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天涯のレグナム  作者: 原一平
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1章-7 鍛錬とお菓子


 東塔にあるだだっ広い円形の訓練場の隅、僅かばかり日陰になっているところで、私は地面に仰向けに転がってぜいぜいと喘いでいた。疲労困憊で、もう座る力さえ沸いてこない。

 つい先ほどまで私は、全力で身体強化をした状態でヨウシア先生と模擬試合を行っていた。時間にすると10分超。体力も魔力も限界がきたので一旦休憩となったところだ。


 先日の魔力測定の後、私の訓練にはヨウシア先生の他ティルダ先生が加わることになった。


 訓練時間は午後の約2時間。

 これまでは体力づくりが主だったのだが、新たに魔法の基礎訓練も追加された。

訓練場を10周走った後、素振りや、組み手、身体強化の基礎訓練、体内の魔力操作、基本属性の初級魔法の発動練習などを、1時間半みっちり行う。

そして後半残り30分が、現在行っている実戦を想定した模擬試合だ。

私は、つい最近魔法を使うようになったばかりの、言ってみれば超初心者である。しかも、約1年近く引きこもり生活を続けていた上に、1ヶ月寝たきりという体力的にも最下層の、しかも女子。しかし先生達はそんな事など全くお構いなしに、疲れてヘロヘロになった私に次から次へと要求してくる。


「ヴィルヘルミーナ様、休憩中も体内にある魔力は滞りなく循環させてください」


 酸欠状態で集中力が途切れかけた瞬間、ティルダ先生の平坦な声が頭の上から降ってきた。

 私はひいひい言いながら体内の魔力を必死に動かす。といっても、力のほとんどを使い切っている状態なので操作するのも一苦労なのだが、ここでティルダ先生に「できない」と言っても通じないのはもう十分理解している。

 少しでも楽な姿勢を取ろうとすると、それを見計らっていたようにヨウシア先生の声が飛んできた。


「剣から手を放さないでください?」


 先ほどまで延々と打ち合いをしていたはずなのに、いつものことながらヨウシア先生の額には汗一つ見えない。白い髪はサラサラと風になびいており、黒いフロックコートには砂粒一つついていない。黒い革靴の先までピカピカだ。

此方は頭の先から足の先まで砂だらけ汗まみれな上、声一つ出せないほど疲れ切っているというのに。

端的に言って、きつい。

非常にキツイ。


「ハイ休憩終わりです構えて」

「よ…ヨウシア先生っ、足が動きません!」

「声が出るなら大丈夫です。はい、身体強化」

「ティルダ先生ぇぇぇぇ…!」


 泣ける。泣くと余計に疲れるから泣けないけれど。

 訓練場の周りをぐるりと囲む外回廊に目を遣ると、騎士や兵士らしき服装をした人達がチラチラと伺っているのが見えた。

 この訓練場を利用するようになってから、こうした人達をたまに見かけるようになった。当初私に向けられる視線はあまり良い雰囲気ではなかったが、何故か今では見物人の大半から同情的な空気が漂っているような気がする。それはそれでどうかと思うものの、関わっている余裕は全くないので今のところ無視状態だ。


「ヴィルヘルミーナ様、身体強化」

「ほらほら~、あと15分ですよ~。頑張りましょう~」


 私は震える膝に力を入れて何とか立ちあがり、もう一度身体強化を発動させる。少しでも気を抜くと、右手から刀が滑り落ちそうだ。


「準備は宜しいですね、では今度は私から」

「ちょ、ま」


 私が返事をする間も無く、ティルダ先生が右手に風の塊を出現させた。直撃すれば吹っ飛ばされて怪我を負うのは必至である。


「はい、走って」

「ひぃぃぃっ!」


 ティルダ先生に言われるまま走り出すと、ぱしゅん、ぱしゅん、と空気を弾くような音が聞こえて元の砂が舞い上がった。


「ヴィルヘルミーナ様~、刀は鞘に入れる時以外はなるべく両手で持って下さ~い」


 遠くからヨウシア先生の声が聞こえてくる。抜身の刀を右手で持ったまま走るのはバランスも悪いし、何より物凄く格好悪い。しかし、鞘に仕舞いたくても風の弾が次から次へと襲ってきて隙が無いのだ。


