61.登場
「さっさと歩け」
背中を小突かれた反動で数歩歩くと、掴まれた腕を引っ張られ、更なる歩みを促された。
方向や歩数から来た時とは別の昇降機に乗せられたのが分かる。裏口直通なのだろうか?
そんな事を考えていると、目的の階に着いたらしく、腕を引っ張られた。
「入れ」
頭を押さえつけられ、何かに押し込まれた。
バタンと戸が閉められ、手で触れられるところを手あたり次第触ってみる。
全て同じ材質。おそらく木の箱だ。
想像していた罪人の連行とはだいぶ違うなぁ。などと、のんきな事を思っているとゴトリと箱が動き出した。小刻みに伝わる振動や蹄の音から荷馬車に積まれているのが分かる。
既にお尻が痛い。
屯所までどれくらいだろうか?
早く着くといいな。
そんな私の願いが叶ったのか、振動が止まった。
外で人の話し声が聞こえるので、引き渡しの手続きでもしているのだろうかと思いきや、再び振動が始まった。
お尻が痛い……。クッションが欲しい……。
魔法封じの手錠など鍛冶師の私なら、簡単に壊せる。
手錠を外してトランクからクッションを取り出そうか?
いや、お城の結界を壊した件でレオナルド様には多大なご迷惑をかけているのだ。手錠を壊して更なる迷惑をかけるのは申し訳ない。
もう少しだけ我慢しよう。
そう。もう少しだけ……。
己との勝負にいそしんでいると、潮の香が漂って来た。
少しすると海鳥の鳴き声や人の怒鳴り声が耳に届き、海に近い屯所なんだと分かる。
振動が止まり箱が左右に揺れた。外の音から人の手で運ばれているようだ。
目的地に着いたのか、箱が下ろされ、戸が開かれた。手の大きさや感触からさっきとは別の男が私の腕を引き、箱から出すとそのまま歩き出した。
吹き付ける潮風にゆらゆらと揺れる床。どうやら私は船にいるらしい。
でも、何で?
どんな罪人でも取り調べを受け、審議にかけられるはず。いきなり奴隷船に乗せられたりしないよね?
どうしよう。
逃げた方がいいのかな? 迎えを待つべきかな?
どうするかを決めかねていると、船内にある部屋へと入れられた。
料理の香ばしい残り香かある。食堂だろうか?
私の疑問に答えるように頭に被せられていた袋が取り外された。
「かなり強引な招待になり申し訳ありません」
目の前に現れたのは、市場に出かけた際に私に声をかけて来た商人、バハムさんだった。
頑丈を最優先にした質素なテーブルと椅子がいくつも並ぶ室内。その一番手前の席にバハムさんは悠然と座っている。港で見た時は何も思わなかったけど、こうしてみると、笑顔が胡散臭い。
「どういう事でしょうか? 私はギルドから屯所に連行されていたはずなんですけど。ここは屯所じゃないですよね?」
「ええ。ここは私が所有する商船です」
「何で貴方の商船なんかに居るんですかね?」
「まずは、おかけになって下さい」
「座る前に、この手錠を外して下さい」
バハムは胡散臭い笑みをそのままに、私を観察するように見つめると、首を振った。
「それはできません」
「何故です?」
「貴方の瞳に恐怖の色が無いからです。知らない場所に突然連れて来られたら、多少なりとも怯えるものです。ですが、貴方は怯えるどころか緊張すらしていない」
緊張は多少していますけどね。
「怯えずにすむ何かをお持ちなんでしょ?」
「さあ、どうでしょう? ただ単に鈍いだけかもしれませんよ」
バハムは微笑を深め。
「だとしても、やはり手錠は外せません」
そう言うと、再度席に着くようにと促した。
席に着く義理も義務もないので、手錠を壊して逃げてもいいのだが、何も分からないままでは気持ち悪い。
少しだけ話に付き合う事にし、席に着いた。
「そう言えばお客様を招いておきながらお茶も出していませんでしたね」
「お茶なんて要りません」
「まあ、そう言わず」
私をここまで連行してきた男にバハムが指示すると、直ぐに給仕係がやって来た。
「我が国原産のお茶とココナッツミルクをベースに作ったお菓子です」
目の前に置かれたのは紅茶とは違う香りの琥珀色のお茶と、黄色い団子状のお菓子だ。
異国の味に興味が無いと言ったら嘘になるが、食べる気にはなれない。
「どうしました? 毒なんて入っていませんよ?」
「知らない人から貰った物は、食べてはいけないと母に言われているんです」
「家の教えは大切ですが、一口飲んでみて下さい。胃腸によく効きますよ」
「胃腸は元気一杯なんで放っておいて下さい」
頑なにお茶に口付けようとしない私に対し、毒など入っていない事をアピールするかのように、バハムはお茶を啜りお菓子を口に運んで見せるが、全く食べる気にはなれない。
「それで、二つ目の質問に戻りますが、何で貴方の商船に居るんでしょうか?」
「先日は護衛に邪魔をされて、商談ができませんでしたでしょ? ですから、二人で話ができるように根回しをしたんです」
「根回し……?」
「懇意にしているギルドに我が国でインチキまがいの商品を高額で売りつけた女詐欺師を探していると、手配書を渡したんです」
何それ、酷い……。
そんな事されたら、ヴァシェーヌ国で商売ができなくなるじゃないの!
