52.パンは普通ですよ?
戦争を始めるつもりかと問われるほどに作った大量の武器と防具を一通り見て貰い、詳しい売買契約についての話し合いとなって気付いたのだが、私とレオナルド様が想定していた適正価格が違っていた。
私はサクリ村の中級ポーションの値段である五千クレの二割引きだと思っていたのだが、レオナルド様はヴァシェーヌ国の中級ポーション(上質)の値段の十万クレの二割引きのつもりだったらしい。
動物用改め、私の作ったポーションの効能が中級ポーションと同じとは限らないのにいいのだろうか?
下手な事を言わずに高値で売るのが商売人なんだろうけれど、私は自称商人で本質が鍛冶師だ。
良いものを作り、品質と値段を納得して買って貰いたい。
なので、ポーションは鑑定を終えてから値段を改めて決めると言う話になった。
それにしても、もしも一本が八万クレで売れた場合、とんでもない金額となる。
鍛冶屋【猫のひげ】とカフェ【猫のしっぽ】の年収の二十から三十年分。
例え五千クレでの取引となっても数が多いので売り上げとしてはかなり大きい。
しかもだ、売れたのはポーションだけでなく武器と防具、そして悪漢撃退グッズもである。
サクリ村に帰るまでの旅の間、豪遊しても使えきれないほどの金額が手に入る事で少々浮かれてしまい。
「大金が入る事になったので、屋台を出す必要、なくなっちゃいました」
などと、マグロ三昧な夕食時に冗談めいて零した。
するとユエンさんとガロスさんが慌てふためいた。
「屋台を出すって方向で話が進んでいたじゃないですか。出しましょうよ、屋台。俺でよければいくらでもこき使ってくれていいんで。ね?」
「そうです。俺達でできる事なら何でもします!」
「いや、その……」
ただの軽口だったのに二人の反応の凄さに驚いていると、ユエンさんとガロスさんは畳みかけるように言葉を発した。
「遠慮とかいらないですから。それに俺、冒険者と騎士しかやってこなかったんで、屋台で物を売るのをやってみたかったんですよ」
「お、俺も前から屋台に興味があった。の、です」
「いや~今から楽しみだな。売り子の仕事するの!」
「俺もきゃ、客寄せできるの楽しみです」
笑顔で滞りなく話すユエンさんはまだしも、表情は硬くたどたどしく話すガロスさんが本心を言っているとは思えない。
「屋台を出す出さないに関わらず、第二騎士団用のお弁当はちゃんと作りますので安心して下さい」
「それはもう、絶対、確実にお願いします。が、そうではなくてですね……」
「アゼリア様。ここは商業国家です。屋台とはいえここで店を出す事は商売をする者にとっては良い経験になると思います」
「そう、それですよそれ。それに、美味しいは皆で分け合った方がいいですしね」
「三区は多種多様な人達が集まる場所です。同じ商品を売ったとしても色々な反応が返されます。その経験や情報はアゼリア様の今後の旅にも……」
「おい!」
ユエンさんがガロスさんの脇を肘で小突いた。
良い事を言っていたのに、何でだろう?
「あっ、ええっと、アゼリア様の今後の人生にも役立つと思います」
「そうですよ。商売人としてのレベルアップの為にも、屋台を出しましょう。ね?」
元々屋台は、ヴァシェーヌ国で料理店を出して欲しいと言うユエンさんとガロスさんの要望に応えるものだ。お金のあるなしに関わらず出すつもりだったので、何の異論もない。
ので……。
「何事も経験ですし」
「そうです!」
「美味しいを分け合うって大切ですし」
「その通りです!」
「屋台、出しましょう」
笑顔で宣言すると、安堵からかユエンさんとガロスさんは座っている椅子の背もたれに寄り掛かった。
「助かった……」
「はぁ……」
力なく呟かれたユエンさんの言葉の意味が分からず、隣に座るレオナルド様を見れば、カルパッチョを口に運んでいるところだった。
「生魚、苦手じゃないんですか?」
「以前生魚を食べて腹を下して以来、食べないようにしていたが、お前が作った物を食べない訳にはいかないからな」
「無理に食べなくてもいいですよ」
「無理はしていない。ちゃんと美味いぞ」
「それならいいですけど。ところで『助かった』って何でしょう?」
レオナルド様はナプキンで口元を拭うと。
「縦社会には色々あるんだ」
と、分かるような分からないような事を言った。
そんなこんなで翌朝。
客室のテーブルにて。レオナルド様、ユエンさん、ガロスさんを交えて、唐揚げを串に刺して売るか。ご飯や副菜をセットに弁当にして売るか。はたまた、パンに挟んで売るかを真剣に議論していた。
「串に刺して売るのが一番原価も単価も安く済むのは分かりますが、唐揚げとご飯を一緒に食べた時の口の幸せを知っている身としてはお弁当を押したいです」
ユエンさんの意見にガロスさんが深く頷く。
「でも、パンに挟むってなんですか? アゼリアさんの事だからとんでもないパンを出してくるんですよね?」
「パンは普通のパンですよ」
「アゼリア様の普通ってなんですか!?」
今度はレオナルド様も一緒に頷いた。
「普通は普通ですよ。パンの種類にもよりますが、基本ふかふかの……」
「何の話だ?」
「パンの話していましたよね?」
「ふかふか?」
懐疑的な目で見られているのだが、何かおかしな事を言ったのだろうか?