「うわああああん!無理ですごめんなさぃぃぃぃ!」


 残り15分。

どうしようもなくなった私はとうとう刀を放り投げて、半泣き状態で訓練場を逃げ回った。



 訓練が終わると、私はティルダ先生の監督のもと、治癒魔法を使って自身の身体の傷を治療する。これも魔法の練習の一環だ。

 最初の頃は魔力の量を調整するのにだいぶ苦労したが、何度も繰り返すうちに少しずつコツが掴めてきたように思う。

訓練初日、小さな擦過傷を治すのに魔力を使い過ぎて極度の魔力枯渇状態になり、吐き気と頭痛と目眩で苦しんだ挙句“魔力回復茶”を口に突っ込まれたのは未だにトラウマだ。


 魔力回復茶とは、魔力を少量回復させることができる飲み物だ。サラストスではごく一般的なもので、街の薬屋や雑貨屋などで気軽に購入できるという。密閉瓶に入れておくと保存も効くので、用心の為に常備している人も多いらしい。

 それだけ聞くとこの魔力回復茶は非常に良いもののように思えるのだが、ただ一つ、どうしようもない大きな欠点がある。

兎に角、不味いのだ。

口に含むと、独特の生臭さと青臭さと苦みが一気に押し寄せる。しかも粘度があるので口の中に残るのだ。その上、正体不明の細かな粒入りでのど越しも最悪。そして何故か後味がほんのり甘い謎。

初めて飲んだ時に天に向かって逆噴射したことは、二度と思い出したくない。


さて、治癒魔法での治療が済むと、次は反省会だ。

まず、イルマタルと共に訓練場に併設してあるシャワールームのようなところに行って、汗と汚れを洗い流し、身だしなみを整えてサラストス式の略装に着替える。この略装とは言葉どおりの意味ではなく、略式礼装の方だ。衣の裾は足首が隠れるほど長いし、ゆったりと広がった袖口にはしっかりとした刺繍が縫い付けられている。装飾品の類は無いものの、衣自体が立派なのでなかなかの重量感だ。疲労困憊の体にこの衣服はかなりの負担だが、これも“疲れや痛みを表に出さない”という訓練の一種らしいので仕方ない。


反省会は、訓練場に隣接した貴賓室で行われる。私は、少し踵の高い靴が床に引っ掛かりそうになるのを誤魔化しながら回廊を進み、ようやくのことで先生達が待つ部屋の前までやって来た。

 イルマタルが扉を開けると、笑顔のヨウシア先生と無表情のティルダ先生がソファで待ち構えていた。


「お疲れ様でした~」

「本日も、大変よく頑張っておられましたね」

「ありがとうございます」


 私は一礼して、先生達の前の席にゆっくりと腰を下ろす。一瞬ふくらはぎのあたりがつりそうになったが、勿論表情に出してはいけない。


「ヴィルヘルミーナ様はこの短期間で随分と上達しましたねぇ。日々の基礎練習を真面目に取り組んでいる成果でしょう、この調子で頑張りましょうね~」

「ありがとうございます、がんばります」

「それにしても、ヴィルヘルミーナ様は治癒魔法が使えるので気が楽で良いですねぇ」

「はい?」

「多少の大怪我も治せますから」


 ヨウシア先生のにこやかなお顔を見て思う──“多少”の“大怪我”とは一体。


「今後も治癒魔法をどんどん使って、練度を上げていきましょう」

「ヨウシア様。それでしたら今後は多少怪我をするくらいの方が良いでしょうか?なるべく傷を付けない方針でしたが…」

「そうですね。この調子でしたら、そろそろ痛みに慣れる練習を始めても…」

「え、ちょ、ヨウシア先生!?まだちょっと待ってください!心の準備が!」

「では明日から少し模擬試合時に使用する魔法の内容を変えてみる事に致します」

「よろしくお願いします。私もちょっと攻撃に力を入れてみますので」

「ひえっ…」


 私の主張も虚しく、明日からの訓練は地獄度増加決定のようだ。

 あまりの絶望感に、私は給仕係としてテーブルの傍に立っていたオリヴェルに目で助けを求めてみた。しかし、オリヴェルはぎこちない笑顔を貼り付けたまま決して私の方を見ようとしない。仕方がないので私のすぐ横に立つイルマタルに視線を向けたら、思いっきり目を逸らされた。