「何時もべったりと貴方に引っ付いている護衛をどう引き剥がすか。そこが問題だったのですが、思いのほか公爵令嬢がいい仕事をしてくれてよかったです」
「アラベラ様に私達の居場所を流していたのは貴方なんですか!?」
「途中からですけどね」
バハムは細い目を更に細くして、ニタリと笑った。
「我が国、ジャマール国の王位継承は少し変わっていましてね」
いきなり何の話だ?
「先王が引退もしくは死亡した時に、直系の男子の中で一番多くの財貨を持っている者が継ぐんです」
「その話が私に何の関係があるんですか?」
「まあまあ、話は最後まで聞いて下さい。私は六人兄弟の末なんです。分かりますか? 兄との年齢がひらけばひらく程に財貨を稼ぐ時間に差が出るんです」
「だから何です?」
「貴方の助けが必要なんです」
は?
「あの日。買値の十倍の金額でジャバから一本、貴方のポーションを購入したんです。調べてみたら上物の中級ポーションと同じ効果でした。にも拘らず、二千五百クレで売っていた」
「あれは猫愛好家割引しただけで、普段は十万クレで売っています」
と、言う設定。
「ポーション以外にも不思議なスライムも連れている」
「スライムなんか何処にでもいるじゃないですか」
「貴方が背負っているトランク。アイテムボックスじゃないんですよね? 貴方、出入りしていましたし」
「ただのトランク型の魔法具です」
「他にも何か隠し持っているんじゃないですか? 『黒髪の聖女』様?」
出た! 聖女様!
「私の髪の色、見えていますか?」
「薬剤か何かで染めているのでしょう? 岩場でスライムの中へ入る前は栗色だったのが、出た後は黒くなっていた。トランクの中に消えた後、再び髪色が栗色となっていた事から、貴方の地毛は黒なんでしょ?」
ポーションの売買だけでなく、岩場での事も見られてた……。
「黒髪の女性なんか、いくらでも居ますけど?」
「フェリックス殿下直属の第二騎士団団長自ら護衛についている黒髪の女性は一人だけです」
確かにそうだけど……。
「変な噂が独り歩きしているようですが、私はポーションを売っただけです」
「そのポーションが必要なんですよ」
「特級ポーションなんて、その辺で売っていますよ」
「特級ポーションでは瀕死の人間を助ける事はできませんよ」
「噂と違い、殿下の容体がそこまで深刻じゃなかったんです」
「おかしいですね。私がとある筋から聞いた話だと、三百億クレもするそのポーションは意識不明の重体を一瞬で治したそうなんですが……」
スーパーメガポーションに関しては緘口令が敷かれているのに、誰だ! 存在やら値段を流したのは!
「仮に物凄い効果のポーションがあったとして、殿下に売った時点でなくなったんじゃないですか」
「高額とはいえ、最後の一本を売ったりしますか? 私ならしません。自分の為に取っておきます。貴方がそれを売れたのは、まだいくつか持っているから。そうでしょ?」
質問というより確認に近い声音に、私は肩を竦めた。
「例え、とんでもないポーションをたくさん持っていたとしても、嘘の手配書をばらまいたり、拉致監禁するような人には売りませんけどね」
「買う気はないので構いません。そんな事をしなくても妻の財産は夫の財産となりますからね」
「……何のはなしですか?」
「我が国では婚姻が成立した時点で、女は男の所有物とみなされ、持ち物から何から夫の物となります」
「いや、何で貴方の国の婚姻のあり方について聞かされているのかって、聞いたつもりなんですけど?」
「何故って、私と貴方が結婚するからですよ」
は?
今、結婚って言った!?
「貴方に求婚された覚えもなければ、受け入れた覚えもありません。第一、私には婚約者います!」
正しくは、元だけど。
「貴方の意思など求めていませんし、婚約者が居ようが夫が居ようが関係ありません。気に入った女を連れ帰り婚姻の儀の席に座らせさえすれば、我が国では妻として認められます」
何て身勝手な結婚方法だ。
大体、形だけの結婚をしただけで、私の財産を奪えると本気で思っているのだろうか。
「ふざけないで下さい」
「ふざけていませんよ。他国の文化に多少抵抗感はあるでしょうが、大丈夫。直ぐに慣れます」
慣れる云々の前に逃げますけどね!
「それに、強情な者を従順にする手段は心得ています」
胡散臭い笑みに残忍な色が滲み、手段がどういうものかが安易に想像がついた。
もういい。
どこの誰で、目的が何かは分かった。
逃げよう。
そう決めた、次の瞬間。
背後で轟音が響いた。
何事かと振り返れば、蹴破られた食堂の扉が床に倒れ、長身の男性が入り口に立っていた。
均整のとれた体躯を持った精悍な美貌の男性は、けだるそうに食堂に入ると私に向かって手を振った。
「アーちゃん。迎えに来たよ~」
何処に隠れようが何処まで逃げようが、絶対に捕まえる。
楽しいはずのかくれんぼや鬼ごっこを恐ろしい修行に変えた、サクリ村三強の一人。
落としのザジさんの登場に、乾いた笑いしかでなかった。
61話となっていますが、正しくは59話。
53と56が抜けていると、先日気付きました。
何だがもう、数字も数えられなくなっているようです……( -_-)




