58.対峙①
大分間が空いてしまってすみません。
会社で急遽退職される方がいたので、その関係でバタバタしていました。
あと、飼い猫が体調不良でバタバタしていました。
今は問題なく元気に過ごしています。
ホテルを変えるにあたって「自分がどんな格好をしていてもアラベラ嬢に見破れ、追跡される恐れがある」とレオナルド様は私に言った。
通常、貴族令嬢が騎士を追跡するなど不可能に等しいが、市場やホテルを特定した情報網や行動力は侮れない。万が一を考え、レオナルド様はトランクに入って貰い、私が運ぶ事にし、トランクの事を知らないユエンさんとガロスさんには、レオナルド様一人だけ別のルートで向かうと説明した。
日が沈み薄暗くなった通りを煌々石入りの街灯が照らす頃。ゴミの回収業者に変装したユエンさんとガロスさんは成人男性が二人は余裕で入る箱型の手押し車を手にホテルの裏口から出て行く。
ユエンさんの手押し車には本物のゴミが入っているが、ガロスさんの手押し車には私が入っていたりする。
中を覗かれてもいいようにボロ切れを幾重にも被っているのだが、中々に息苦しい。そして、車輪から伝わる振動が地味に痛い。
お尻の下に引く藁をもう少し多めにしておけばよかったと後悔しつつ、痛みに耐えているとゴミ集積所に着いたらしく、ボロ切れが剥がされた。
手押し車から這い出るとゴミ回収業者の服を脱ぎ捨て、中に着込んでいたチュニックとズボン姿になっていた。
尾行に注意を払い、目的地を大きく迂回して計三回の衣装交換。そんな手間暇をかけて新しいホテルへ到着。少し時間を空けてから別行動と言う体でトランクに入っていたレオナルド様に出て貰い、合流完了とした。
完璧な移動だった。
そのはずなのに、翌朝には向かいの建物の影にアラベラ様の姿があった。
「あの女は俺に恨みでもあるのか?」
恨みではなく、愛の成せる業ではなかろうか?
そんな事を言ったらレオナルド様に睨まれるのは分かっているので、曖昧に微笑んでおく。
「またホテルを変えますか?」
「いくら変えてもあの女は現れるだろう」
レオナルド様は大きな溜息を零すと、アラベラ様の父親に直接話を付けると言って朝食後に部屋を出て行った。
貴族の家に事前連絡もなしに押し掛けるのは失礼な為、ホテルの受付に頼んでファーレン公爵家に面会予約を取るのだろう。レオナルド様が行動を起こした事で向かいの建物の影に潜んでいるアラベラ様も行動を起こすと思いきや、まだ情報を掴んでいないのか動く気配がない。
じっと息を殺すように張り込んでいるアラベラ様の姿にある事を思いつき、ユエンさんとガロスさんに声をかけた。
「お願いしたい事があるんですけど、いいですか?」
「内容にもよりますが、何でしょう?」
「三人で出かけませんか?」
二人は顔を見合わせ、困り顔で微笑んだ。
「来ますかね?」
朝の一番忙しい時間帯が過ぎ、すっかり静まり返ったドロテア亭の店内にて、髭とカツラを装着し給仕係に扮したユエンさんが一つ後ろの席を整えているフリをしぼそりと呟いた。私は手元の本に視線を落としたまま、背中越しに答える。
「さあ? どうでしょう?」
裏口からこっそりと出て行ったレオナルド様に対し私は正面玄関から出た。家から連絡を貰ったアラベラ様が目の前の魚に釣られる事なくそちらへ行った可能性の方が高いのだが、目障りな私が一人で行動している好機を逃すまいとこちらへ来る可能性も無きにしも非ず。と、言ったところで、正直可能性は低かったりする。
「来たとして、本当に大丈夫ですか?」
「日中。人目のある場所で無茶な攻撃はしないでしょうし、大丈夫ですよ」
「貴族の令嬢に常識なんか期待したら駄目ですよ」
「ははっ。危険な状態になったら助けて下さい」
「危険な状態になる前に助けますよ」
そんな遣り取りを背中越しにしていると、お団子頭の女給さんがカートを押してやって来た。
私のテーブルに果実水を置き「ごゆっくりどうぞ」と定型文を口にし、そのまま戻って行く。
果実水を一口含み、遠く離れた窓際の席に座っている頭を含め全身鎧姿のガロスさんを見れば、僅かに首を横に振った。一口。また一口と飲み進め、コップを空にするとユエンさんが気を利かせて二杯目を運んで来てくれた。
空振りだっただろうかと、二杯目の果実水に口を付けた時だった。窓から外を見張っていたガロスさんが手で合図を送って来た。
「来たようです」
給仕しているフリのユエンさんに伝えると、そっと席を離れ厨房へと入る。
暫くして店の扉が開かれると、冒険者御用達の店には似つかわしくない華やかな出で立ちの令嬢は、侍女一人と二人の護衛騎士を引きつれ入店した。見つけやすいように以前この店に来た時と全く同じ装いの上、店の真ん中に位置す席に座っていた事で直ぐに気付いたのだろう。見事としか言いようのない縦巻きの髪を揺らしながらこちらへと近付いて来た。