二人ともどうしたの。助けて。


「魔法については、ここから先は体に叩きこんで記憶し熟練度を上げていくだけです。今まで通り魔力操作を常時発動し続けていけば自ずと能力は上がりましょう。寝ながらでも魔力操作ができるようになれば一人前ですよ」

「は、はい」

「剣の方ですが、基礎練習は今後も変わりません。続ければ、体力は勝手についてきます。目標は全力で身体強化した状態で2時間戦い続けられること。戦術については座学を交えつつおいおい…といったところでしょうかねぇ」

「はい…」


 恐ろしく高い基準を設置されたような気もするが、これも力を付けるためと自分を納得させる事にする。

訓練は辛い。しかし、弱いままではまたいつ何時、エングルフィルドのあの事件のような目に遭うか分からない。先生方もそれを知っているからこそ厳しくして下さるのだろう。

身を守れるくらい強くなると決めたのは自分。始めた以上は、やるしかないのだ。

お茶でも飲んで気持ちを切り替えようとカップを取り上げた丁度その時、扉がノックされる音が聞こえてきた。

イルマタルが扉を開くと、馴染みのある声が聞こえてきた。


「お邪魔してもよろしいでしょうか?」


 やって来たのはエルネスティさんだった。手には大きなバスケットを抱えている。

 エルネスティさんは私や先生方と簡単な挨拶をした後、バスケットをイルマタルに預けて私達と同じくソファに腰を下ろした。


「エルネスティさん、今日はどうしたんです?」

「差し入れの焼き菓子を持ってきたんですよ。丁度お茶の時間ですし、皆さんで召し上がって頂けたらと思いまして」

「ええ!?本当ですか!?嬉しい!」


 まさかのサプライズに、私が思わず声を上げる。

 イルマタルは、受け取ったバスケットから早速菓子を取り出し、オリヴェルと共に準備を始めた。

 ケックシーと呼ばれるクッキーのような焼き菓子に、タルトに似たトルット。パウンドケーキそっくりの焼き菓子は、クィヴァカックだ。中には乾燥した果実がたっぷり入っていて、食べごたえがありそうだ。

 小皿に取り分けられたお菓子から、甘くて香ばしい匂いが漂ってくる。

早速トルットを一口食べみて、想像以上の美味しさに驚いた。

香ばしく焼いた木の実の軽い歯触りに、甘くてコクがあるのにしつこくない絶妙な味加減のフィリング。サクサクした生地の食感まで完璧である。

ここまで美味しい焼き菓子は、アディンセルでも食べたことが無い。


「どうです?」

「とっても美味しいです!香ばしくてサクサクしてこっちはふわふわしてて!」

「良かった。まだまだあるので、沢山召し上がって下さいね」


 ふふふ、と笑うエルネスティさんは、本日も淑女と見紛う美しさである。

 それにしても美味しいお菓子だ。一体どこの店のどんな人が作っているんだろう。部屋に常備してもらえないだろうか。イルマタルかオリヴェルに後で聞いてみよう──そんな事を考えながら黙々とお菓子を食べ進めていると、ヨウシア先生がしみじみ言った。


「エルネスティ殿は相変わらず料理上手ですねぇ」

「え?…こ、これ…全部、エルネスティさんが作ったんですか…」


 まさかの手作り、しかもエルネスティさんが。

私は目の前のケックシー(クッキー)をつまみ、まじまじと見つめた。味も、歯触りも、それから見栄えも。全てにおいて趣味の範囲をゆうに超えている。

 ティルダ先生が小声で「女子力…」と呟いた。どこかで聞いたセリフだ。


「ヴィルヘルミーナ様がとても頑張っていらっしゃるようでしたので、ささやかではありますが、応援のつもりで作ってきたんです」

「そうだったんですか。ありがとうございます、エルネスティさん。すごく嬉しいです」

「実は先ほど訓練の様子を拝見していたのですが、とても頑張っておられましたね。ヴィルヘルミーナ様は剣も魔法も扱い始めてからそれほど経っておりませんのに、初心者には見えませんでしたよ」