もしかしてサクリ村とヴァシェーヌ国ではパンの種類が違うとか……。
「えっと、言葉で説明するより実際に食べて貰った方がいいと思うので、お昼ご飯に出しますね」
「本当ですか?」
小躍りして喜ぶユエンさんをレオナルド様が一睨みし黙らせると、こちらを向いた。
「それはそうと、餃子はどうする?」
「最初はお弁当にするつもりだったんですが、ご飯が要らない人もいるかもしれないので、餃子とご飯は別々に用意して、欲しい人にだけプラス料金を貰ってご飯を付けようかと思っています」
「パンには挟まないんですか?」
正直、その発想はなかった。
我が家では餃子はご飯で食べるものと決まっていたからな……。
美味しいは美味しいだろうけど、どうなんだろう?
「そっちもお昼に用意しますね」
「やった!」
飛び上がって喜ぶユエンさんを再び睨み付け、黙らせた。
太陽が真上に上った頃。
レオナルド様に手伝って貰い用意した料理をカフェ【猫のしっぽ】から運び出し、客室のテーブルに並べて行く。
焼き上げたパンに切れ目を入れ唐揚げと千切りキャベツを挟み特製ダレとマヨネーズをかけた唐揚げサンド。同じくパンに餃子と特製ダレと千切りキャベツ合わせた物を挟んだ餃子サンド。餃子のタネをパン生地で包みオーブンで焼いた餃子パン。見本として作った唐揚げ弁当と餃子弁当。そして、万が一に備え用意した山盛りの唐揚げに餃子が加わり、テーブルは隙間なく埋め尽くされた。
私の正面にガロスさん。その右隣にユエンさん。私の左隣にレオナルド様が座ると、ユエンさんとガロスさんは食事の前の祈りを始めた。
の、だが、余程餃子サンドが気になるのか、ユエンさんの視線がそこに固定されている。仮に今、奇襲を受けたら反応が遅れそうなくらい一点集中である。
まるで肉料理を前にした霽月のようだと笑いを噛み殺していると、祈りの言葉を知らない私でも明らかに短いと分かる祈りを終え、ユエンさんは即座に餃子サンドに手を伸ばした。
「凄い! スープに付けていないパンが噛み切れる!」
まず食いつくところはそこなのかと驚いていると、餃子サンドを食べきってもいないのにユエンさんは唐揚げサンドを手にした。
好物を前に興奮しているとはいえ、中々の行儀の悪さである。レオナルド様がガッツリ睨んでいるのに気付いていないのだろう。右手に餃子サンドを残したまま左手に持った唐揚げサンドにかぶりついた。
「ふかふかのパンを噛んだ瞬間広がる甘味。そして対照的なカリカリに揚げられた唐揚げの食感。甘じょっばいソースとマヨネーズが絡み合いパンと唐揚げの美味さを増幅させている一方、しゃきしゃきのキャベツが脂っこさを中和してくれている」
ユエンさんは一体何のスイッチが入ったのだろうか?
