9.ポーションはご入用ですか?
フェリックスの様態悪化から数行書き換えました。
すみません。
とりあえず、一旦落ち着こう。
大丈夫。事態はそれほど悪くない。
話せば分かる。
そう。話せば分かるはずだ。
「霽月。威嚇を止めて! 私、何もされていないから。手違いで木の実潰しちゃっただけだから!
騎士さんも剣を下ろして下さい。その魔獣は私の友達なんで、危険はありません!」
腹式呼吸を最大限活用し大声で訴えたが、睨み合うのに忙しい一人と一匹には私の言葉は届かなかった。
「アゼリアを返せ。さもなくば殺すぞ」
「ちょっ! 霽月!!」
何、事態を悪化させるような事言ってんの!?
「簡単に殺されてやるつもりはないぞ」
黒髪の騎士さんも、何で迎え撃つ感じになってんの!?
どうしよう。
どうすればこの場を治められる?
何かいい方法はないかな。
何か……。
『結局、最後にものをいうのは金と暴力。一発ドカンとかましちゃえ』
ああ、リッカ母さん。
余計な事を囁かないで!
記憶の箱からぽろっと零れた母の言葉を振り払うように、両手で頭を挟み左右に振ると、頭に触れる硬質な感触に気付き、左手を見た。
「指輪……」
あれ?
霽月って召還獣だよね。
今まで一度も命令をした事がなかったから忘れていたけど、指輪に登録されている人間には絶対服従だったはず。
「えっと、我がアゼリアの名において命ずる。霽月、お座り!」
霽月は身体を硬直させると、すぐさまその場に犬座りをした。
意にそぐわない行動を強制的に取らされた所為かギラギラした目でこちらを見ているが、無視して黒髪の騎士の眼前に回り込むと、もう一度命令を出す。
「霽月。伏せ!」
命令に従い地面に伏せる姿を見て、漸く騎士の青い瞳が私へ向けられた。
「霽げ…あの魔獣は私に絶対服従です。危険はありません」
私の言葉を疑っているのか、黒髪の騎士は剣を納めようとはせず、険しい表情で私を見下ろしている。
端正な顔の無言の圧に負けないように踏ん張り、見上げていると、騎士が口を開いた。
「お前は魔獣使いなのか?」
「違います。さっきも言いましたが、私は商人です」
正確には鍛冶師兼、商人兼、カフェのマスターだけど。
「商人があれほどの魔獣を……」
黒髪の騎士さん。
余程気になるのか、不本意そうに伏せている霽月をガン見している。
「そんな事より、ポーションはご入り用ではないですか? 必要ないようでしたら魔獣共々立ち去りますけど?」
ポーションと言う言葉にハッとした黒髪の騎士は素早く剣を納めると、私の両肩を掴んだ。
「ポーションを持っているのか?」
「ええ。商人ですから売る程あります」
「特級はあるか? 幾つ持っている?」
「特級ならこれほど」
両手を広げて見せると「十本も」と驚かれたが、正しくは二十四本入りが十箱だったりする。
「すまないが、今直ぐそれを分けてくれないか」
「お売りするのは構いませんが、所持金は幾らお持ちですか?」
黒髪の騎士は苦い顔で目を伏せた。
「荷物はダンジョンに置いてきてしまったので、正直、持ち合わせはない」
「そうですか、それなら……」
「だが、国に帰ったら必ず返す。ヴァーレーン家の名にかけて約束する!」
必死の形相で私の両肩を掴む黒髪の騎士さん。
ああ、そんな「困っています。助けて下さい」って目で見ないで。
ノーと言える商人の称号を頂けていない私には辛い……。
『アゼリアちゃん。貴族と口約束なんてしちゃ駄目よ。あいつら平気で踏み倒すから。お前の所の商品を高貴な血筋である我が○○家が使ってやったんだ。ありがたく思え。なんてふざけた事ぬかすから。ね?』
再び記憶の箱から零れたリッカ母さんの言葉に、負けてしまいそうな心が持ち直した。
私は商人。
相手の身形が良かろうが、役職がなんであろうが、美形だろうが、困っていようが関係ない。
絶対に口約束での取引はしません。
心の中で何度も言い聞かせ、肩から騎士さんの手を剥がした、
「家名に誓うというのであれば、契約魔法書にサインして下さい」
「契約魔法書だと?」
「私は商人です。信頼も実績も無い相手と口約束での取引はしません」
ジッと見詰める騎士さん。
平民の小娘が生意気な! とか思っていたりするのかな?
