8.旅立ち-3-
何度か読み直してから投稿しているのですが、UPしてから文字が消えている箇所を見つけましたので、修正しました。
お皿を片付けトランクを背負うと霽月の背によじ登る。
ふわふわの毛を両手に掴むと、声高らかに号令をかけた。
「改めて、出発!」
先程の失敗を反省してか霽月は急発進はせず、徐々に速度を上げるようにして走り出した。
頬を撫でる風が気持ちいい。
草木の香りが心地いい。
流れる景色が目に楽しい。
なんて、森林浴を楽しんでいると、木の枝にぶつかりそうになった。
うん。気を抜いては駄目ね。
優しいとは言え、人の走る速度の何倍もの速さで走っているのだから。
少々太めの枝に当ろうものなら、首がもげかねない。
真剣に霽月の背にしがみ付いておかねば。
霽月のふわふわの毛に顔をくすぐられ、嬉しさとこそばゆさを耐えていると、あっという間にルーベル国の領土である森を抜け隣国ヴァシェーヌへと入った。
風に葉を揺らし、さざめく高原を颯爽と駆ける霽月。
木の枝に注意する必要がなくなり、鼻歌を歌い始めた私に唐突に質問をした。
「ところでアゼリアよ。ヴァシェーヌに何用があるのだ?」
「んーー。特に用は無いんだけど……」
首都方面へ向かえば、いずれアイツと遭遇する危険がある。
それを回避する為に真逆に位置するヴァシェーヌ国を選んだだけなんだよね。
「なら、何しに行くのだ?」
「んーー。それも特には決めていないんだけど……」
とりあえず、村を出る事しか考えていなかったからな……。
「何なのだ、それは?」
「んーー……」
向こうに着いたら、三日間くらい観光しながら考えようと思っていたんだけど……。
うーん。
ヴァシェーヌかぁ。
ヴァシェーヌは商業で有名な国だからな。
マルマール様の魔道具や私の作った武器や防具もギルドで引き取って貰えるだろうし、それを元手に暫く旅行?
いや、それよりも期間限定で店を出そうか?
店はあるから、土地だけ借りられれば直ぐにでも始められるし。
サクリ村と違って、ヴァシェーヌなら鍛冶屋の需要もあるだろうし、蔵に眠ったままだった私の作品が日の目を見るチャンスかも。
そう考えたら、ちょっと楽しくなってきた。
うへへっ。うへへっ――と、妙な笑いを浮かべたからか、霽月が足を止めた。
「霽月。ごめんね。背中の上で変な……」
「アゼリア。血の臭いだ」
「血?」
「ああ。人間の血だ。それも一人や二人なんてものではないぞ」
「何処から?」
霽月が鼻で指し示したのは、草原の遠く先。風上に位置する森だった。
「どうする? ヴァシェーヌに行くなら、森を突っ切る方が早いが、面倒を避けるなら森を迂回して向かうぞ」
「臭いって人間だけ? 魔物の臭いは?」
「魔物の血の臭いもするが、多くはない。戦っている最中か、追っ払ったのかは分からん」
魔物が居ても居なくても、血を流している人が居る。
ならば。
「行こう。霽月」
その言葉を待っていたとばかりに、霽月は駆け出した。
旅支度として、マルマール様の魔道具を幾つか身に着けておいた。
それらを使えばA級の魔物であっても追い払う事ができるが、A級が複数や特異固体が相手なら、正直自信がない。
これまで何度も魔物と遭遇し、撃退した経験があるが、それはリッカ母さんかマルマール様が側に居たからこそできた事だ。
一人で何処までできるか。
そんな私の不安に気付いたのか、霽月は鼻を鳴らした。
「安心しろ。アゼリア。ドラゴンだろうが何だろうが、我が蹴散らしてやる」
何て心強い言葉。
霽月カッコいい。
「ありがとう。期待している」
高原を駆け抜け、森へ入った途端に霽月は足を止め、周囲を窺った。
「どうかしたの?」
「うぬ。高原からでは距離があり、森のいたる所に魔物の気配があった為に分かり辛かったが、この森に我を楽しませる魔物はおらぬぞ」
「なら、安全?」
「残念ながらな」
つまらんと言わんばかりに霽月は鼻を鳴らした。
「それともうひとつ。血に混じって臓物の臭いがする」