「餃子サンドは辛みのあるソースの絡んだキャベツと餃子を同時に噛む事で生まれる一体感が凄過ぎる! なんて……なんて罪深い味なんだ!」
「罪だなんて、大げさじゃないですか?」
「これを罪と言わずして何を罪というんだ!」
いや、知りませんけど。
「エール。エールが欲しい!」
そこに行きつくのかと、ユエンさんが絶賛する餃子サンドに噛り付く。
ご飯派の私だが、パンで食べるのもありだと半分ほど食べたところで、部屋の扉がノックされた。
腰を浮かせる私を手で制し、レオナルド様はガロスさんに向かって顎で指示を出した。
ガロスさんはのぞき窓から訪問者を確認し、そそくさと扉を開けると、長い髪を後ろで一つにまとめ、金持ちの商人のような出で立ちの訪問者が現れた。
「お食事時にお邪魔して申し訳ございません」
優雅にお辞儀をする訪問者に、ユエンさんは慌てて口の中の物を飲み込むと立ち上がり姿勢を正した。
ユエンさんの反応から察するに、騎士団の人のようだ。
「失礼します」
訪問者は断りを入れて、レオナルド様に向かって歩き出した。
男物の衣服を着用しているが、声の高さや骨格。所作や歩き方からして女性のようだ。訪問者が近付くにつれ遠目からも分かるほどの美貌がよりよく伝わる。目元の黒子が色っぽいななどと考えていると、無遠慮な視線に気付いたのだろう。男装の麗人が優しく微笑んだ。
挨拶をするべきなのか分からず営業スマイルを浮かべていると、男装の麗人の視線は私からテーブルの上の料理へと移動し、直ぐに戻った。先程より深く微笑まれ、笑顔で返すと、男装の麗人はレオナルド様に向き直った。
「レオナルド団長へ直接お渡しするようにと、殿下からお預かりしました」
懐から取り出した手紙を渡し、レオナルド様が内容を確認している間に、男装の麗人は再び料理へと視線を向けていた。
食べたいのかな?
「決定に従うと伝えてくれ」
レオナルド様の言葉で我に返ったように姿勢を正し、男装の麗人は恭しく頭を下げた。
「アイテムボックス持ちを寄こすように言っていたのだが、丁度いい。持ち帰って欲しい物がある」
レオナルド様は徐に立ち上がると、トランクが置かれたベッドルームへ消え、試供品として用意していた商品を両手に抱えて戻って来た。テーブルの上は料理でいっぱいな為、商品を床に下ろすと説明を始めた。
「瓶のこれは色はおかしいが中級ポーションだ。研究員に預け、品質の確認と適正価格を出すように言え。それから、こっちのは悪漢撃退グッズと言う名の魔法具だ。取り扱いはこの冊子にある。団員に言って演習場にて効果や扱いについての報告書を出すよう伝えろ」
「了解しました」
男装の麗人は空中で文字を描くように指先を滑らせると異空間へと繋がる穴が現れた。床に置かれた次々に収納し、終わるとアイテムボックスを消した。
「結果は随時報告に参ります」
失礼します――と、私とレオナルド様にお辞儀をし、踵を返す時に、再度視線が料理へと向けられた。
これは確認するまでもなく『食べたい』だろう。
「あの、お急ぎでなければ試食して頂けませんか?」
相手の身分や性格が分からないので、お願いする形にしてみたけれど、大丈夫だったかな?
もしも男装の麗人が貴族だった場合、平民の私から声をかけるだけで無礼になるはず。でも、レオナルド様の部下だし、さっき優しく微笑んでくれたから大丈夫なはず。多分。
相手の反応を待っていると、男装の麗人は優雅に振り返り頬を赤らめた。
「お恥ずかしい」
何が?
「見た事のない料理が並んでいるからと何度も見てしまい。はしたない女だと思われたでしょ?」
いえ、全然。全く。
料理を作った身としては、気にかけて貰って嬉しい限りです。
「今度発売する予定の料理なんですが、一つでも多く意見が欲しいので、お口に合わないかもしれませんがご試食頂けますか?」
「是非喜んで。でも本当に宜しいのですか?」
「勿論です。ね、レオナルド様?」
私の問いにレオナルド様が頷くのを見て、男装の麗人は破顔させた。
前半の話を何度も書き直していたら、内容がだいぶ変わってしまい、書き終えてから前半のエピソードいらなかったかも……。と思いましたが、せっかく書いたのでそのままUPさせて頂きました。
それにしても、この話を書いているとやたらとお腹が空きます。