「……確かに。初対面の人間を信じろと言う方が無理があるな」
穿った目で見てすみません。
納得して下さってありがとうございます。
「分かった。サインをしよう」
契約書を求めるように騎士が手を差し出したところで、結界魔法の中から人が飛び出してきた。
「ヴァーレーン騎士団長! 大変です。王子が!」
「フェリックス様がどうした!」
「意識がもう……」
「治癒魔法で暫くは持つという話ではなかったのか!?」
「その……急激に悪化されて……」
「意識不明になってしまっては、特級など無意味ではないか!」
希望を断たれたと、絶望に表情を歪める二人の騎士。
何故そこまで悲壮な顔をしているのか。
スーパーメガポーションを使えば治せるのに。
「あの……」
「何だ!」
「私、スーパーメガポーション持っていますよ」
「何?」
「お値段しますけど、確実に治りますよ」
「治る……だと?」
「はい」
何だろう。
黒髪の騎士さんの顔が険しくなった。
「意識不明でも治せる治療薬があるのか?」
「え?…はい。ありますけど……」
あれ? ヴァシェーヌ国にはないの? 商業で有名なのに?
「本当に治るんだな?」
「はい。呼吸さえしていれば、どんな状態でも治ります」
私の言葉に黒髪の騎士は再び肩を掴んだ。
そして、言葉に偽りがないかを確認するように、前後に揺すぶった。
「本当に! 本当に治るんだな!」
「はっ、はっはい!」
「嘘であったなら神に誓って許さんぞ!」
「こっ、この世界いぃの、すっ全てっの神ぃに誓ってぇ、絶対です!」
ガクガクと揺さぶられながら答えると、騎士はハッとして、掴んでいた肩を慌てて放した。
「乱暴にしてすまない」
「い、いえ」
「契約魔法書でも何でもサインをする。だから、今直ぐそのポーションを分けてくれ。こんな所であの方を死なせる訳にはいかないんだ。頼む!」
必死な様子に契約書も何もかもをすっ飛ばして、直ぐにでもポーションを渡してあげたくなるが、売り手であるマルマール様からの販売条件を無視する訳にはいかない。
相手が国に近ければ近いほどに。
「三百億クレです」
「何?」
「スーパーメガポーションの値段です」
黒髪の騎士は無言となった。
それもそのはず。貴族にとっても決して安くない金額だ。
安くはないが、払えない金額でもない。
まして、負傷者が王族であれば国が金を出すはずだから、それほど無茶な金額ではない。
「分かった。その額で買い取ろう。契約魔法書を見せてくれ」
「分かりました」
私はトランクを下ろし、ダイヤルを倉庫に合わせると頭を中に突っ込み、棚からポーションの瓶と引き出しから書類を取り出し、振り返ると、黒髪の騎士は酷く驚いた顔をしていた。
「それはマジックボックスなのか?」
持って生まれた特殊技能である異空間収納とは全然違うが、説明が面倒なので曖昧に笑っておく。
「契約魔法書です。読んで内容に同意できましたら、サインをお願いします」
黒髪の騎士は差し出した契約書に一通り目を通すと、眉根を寄せた。
「どういう事だ?」
「どうとは?」
「奴隷になると書いてある」
「はい。借金返済がなされるまでは私の奴隷となって頂きます」
「……」
「奴隷と言っても強制労働などは一切させません。ただ、胸に奴隷紋が刻まれるだけで……」
誇り高い貴族がその身に奴隷紋が刻まれるのは、耐え難い苦痛だと聞いている。
だからこそ「それを消したければ、一日でも早く金を返せ」と言うマルマール様からの無言の催促だったりする。
「服を着て入れば、人目に付く事もありませんし……」
「分かった。その代わり条件を付け加えて欲しい」
「条件ですか?」
「ああ。そのスーパーメガポーションと言うのが、本当に効くか分からない状態で三百億で買う。支払が完済できるまで奴隷となる。なんて書類にサインはできない」
それもそうか。
「だから、一本三百億クレの値段で二本買う。一本は実験用として無料とし、そちらが言っていた効果が認められない場合は契約自体を無効とする。但し効果が認められた時には二本分の六百億クレを支払う。そう付け加えてくれ」
今言われた内容を契約魔法書に加えると、それを黒髪の騎士さんに渡した。
騎士さんは内容を確認すると剣で人差し指に傷を付け、血でサインをした。
奴隷云々がある為、私も剣を借りて人差し指に傷を付け、サインをした。
お互いの契約書に名前が浮かび上がる。
レオナルド・フォン・ヴァーレーン
名前を確認し、契約書から黒髪の騎士へ視線を移すと僅かに顔を歪め、歯を食い縛っていた。
きっと、胸に奴隷紋が刻まれているのだろう。
「レオナルド様。これを」
トランクから追加で取り出したスーパーメガポーションと合わせ、二本のポーションを差し出すとレオナルド様は私の手を取った。
「一緒に来てくれ」
「へ?」
身元の不確かな商人を負傷者だらけの結界内に入れても大丈夫なのだろうか?
そんな疑問を胸に、引き摺られるようにして結界へ向かった。
スーパーメガポーションの値段をどうしようかと、かなり悩みました。
某企業など100億円をぽーんとプレゼントしたりしますし……
貴族や王族なら命の値段として300億円くらい出すよね? て、感じでこの値段にしました。
とりあえず、漸く1人目の奴隷が出せました。




