6.旅立ち-1-
ベルトが取り付けられたトランクを背負い、村の正門へ向かおうと踵を返すが、直ぐにその足を止めた。
いや、まずいでしょ。正門。
だって、リッカ母さんの発案で村の防護柵と正門が改善された際に矢倉と詰め所が作られ、常時見張り役が立っているし。
しかも、その見張り役の全員がカフェ【猫のしっぽ】の常連客で、私の姿が目に入るなり駆け寄って来る。今までそうだったので、今日もそうなる。絶対に。
そして、アゼリアちゃん、今日は良い天気だね。から始まり、婚約破棄への慰めの言葉がかけられ、トランク背負って何処行くの? と、続くだろう。
勿論本当の事など言えないので、ちょっと其処までと誤魔化すが、女の子一人じゃ危ないとかなんとかで、誰かが護衛役として付いてくる。
幾ら断っても【猫のしっぽ】常連三強のダンカ、ロラック、ザジさん辺りが付いてきてしまう!
……駄目だ。
あの三人に捕まったら振り切れる自信がない!!
何故なら、三人には物心付いた時からお世話になっていて、血の繋がりは一切ないが、親戚のおじさんレベルの距離感だ。こちらのクセや考え方を熟知されている。
そして、こんなド田舎で埋もれさせるのは勿体無いレベルの俊敏さと持久力と破壊力、そして狡猾さを持ち合わせた人達だ。
鬼ごっこ、かくれんぼなど、何処へ逃げようが隠れようが逃さないという執拗さに村の子供達が何人もトラウマを抱えたほどだ。
かく言う私も、何度となく悪夢にうなされた覚えがあったりする。
よし。ここは安心安全を取って、森からこっそり出て行こう。
そうと決まれば、祭り開催の為に、さっさと出発しなくっちゃ。
トランクを背負い直し、店……はもうないが、裏手に広がる森へ歩き出した。
鬱蒼と茂る広葉樹のカーテンに遮られ、太陽の光が僅かにしか届かない薄暗い森。
足場の悪い獣道を記憶を頼りに二キロは歩いただろうが、一向に目印に辿り着かない。
方向、間違えていないよね?
若干不安になりつつも、歩みを進めて行くが……。
噴出す汗。干上がる喉。
何故私は水筒を用意しておかなかったのか?
答えは、今まで一人で村から出た事がなかった、からである。
何処へ行くにも母かマルマール様が一緒だった為、必要なものは全て用意されていた。
だから、自分で用意するという当たり前の事が抜けていたのだ。
情けない。
まあ、家ごと持ち歩いているから何時でも何処でも何でも手に入るので、危機感が薄くなっていても仕方ないよね?
誰にともなく言い訳をし、トランクを下ろすと、ダイヤルをカフェに合わせ階段を下りて冷蔵庫に保管されている売り物のヤギ革製水筒を取り出した。
冷水を一口飲み、水筒を片手にぶら下げたまま戸棚からタオルを引っ張り出すと、汗を拭い、そのまま首に巻き付けてトランクの外に戻った。
冷水を飲みながら道なき道を進み一キロは歩いただろう。
漸く赤い布が巻きつけられた木が見えた。
村が魔物に襲われないようにと、マルマール様が施した結界の境界線を知らせる印だ。
安全なのはここまで。
ここから先は何に出くわすか分からない。
左手の薬指に嵌めた指輪型魔術具を確かめるように親指で擦り、結界の外へ出た。
守護の力から外れ、身体に緊張が走る。
今直ぐにでも友達を呼びたいところだが、見渡す限り木々が生い茂ったここでは呼べない。
何処か開けた場所はないものかと、更に進めば、魔物同士の戦いによってか、それとも人間との戦いでか、木々が無残になぎ倒され地面がむき出しとなっている場所があった。
ここならばと、指輪が嵌められた左手を翳し、呪文を唱え始めた。
言葉を紡ぐ程に地面に魔方陣が描かれ。複雑な術式が組みあがっていく。
呪文を違える事無く言い終えると、魔法陣は完全なものとなり金色に光り輝やいた。
「我がアゼリアの名の下に、いでよ霽月」
突風が起こり、目を細める。
光りと風が治まり目を開くと、魔方陣の中央に十メートル以上の大きさの狼に似た魔獣がいた。
「霽月~!」
犬座りのように座る灰色の巨体に勢いよく抱き付く。
久し振りのもふもふ感。堪らん。
「アゼリアか。久しいな」
マルマール様と従魔契約を結んでいる魔獣。霽月。
本来なら従魔は契約者である主の命令にしか従わないのだが、指輪に登録した者にも従うように契約をしてくれたお陰で母や私にも召還する事ができる。
その為、何処か遠くに出かける時には村から離れた場所で召還し、一緒に旅をしたものだが……。
二年前母が他界し、一人で素材採集へ出かける気になれず、疎遠になっていた。
「お前一人か? リッカやマルマールは一緒ではないのか?」
「……」
私の微妙な表情から何かを察したのか、霽月は話題を変えてくれた。
「それで今日はどうした? 滅ぼしたい一族でも現れたか?」
「なっ! そんな訳無いじゃない」
今まで物騒なお願いで召還した事ないのに、何故そういう発想になるのか。
「村を出て行く事になったから、道中護衛をお願いしたいだけだよ」
「村を?」
「うん。ちょっと色々あって……」
歯切れの悪い私の答えに霽月はふんと鼻を鳴らした。
「まあ、何でもいい。背に乗れ」
森を走りやすいようにと、身体を半分ほどに縮めた霽月は、私の前で身体を屈めた。
熊のような大きな背によじ登ると、巨体は一気に駆け出した。




