57.商品ケース
レオナルド様の機嫌を取るべく、晩御飯に好きだと言っていた角煮を始め、お代わりの回数が多かった料理を並べまくった。
結果。険しい表情が緩み、微かにではあるが笑みを零した。
私、良い仕事をした!
そんな充足感を胸に眠りに就き、夜明けと共に目を覚ました。
朝から良い仕事をすべく朝御飯の支度をしていると、レオナルド様がカフェ【猫のしっぽ】へ下りて来た。
見れば昨晩、美味しいの魔法で機嫌を取り戻したと言うのに、険しい顔に戻っている。
夢見が悪かったのだろうか?
「ホテルの前にアラベラ嬢が居る」
「へ?」
予想外の言葉に思わずゆで卵の殻を剥く手が止まった。
「向かいの建物の影に侍女と一緒に潜んでいる」
「市場の時も思いましたが、アラベラ様って早起きなんですね」
私の素直な感想にレオナルド様は眉を顰めた。
「えっと、貴族って起きる時間が遅いと聞いていたもので……」
「普通の貴族は昼から活動するものだ」
「アラベラ様って健康的なんですね」
「迷惑な事にな」
忌々しいと言わんばかりにそう吐き捨てた。
これ以上レオナルド様のイライラ指数を上げない為に、話を変える事にした。
「今日の朝御飯はパンにしてみたんです」
キッチン中央の作業台から手の平サイズのパンが並んだトレーを持ち、レオナルド様に差し出す。
「これからたくさんの具材を作るつもりなので、よかったら手伝って貰えますか?」
何か作業をしていればアラベラ様の事を考えなくて済むのではないか。そんな考えから手伝いをお願いすると、レオナルド様は無言のままカウンターテーブルを回り込み、キッチンに入ると私の隣に立った。
「何をすればいい?」
「私の代わりにこのゆで卵たちの皮を剥いて下さい。終わったら玉ねぎのみじん切りをお願いします。私は揚げ物の用意をしてきます」
そうお願いして、私は冷蔵庫へ向かった。
ふかふかのパンがまた食べたい。そんな要望に応え、朝御飯に用意したのはフィッシュサンド、ハンバーグサンド、レッドボアカツレツサンド、玉子サンド、ベーコンエッグサンドだ。
一種に付き二個。一人十個のサンドを食べられるように用意をしたが、足りないと言われかねないので、山盛りのサラダと大量の玉ねぎとじゃがいものフライ。それから昨日の残り物のレッドホーンブルのシチューも用意した。
これでも足りなかった場合はパスタを茹でに行くつもりである。
「アゼリア様。これは何ですか?」
ベッドルームから運び込んだテーブルに乗った箱を物珍しそうにユエンさんが覗き込んでいた。
「ふふっ。よくぞ訊いてくれました。これはホットショーケースです」
ジャジャーンっと効果音を付け、両手をひらひらと動かしながら紹介すると、ユエンさんとガロスさんは感嘆の声を上げ、レオナルド様は私に小声で耳打ちをした。
「キッチンに置いてあったのを持ってきたのか?」
「キッチン? ああ、カウンターテーブルにあるのはケーキショーケースでこれは新しく作ったホットショーケースです」
「ケーキだかホットだか知らないが、何なのだそれは?」
「名前の通り、温かい商品箱です」
質問と答えがかみ合っていなかったのか、レオナルド様に睨まれた。
「昨日の試食会はイルーゼ様の途中参加があったので、料理が冷めてしまったじゃないですか。美味しいって皆さん言ってくれましたけど、温かい状態ならもっと美味しいのにって思って作りました」
「なるほど。それで、これは何なのだ?」
あれ? 丁寧に説明したのに伝わらなかった?
