド国内最大手の商会が武器を買い集めていること。エングルフィルドと同じ人間至上主義思想を掲げるセルザム、アディンセル、イングラム、スクワイアの四か国が頻繁に文書をやり取りしていることなど、どれもこれもキナ臭い。


「成程。奴等め、本気で戦をおっぱじめるつもりじゃったか」


 例になく低い声で言ったのはバイナモだ。


「此方は現在魔王が不在。しかも彼方には【滅魔】がいる。このタイミングを、エングルフィルドは千載一遇の勝機と見て動いたのでしょう。もし謁見の間の事件後、勢いで開戦していたら今頃はかなり危うい状況だったかもしれません」


サラストスは強い。魔人個々の力に加えて、豊富な資源による潤沢な糧食や武器、果ては戦闘用の魔道具まで完備されている。その上、人間の国で最も強大なヴァイゲル帝国と同盟を結んでいるのだ。常ならばエングルフィルド側に勝機は無い。

しかし【滅魔】が存在するとなると話は大きく変わってくる。


「結果論とは言え、姫が“穏便に”と望んだのが功を奏したわけか」

「バイナモよ、何より姫様が九死に一生を得た点も忘れてはならんぞ。姫様が死んどったら今頃は戦争一直線じゃ。とんでもない魔法を使う【滅魔】が待ち構えていようともな」


 ラーファエルは思案するように視線を落とした。


「そういえば、一年ほど前エングルフィルドに“聖女”が現れたという情報が上がってきました。彼らの言う“聖女”とは高度な治癒魔法や光魔法を使える程度でそれほど脅威もないため注視していませんでしたが、もしかするとその“聖女”が【滅魔】の力を持っているのかもしれませんね」

「もしか、ではなく確実にソレじゃろ」

「おいエサイアス、証拠も揃っとらんのに結論を出すな。ラーファエルよ、ウィルフレッドとかいうエングルフィルドの子倅は、その“聖女”だの【滅魔】だのについて何も言っとらんかったのか?」

「“聖女”については知己ではないかという程度で、【滅魔】の件は初耳だそうです。事情聴取には虚偽や隠蔽を防ぐ魔道具を使っているので、彼は本当に何も知らされていなかったのでしょう」

「…まあそりゃそうじゃろ。それにしても、一国の王子だというのに一人蚊帳の外とは…哀れなことじゃな…」


 エサイアスの憐憫を含んだ声に、バイナモもまた表情を暗くする。


「ラーファエルよ、あの小童はどうするつもりじゃ。国外追放と取り込むのと、意見が分かれておったろう」

「取り込みます。エングルフィルドに対する備えは一つでも多い方が良い。追放すれば十中八九エングルフィルドに消されるでしょうが、それを此方のせいにされても困りますから」

「ならば、当初の予定通り【隷属の契約】を結ぶことになるか。姫は…あの様子じゃと嫌がりそうじゃな」

「こればかりは飲んで頂く他ありませんね」


 ラーファエルはあっさりと言い切ると、対面のエサイアスに視線を向けた。


「ということで、エサイアス様。またしてもご依頼する事になり誠に恐縮でございますが」

「ファッ!?」

「詳細は此方に。二重契約を弾く術式も重ねてお願い致しますね」


 エサイアスは、ラーファエルが差し出した一枚の紙を見て「ひえっ」と小さな悲鳴を上げた。A4ほどの大きさの紙にずらりと書き連ねられた契約条件と魔法構造は、エサイアスの酔いを冷ますに十分な威力があったようだ。

 一方バイナモは、思案顔で腕を組んでいる。


「のうラーファエルよ。その、契約主は誰になるんじゃ?姫か?」

「私の予定ですが」

「それ、ワシでも良いか?」

「…構いませんが…」


 珍しく歯切れの悪いラーファエルの返答に、バイナモもまた微妙な表情になる。


「エングルフィルドは好かんが、あの小童に罪は無かろう。それに、人間嫌いのお主に任せるのは…」

「公私は分けているつもりですが」

「儂はバイナモに賛成じゃ」


 エサイアスが横合いから口を挟んだ。


「お主が私情に奔るとは思わんが、気分が良いものでもあるまい。それに、あの王子はいくら落ち着いて見えてもまだ“子ども”じゃ、城に留め置かれ好奇の目に晒されるよりも、バイナモに付いてあちこち見て回る方が楽しかろうて」