 手放しに褒められると、嬉しいと同時に何だか恥ずかしくなる。


「そ、それほどでも」

「いえいえ。本当に素晴らしかったですよ。この調子だと、オリヴェルとイルマタルの二人も追いつかれてしまいそうですね」

「はい。最近の姫様のご様子を見ていたら、うかうかしてられないなって」

「実は、僕達も自主練の時間を増やそうかと話をしていたところだったんです」


 エルネスティさんの話にオリヴェルとイルマタルが相槌を打つ──それはよくある穏やかな雑談だったはずなのだが、ヨウシア先生の一言で一気に風向きが変わった。


「それじゃあ折角だし、君達も一緒にやろうか~」

「は?」

「え?」


ヨウシア先生はカップを置くと、驚く二人ににっこり笑いかけた。


「一緒にやった方が効率が良いんですよね~。それに、一人から三人になればヴィルヘルミーナ様の治癒魔法の練習回数も3倍に増やせますし?」

「さんっ!?」

「さすがヨウシア様。それは良いお考えですね」

「ティルダ嬢も同意して下さいますか」

「ええ、勿論ですとも。私個人としても、そこの二人がどの程度魔法を使えるか予てより気になっておりましたのでね」


 すかさずティルダ先生が賛成を表明。それを見守るエルネスティさんはというと、大きな緑の瞳を期待でキラキラ輝かせている。止める気が無いのは一目瞭然だ。


「ヨウシア様もティルダも、本当に良いんですか?」

「ははは。むしろ大歓迎ですとも~」


 イルマタルとオリヴェルの意見などお構いなしに、先生方とエルネスティさんは話をどんどん先に進めて行く。


「ラーファエル様には私からお伝えしておきますね」


 そうして、オリヴェルとイルマタルの訓練参加はあっという間に決定となった。


 一度も本人達に意志確認をしていなかったが大丈夫なのかと心配になり二人の様子を窺うと、私の予想とは裏腹に、何故か嬉しそうな雰囲気を漂わせている。


 後で知ったことだが、ヨウシア先生もティルダ先生もその道では国内で知らない者がいない程の有名人であり、しかも誰かに教えるということを滅多にしない方達だそうなのだ。私の指南役になってくれたのは、次期魔王という肩書もさることながら、ラーファエルさんやエルネスティさんのコネがあったから。つまり、それくらい教わるのが難しい方達から訓練の誘いを受けるのは、非常に有り難いことであり名誉でもある、とか。

そういうわけで、オリヴェルもイルマタルも、内心で大喜びしていたのである。




「本当に得難い機会を得られました!姫様のお蔭です!」

「ありがとうございます姫様!」


 自室に戻って早々、二人から感謝の言葉を貰った私は、自分の心配が杞憂に終わってホッと息を吐いた。


「喜んでくれたのなら良かった。二人の負担になっちゃったらどうしようって心配してたのよ」


 喜ぶ二人につられて、私も思わず笑みをこぼす。


「それにしても、まさか僕達が姫様と一緒に教えてもらえるなんて思ってもみませんでした」

「私もよ。てっきり一人でやるものだとばかり思っていたもの。でも、確かにみんなで教わった方が効率的よね」


思えば、この世界に生まれてから13年。ヴィルヘルミーナとして生きたこれまでの人生で、同年代の子どもと一緒に何かに取り組むのはこれが初めてになる。私はもう一人ではない。これからは、だだっ広い訓練場を一人ぼっちで走ることもなくなるのだ。


「二人が一緒で嬉しいわ。頑張ろうね!」

「はい!」

「よろしくお願いします!」


 私達の明るい声が部屋に響き渡る。



 この時の私は、三人一緒に何かに取り組める嬉しさで胸が一杯だったし、イルマタルとオリヴェルは高名な先生方の教えを受けられる期待に目を輝かせていた。


 まさか翌日の訓練で、その明るい気持ちが一気に地獄に叩き落とされることになるとも知らず…。


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