「見た目は普通のショーケースですが、下に石を入れる引き出しがあるのでそこに温めた熱黒石を入れる事によってケース内の温度が保たれ、商品が冷めないと言う仕組みです」
「熱黒石?」
聞き覚えが無いと言わんばかりに眉を顰めるレオナルド様に、ダンジョンで火炎系の魔物が出る階層に落ちている石だと説明しつつ石を入れる引き出しを開けてみせると、三人が覗き込んだ。
「あったあった。ちっこくて黒い石。この石、そんな名前だったんですね?」
「初めて知りました」
元冒険者の二人は見覚えがあるらしく頷く。
「これって、その辺の石と何かちがうんですか?」
「石ってものによっては熱を加えると割れたり爆発したりしますし冷めやすいんですが、この熱黒石は熱に強くて冷めにくいので、石焼の料理や保温に使えるんですよ」
「ええ~。そんな使える石だって知ってたら拾って帰ったのになぁ~」
「確かにな」
残念がる二人とは別にレオナルド様は前のめり気味に質問をしてきた。
「これは何処てでも手に入る石なのか?」
「火炎系の魔物が出るダンジョンなら普通に落ちているって聞いていますけど……ですよね。ユエンさんガロスさん?」
「ヴァシェーヌ国のダンジョンだけでも十ヶ所以上潜りましたが、何処にでもありましたよ」
「俺も大体のダンジョンで見た覚えがあります」
「何処にでもあると言うのに誰も有用性に気付かなかったのか?」
「ダンジョンではドロップアイテムを拾うのに必死で、石なんか気にも留めませんからね」
「ダンジョンは深く潜れば潜るほど、珍しい色や模様の石が落ちていますので、黒いだけの石など気にしません」
「なるほど」
レオナルド様は開いた扉からハンバーグサンドを取り出すと、確かめるように手の平を乗せた。
「できたての様に温かい。一体いくらで売るつもりだ?」
「サンドの値段。正直迷っているんですよね」
「そうじゃなくて、ケースの方だ」
「ケースですか? ケースは売りませんよ」
「……」
例の如く無言が返って来た。
「何で売らないんですか?」
「そうです。これほどの物を勿体ないです」
「そんな事言っても保温機能があるただの商品ケースですよ?」
騎士三人に残念なものを見るような目で見られた。
「石を入れる引き出しを付けただけの商品ケースですよ。鍛冶職人なら誰でも作れるじゃないですか」
「いいか、アゼリア。これ程透明度の高いガラスはそうはない」
「そうなんですか?」
「それにこれは鋼か?」
「いえ、ただのステンレスです」
「すて……」
何で睨むんですか!?
「すてんれすって何ですか?」
「俺も初めて聞きます」
金属加工に縁のなさそうな騎士二人に問われ、簡単に説明をした。
「ステンレスって言うのは、鉄に一定量以上のクロムを含ませた腐食に対する耐性を持つ合金鋼の事です」
すると、ユエンさんは目を瞬かせ、ガロスさんは無表情となり、レオナルド様は眉間の皴を増やした。
「えーっと、ステンレスが何かという事はさておき、このケースが珍しい物だって事ですよね? でも、ガラスの透明度が低くても……そもそもガラスでなくてもいい訳ですし、構造は単純ですから簡単に作れます。誰も欲しがりませんよ」
「えっと、これって熱源は熱黒石なんですよね? 保温の魔法とか使っていないんですよね?」
「保温の魔法陣を使うか迷ったんですけれど、屋台の時に使うだけだから付けませんでした」
ありとあらゆる魔法陣をマルマール様が山の様に置いて行ってくれたが、数には限りがあるし、騎士三人との食事と屋台で使ったら解体予定のショーケースに付けるのは勿体ないので止めたのだ。
「アゼリア。屋台巡りをした際にこれに似た物を見たか?」
「いえ」
「何故だと思う?」
何故って、そりゃあ……。
「必要が無いからですか?」
「違う。魔法が使われている道具は値段が高くて買えないのだ」
そうだ。ヴァシェーヌ国の物価はサクリ村の数倍から数十倍だった。