「それって……」
「腹を引き裂かれたか、真っ二つにでもされたのだろう」
現場はかなり酷い状態らしい。
「手遅れにならないように、急いで。霽月」
私の頼みに応えるように薄暗い森を颯爽と駆け抜ける霽月。
私は振り落とされないようにと、重心を低くし必死にしがみ付く。
顔を伏せている為、景色を確認する事もできず、どれ程の距離を走ったのか。
不意に霽月は足を止めた。
「気配を絶っているとはいえ、これ以上近付けば我の存在に気付くが、どうする?」
霽月のような大型の魔獣は居るだけで回りに影響を与えてしまう。
危険探知能力の高い動物は森から逃げ出し、探知能力が低い魔物であっても警戒から神経を尖らせる。
静か過ぎる森と緊張が漂う空気。
そういった森の変化で大型の魔獣が居る事に人間は気付く。
通常ならまだしも、魔物に襲われ負傷している状態で霽月に気付いたなら混乱状態になるかもしれない。
いきなり攻撃を受けるなんて事になったら、助けるどころではなくなってしまう。
「霽月はここで待機してて。私一人で見て来る」
「大丈夫か?」
「かくれんぼ得意だから大丈夫」
カフェ常連三強のおじさんズと、母とマルマール様には勝てた事がないけどね。
あんな恐怖レベルの人間がそうそういるとは思えない。
「もし何かあったら…えっと……」
周りを見渡し、落ちていた小石程度の大きさの木の実を拾い上げ、霽月の鼻先に近付けた。
「これを握り潰すから、助けに来てね」
そうお願いして、私は一人で先に進んだ。
気配を絶ち、獣道を駆けて行く。
進めば進ほどに人の気配の塊を感じる。
嗅覚の鈍い人間でもはっきりと血の臭いを認識出来る距離まで近付き、足を止めた。
ここからは物音一つ立てずに行かねば。
負傷者が善人とは限らないから。
山賊や、ならず者の集まりなら問答無用で斬りかかって来る可能性が高いし、斬りかかって来なかったとしても、女である私によからぬ事をしようとするかもしれない。
直ぐに霽月が助けに来てくれるとはいえ、胸糞悪い思いなどしないに限る。
猫のような忍び足で距離を詰めて行くと、結界魔法の光りが見えるところまで来た。
結界魔法に触れないギリギリの距離まで近寄ると、負傷者の服や防具に刻まれた紋章が視認できた。
鷹と王冠。ヴァシェーヌ国の正規騎士団だ。
ならば、声をかけても大丈夫だろうと、大きく息を吸い込む。
「其処で何をしている?」
背後から静かな低音に呼びかけられ、思わず息を詰めた。
居る訳がないと高を括っていたが……。
居たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
恐怖レベル居たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
嗅覚なのか聴覚なのか勘なのか、変態領域の人居たぁ!!
「何をしているのかと聞いている」
正直、振り返るのが恐いけど、無視する訳にもいかないし。
何よりポーションを必要としている人に早く届けたい。
「振り返りますよ」
手の中の木の実をそっと地面に下ろすと、敵対心がないという意思表示に両手を肩の高さに上げ、ゆっくりと振り返れば、黒髪の若き騎士の剣先は真っ直ぐに私を捉えていた。
「何者だ?」
「通りすがりの商人です」
「商人が何故こんな場所にいる?」
「それは……」
突風が吹いたかと錯覚するような圧に、黒髪の騎士は直ぐさま反転し、身構えた。
「貴様。アゼリアから離れろ」
牙を剥き出し威嚇する霽月に黒髪の騎士は勿論、結界内の人達全員の緊張が高まる。
何で来ちゃったの?
目で問うが、黒髪の騎士にガン飛ばしている霽月には伝わらず、足元を見れば木の実が潰れていた。
あれ?
振り返る時に踏んじゃった?
何やってんだ! 私ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
心の中で自分を叱りつつ、この場をどうするか。
ただそれだけを考えた。