「そうそう。ワシは妻も子も居らん気楽な身。丁度、身の回りの世話をしてくれる気の利く者が欲しかったところでもある。それに、姫を斬った痴れ者を糾弾したというのも気に入った」


 楽し気に話す老人二人に対して、ラーファエルの表情は渋い。


「…彼については、当面は“生死不明”とするつもりだったのですが」


 バイナモは、その仕事柄非常に顔が広い。サラストス国内で魔物が出れば軍を率いて征伐に行くし、国境で小競り合いが起きぬよう見回る事もある。広い領土のあちこちに行き、国を脅かすような敵が現れぬよう常に目を光らせるのが彼の役割だ。そのためバイナモは各地の領主からの信が厚く、市井の民からも非常に人気がある。

 その彼に付き従えば、否応なく国内外からの注目を浴びる。存在を隠蔽するには手間がかかる。


「名を変えれば良かろう。ついでに角を付けた帽子でも被らせておけば“外”にはばれんわい」

「そうじゃな。どうせ奴らめ、わざわざ生死確認なんぞせずともとっくに死んでいると考えとるじゃろう。姫様がまさか治癒魔法を使って命を救ったなど、夢にも思うまいて」


 別人に仕立てるにしてもそれなりの根回しや手続きは必要なのだが、そのあたりの面倒は此方に被れということなのだろう。

この2人には借りも恩もある。ラーファエルは仕方なしに結論を出した。


「…分かりました。では、そのように準備致します」

「うむ。よろしく頼むぞ!」

「そうなると、契約書の形式を…そうじゃな、念には念を入れて新旧両方の名で締結できるよう作るか。ぬう、また難易度が上がったぞ」

「ほー、そのような便利な形に作れるんじゃな。ワシはまたどちらかの名に決めるか、二枚使うのかと思ったが」

「阿呆。服従ならまだしも隷属は拘束力が凄まじいんじゃ、重複して誤作動したらどうする」

「ワシのような門外漢に分かるわけが無かろうが。それより効力は変わらんのだろうな」

「儂が手ずから作るんじゃ、当然じゃろ。その辺の奴隷商人が使う二級品とはモノが違うわ」

「では、バイナモ様が契約主、被契約者がウィルフレッド王子ということで準備を致しましょう。エサイアス様、お手数をおかけいたしますが何卒よろしくお願い致します」


 ラーファエルは、二人の老人による不毛な口論が再び始まりそうな気配を感じてすかさず言葉を挟んだ。


「あの子倅は、いずれ姫と面会はさせるのか?それともこのままワシが連れて行く方が良いか」

「…彼がバイナモ様付きになるのでしたら、今後の為にも一度直接会って話しておいた方が良いかもしれませんね」

「その時は同席するぞ」

「かしこまりました。エサイアス様はどうされますか?」

「儂は遠慮しておくわい。何せ時間が無くてのう…どこかの暇人と違ってな」

「喧嘩なら買い取るぞ!」

「儂は誰とは言っておらぬぞ。心当たりでもあったのか?ん?」

「このクソジジイめ!」

「ヒヒヒ、ジジイはお互いさまじゃろうが!」


結局始まってしまった下らない言い争いに、ラーファエルはとうとう匙を投げた。


「お二人とも。私は仕事に戻りますので、あまり遅くならないうちにお帰り下さいね。もしお疲れなら奥の部屋でお休みになっても構いませんので──」

「年寄りだと馬鹿にするでないぞ!これくらい何でもないわ!」

「そうじゃそうじゃ!儂はちゃんと一人で帰れるんじゃ!」

「…頼みますよ」


ラーファエルは溜息交じりにそれだけ言うと、二人の重鎮を置いて部屋から一人退出する。

その時、彼は一瞬窓の外に視線を向けたのだが、そのあまりにもさり気無い動きに酔いが回った二人が違和感を抱くことはなく、故に彼の目に仄かな緊張が帯びたのにも気付くこともなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