54.試食会
私とレオナルド様の間に一つ。ユエンさんとガロスさんの間にも一つ席が空いている。私がユエンさん達の方へ移動して貴族の二人には席を一つ明けた状態でゆったりと座って貰った方がいいだろうと腰を浮かせるが、立ち上がりきる前に男装の麗人はユエンさんとガロスさんの間の席に座った。
各々の椅子の後ろで直立不動の姿勢でいるユエンさんとガロスさんは無表情無言のまま男装の麗人のつむじを見下ろしている。
私に人の心を読む能力はないけれど、言いたい事は分かる。
『えっ! そこ座るの?』だ。
私もレオナルド様が隣に座る度に思っている。
まあ、私の場合肩を抱かれたり、おんぶされたりと色々な場面で思っている訳だけど。
二人も貴族の令嬢の隣に座るのは気が引けるのだろう。気を付けの体勢のままピクリとも動かない。
そんな二人に男装の麗人は微笑と共に声をかけ、半ば強制的に座らせると私へと向き直った。
「聖女様との接触は極力控えるように言われているとはいえ、ご挨拶もせずに失礼致しました。わたくし第二騎士団所属のイルーゼ・フォン・エマルトンと申します」
「鍛冶師のアゼリアです」
鍛冶師の肩書に一瞬目を丸くし「聖女様ではないのですか?」と首を傾げた。
「聖女というのは勘違いといいますか、フェリックス様の冗談なんです」
私の言葉にイルーゼ様は呆れた面持ちで頷いた。
「殿下の悪ふざけにも困ったものです。それではポーションの件も嘘なのでしょうか?」
「それは……」
どう答えていいのか分からず、レオナルド様を見れば眉間の皴を深めた。
「ポーションの件は緘口令を敷いている。意味は分かるな」
「はい。失礼いたしました」
緘口令って……。
スーパーメガポーションの存在ってそんな大事なの!?
マルマール様があっちこっちで売りさばいているから、それほど珍しい物でもないはずなのに……。
「レオナルド様……」
目は口程に物を言う。と言う言葉があるが、本当にその通りである。
青く鋭い瞳が『余計な事を言うな』と語っている。
「いい天気ですね」
「……」
はい。誤魔化し方間違えました。
「と、ところで、イルーゼ様は普段から男装をなさっているのですか?」
「騎士団の制服でズボンを履いていますので、男装しているとも言えますが、休みの日には主にドレスを着用しております」
「そう……なんですか?」
「ああ。今日のこの格好は三区を歩くなら商人の姿の方が目立たないだろうとフェリックス殿下が用意した物なのです。任務の為とはいえお見苦しい姿ですみません」
「いえ、そんな。美しい方は何を着ても美しいですよ。むしろ眼福です」
「まあ、有難う御座います」
気品溢れる微笑に微笑で返していると、長くしなやかな人差し指がテーブルを叩いた。
「何時まで話を続けるつもりだ? 食事が冷めるぞ」
「そうですね。試食を再開しましょう」
簡単に試食の趣旨と料理の説明をすると、イルーゼ様は恍惚とした表情で料理を見ていた。
「この手の平ほどの丸い物がパンなのですか? そして挟んである物が儀式参加組が話していた唐揚げと餃子なのですね」
イルーゼ様は私とレオナルド様に断りを入れ、大皿から唐揚げサンドをナイフとフォークを使い取り分け皿へと移した。
「まあ、本当に柔らかいのですね。ナイフとフォークで挟んだだけでへこんでしまいました」
「スープに付けなくても噛み切れますので、そのまま召し上がって下さい」
「そのまま?」
「はい。豪快にがぶっと」
「がぶっと?」
両手にナイフとフォークを握りしめ、皿の上の唐揚げサンドを見つめるイルーゼ様。もしかして食べ方が分からないのだろうか?
「ユエンさん。唐揚げサンドを食べて見せてあげて下さい」
「え? 俺ですか?」
先程迄餃子サンドに大興奮ではしゃいでいたのが嘘のように、真面目な面持ちで大皿から唐揚げサンドを鷲掴むと、大きく口を開けて噛り付いて見せた。
「まあ」
ユエンさんの豪快な食べっぷりに目を丸くしたイルーゼ様は手にしていたナイフとフォークを置き、唐揚げサンドを手で掴むと意を決したように噛り付いた。
「なんて不思議な食感でしょう。それに口に広がるバターの風味も素晴らしいわ。これは本当にパンなのですか?」
「はい。私の故郷で一般的に食べられているパンです」
「これが一般的なのですか?」
「はい」
「挟んである肉料理は儀式参加組が言っていた通り、一度食べたら忘れられない味ですね」
「有難う御座います」
「本当に美味しい……」
声を震わせそう言った次の瞬間。大粒の涙がイルーゼ様の頬を伝っていた。
「ううっ……」
なっ、泣いてる!?