視線を手元の本に落とし読書を装っていると、令嬢は私の正面に当たる位置で足を止めた。
普通なら人の気配を感じた時点で、反射的にそちらへ向いてしまうものだが、読書に夢中で気配に気付かないフリをした。
私が反応を示さない事に業を煮やしてか、右手に握っていた扇子を自身の左手に打ち下ろして音を鳴らした。
「お前! 貴族である私が目の前に居ると言うのに、その態度は何です!?」
第一声がそれなのかと呆れつつ、まるで今気が付きましたと言うように顔を上げると、形の良い眉を吊り上げ不快なものを見るような目で見下ろしているアラベラ様の顔があった。
「何処の田舎から出てきたのか知らないけど、貴族に対する最低限の礼儀すら弁えていないの?」
「……」
「お前! 私の話を聞いているの!?」
母の武勇伝に出てた傲慢で面倒臭い貴族そのものの姿に見入ってしまい、返事をするのを忘れていた。
「えっと、席なら他にも空いていますから、そちらをご利用されたらいかがでしょうか?」
的外れな私の返事にアラベラ様は頬を引きつらせた。
「教養のない平民には言葉を理解する能力が無いのかしら?」
ちょっと何を言っているのか分かりません――と、言わんばかりに小首を傾げて見せると、アラベラ様は口角を上げ、意地の悪い微笑を浮かべた。
「お前の親はお前に何も教えなかったのね。いい? 貴族を前にしたら平民は姿勢を低くし頭を垂れるものよ。分かったらさっさと床に這い蹲って頭を下げなさい」
アラベラ様の大きく強めの声に店内の客から視線が集まるが、お構いなしに急き立てる。
「聞こえなかったの! さっさと椅子から降りなさい!」
愚図のろま等の稚拙な罵詈雑言を並べ立てるアラベラ様に、溜息を吐く。
「何処のどなた様か知りませんが、ここは三区ですよ」
「はあ?」
「商業国であるヴァシェーヌにおける三区の精神を知らないのですか?」
「何を言っているの?」
「いいですか、三区は貿易の関係で異国の人間が多く出入りします。国が変われば文化や風習が変わる。その為、争いを避けるために三区では身分制を持ち出さない。そう定められています」
と、ユエンさんに聞いた。それを守る気がない貴族は三区へ入ってはいけないとされているそうだ。
私の説明をつまらなさそうに聞いていたアラベラ様は鼻の先で笑った。
「だから何だと言うの? 何処であろうと私が貴族でお前が平民なのは変わらないわ。いいから早く跪きなさい」
「嫌です」
動こうとしない私に痺れを切らし、アラベラ様が顎で合図を送ると護衛騎士の一人が腕を掴み、力ずくで椅子から引きずり下ろそうとする。
「ちょっと! 何するんですか!」
手に持っていた本は床に落ち、体勢を崩した私は床に手を突く事もできず腰を強かに打ち付けた。そんな私の姿にアラベラ様は満足そうに微笑んだ。
「下民はそうやって地を這っているのがお似合いよ」
ころころと笑うと扇子を私に向けた。
「どうやって取り入ったかは知らないけど、身分も弁えずレオナルド様に付きまとって。恥を知りなさい」
「レオナルド様の事で貴方に注意を受ける理由は無いと思いますけど?」
「あの方は私の未来の夫となる人なのです。お前の様に身分が卑しく知性も教養もないゴミ虫が近付いていい人間ではないの」
「未来の夫という事は婚約者なのですか? でも、おかしいですね。レオナルド様から婚約者は居ないと聞いていますけど?」
貴方、婚約者じゃないよね?――という突っ込みにアラベラ様は怒りからか身体を硬直させた。
「まだ正式に決まっていないだけ。そう遠くない未来に確実なものとなるわ」
うん。
怖いくらいに前向きだ……。
「だから、お前の様に下賤な者がうろうろしていると我慢ならないの。さっさと消えなさい」
「消えろと言われましても、レオナルド様から『常に俺の腕の中に居ろ』と言われていますので……」
私の言葉に、アラベラ様は目を剥き出しにして握っていた扇子を振り下ろした。
魔物の骨で作られた扇子の衝撃もさる事ながら、施された宝石が額にめり込み皮膚を引き裂く。
傷口から血が滲み出るのを感じた。
「そんな妄想を口にするなんて、この恥知らずが!」
「妄想ではありません。本当にレオナルド様からそう言われました」
「まだ言うの!」
再び扇子を振り上げた時だった。
「私の店でこれ以上騒ぎを起こすなら、ただじゃおかないよ!」
一目で歴戦の猛者と分かる風格を漂わせた大柄な女性が店の奥から現れた。
6000文字を超えたので2話に分けました。
続きは明日にでも更新致します。