「屋台は基本作り置きだ。買うタイミングによって冷めた物か温め過ぎて硬くなっている物が渡される」
「焼きたてが食べたいなら待たないといけないけど、待つ余裕が無い時は冷めたのを買うしかないんですよね」
「干し肉と変わらない程硬くなった串焼きに当たった時は、本当に悲惨です」
三人の悲壮な表情に、ホットショーケースの有用性がひしひしと伝わる。
「ケースを作るのはいいですけど、単純な作りですし熱黒石も手に入りやすいですから、たいして売れないと思いますよ?」
「それなら、作り方を売るっていうのはどうでしょうか?」
「作り方っていっても、見たまんまですよ?」
「何て言いましたっけ? 独占販売的な……使いたかったら使用料払ってね。みたいな……」
「特許だ」
レオナルド様の言葉に「それだそれ」と相槌を打つユエンさん。
特許って発明に対する保護と権利の対象として生産、使用、販売など独占させてくれるとか何とかだった気が……。
「これって発明ってレベルじゃないと思うんですけれど?」
「熱黒石の有用性に気付いただけでも凄い発見ですよ」
気付いたのは私ではなくリッカ母さんなんだけどな……。
「う~ん。やっぱり特許は大袈裟な気がするんですけど……」
「お前が取らないと別の誰かが申請し、その人間が高額な利用料を設定したら、誰も使えなくなる」
「人が作った物を自分の手柄として申請するなんて恥知らずな真似する人が居るんですか?」
「世の中、そんな人間ばかりだ」
村の外は世知辛いな。
「私が特許を取る事で皆さんの食生活が豊かになるなら取りますけど……。本当に必要だと思いますか?」
三人が硬く頷くのを見て、決心が付いた。
「分かりました。屋台の許可を取る次いでに申請しておきます」
話がまとまったところで。
「いい加減、お腹空きましたね。食べましょうか」
ホットショーケースから紙に包まれたフィッシュサンドを取り出すと、待ってましたと言わんばかりにユエンさんが受け取りに来た。
「包み紙の色が違いますけど、何か意味があるんですか?」
「青い文字が入っているのはフィッシュサンドで、黄色のはベーコンエッグ。赤いのはハンバーグで茶色がレッドボアのカツレツ。緑がコカトリスの照り焼きです」
「そんなに種類があるんですか!? 何から食べたらいいんだろう……」
「とりあえず、今手に持っているフィッシュサンドでいいんじゃないですか?」
「はい」
そう返事をしたのに、右手にフィッシュサンド。左手にレッドボアのカツレツを持って行った。
ユエンさんに続いてレオナルド様とガロスさんも気になるものをホットショーケースから取ると、席に着き、慣れた様子でシチューやサラダを取り分けた。
祈りの言葉も早々にフィッシュサンドに齧り付くと、ユエンさんは言葉にならない声を発していた。
「ん~~~~~! 何ですかこれ! アゼリア様ってば、まだこんな隠し玉を持っていたんですね」
「隠し玉って、白身魚を揚げた物を挟んだだけですよ」
「え!? これ、魚なんですか? ああ、それとこの色々混ざった白いソースがヤバいです」
「タルタルソースですね。それ、レオナルド様が作ってくれたんですよ」
「ええ? 団長が!?」
「言われた物を混ぜただけだ」
「団長の手作り、噛み締めて頂きます」
レオナルド様には毎度色々手伝って貰っているので、皆さん既に手作りを食べているのだが、それは言わない方がいいのかな?
「こっちのこれ、レッドボアでしたっけ? これも美味しいです。表面のサクサクした食感に弾力のある肉。そして肉から溢れる肉汁が堪りません! ああっ! 何て罪深いんだ。アゼリア様これ以上罪を重ねないで下さい!」
「人を極悪人みたいに言わないで下さい!」
談笑しながらの食事はゆっくりと進み、用意した料理があらかた無くなったところで漸くアラベラ様の話となった。
「注意したところで聞く様な人間ではない」
レオナルド様はそう言い、アラベラ様対策としてホテルを変える事となった。