泣くほど美味しかったの?
「わたくしばかりがこんなに美味しいものを食べて……。母にも食べさせてあげたかった……」
過去形なの!?
訳が分からず目を白黒させていると、レオナルド様が身体を傾け、私に耳打ちした。
「彼女の母親は先月他界したばかりなんだ」
それは辛い。
私も母を亡くした後、暫くは何をするにしても、勝手に涙が零れてきたものだ。
「あの、見本で作ったお弁当ですが、よかったらお持ち帰りになりますか?」
「え?」
「美味しいものを食べると元気が出ますし」
「いえ、そんな訳にはいきません」
「たくさんありますから、遠慮しないで下さい。お母様と美味しいを分け合えないのは残念ですが、他のご家族や親しい人と分け合う事はできますから」
私が微笑むとイルーゼ様はハンカチを取り出し涙を拭った。
「醜態をさらした挙句、気を使わせてしまい申し訳ございません」
憂いのある笑顔で謝罪すると、取り皿に残っているパンを手に掴み、口を付けた。
「本当に美味しい」
「たくさんありますので、いくらでも食べて下さい」
「今日一日で太ってしまいそうですわ」
「安心しろ。そうなった場合、訓練内容を増やしてやる」
死神団長の言葉にイルーゼ様は見惚れるほど美しい笑顔を返した。
「お心遣い有難う御座います。ですが、それはご遠慮致します」
「遠慮しなくていい」
「断固たる意志を持って辞退いたします」
そんな本気とも軽口とも取れる会話を交え、試食会は進んで行った。
イルーゼ様の持ち帰り分以外、全ての料理がキレイになくなった事で試食会は終了。四人に意見を求めると、レオナルド様は『どれも美味かった。全部売ればいい』と言い、ユエンさんとガロスさんも同意見だった。
そんな意見の中、イルーゼ様は屋台で販売するなら唐揚げサンドがいいのではないかと言った。
「お米はとても美味しいのですが、ヴァシェーヌ国ではあまりなじみがない食べ物です。貴族なら物珍しさに手を出す人もいるでしょうが、手持ちのお金に限りのある平民はどのような味か分からないものに手は出し辛いでしょう。なので、食べ慣れているパンの方がよいのではないでしょうか?」
「確かにそうですね」
「それに柔らかいパンというだけでも人々の関心が引けますし、片手で食べられるのも忙しくしている者には良いでしょう。ただ……」
「ただ?」
「貴族の女性が大きな口を開けてパンに噛り付くのははしたないと敬遠されると思います。わたくしは騎士団に所属していますから、野営などで現地調達した肉や魚をナイフとフォークを使わずに食す事もありますので抵抗はありません。ですが、普通の令嬢には難しいと思います」
言われてみれば、そうかもしれない。
「ですので、パンと肉料理を別々にして売られてはどうでしょうか?」
「貴族の令嬢が屋台の料理を買いに来るかは分かりませんが、考えてみます」
「柔らかいパンだけでも馬車を飛ばして買いに来る価値があります。必ず買いに来ますよ」
「そうでしょうか?」
「私なら絶対に買いに来ます」
長蛇の列ができるはずだからその対策と、買い占め防止の案を考えた方がいいと言う意見に男性陣三人も頷いたところで、壁時計が十四時を告げるべく鐘を鳴らした。
「あの、わたくしそろそろ戻らなくてはいけませんので、失礼させて頂いても宜しいでしょうか?」
「長々と引き留めてしまってごめんなさい」
「いえ。試食会へ参加させて頂き有難う御座いました」
イルーゼ様は席を立つと、お弁当二つと唐揚げと餃子サンドをアイテムボックスへ収納し、レオナルド様にお辞儀を済ませると私へ向き直った。
「アゼリア様。屋台の成功をお祈りしています」
騎士の礼をすると、入室してきた時同様、優雅な所作で部屋を出て行った。
更新とコメントへのお返事が遅れてしまいすみません。
電子書籍化のお話があり、イラストレーター様に提出する表紙や挿絵の資料(?)の提出期限が6月末だったので、それを作っておりました。
(私が描いた棒人間レベルの絵と文字での説明で場面が伝わっているといいのですが……)
55話は早ければ明日にでも更新いたします。




