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51.自称なんです

「動物用の在庫はいくつある」

「二十四本入りの箱が百六十箱程……」

「百っ……売れない商品を何故それほど作ったのだ?」


 呆れ交じりの声で問われ、慌てて釈明する。


「剣士の方が毎日素振りするのと一緒で、定期的に作らないと腕がなまるんです。なので、その、作り続けていたら、在庫過多に……」

「なるほど」


 溜息を吐かれた。


「百五十箱は騎士団で買い上げる」

「そんなにいいんですか!?」

「騎士団には馬や使役獣が多くいる。何より人間にも使えるのだろう?」

「人に使うなら正規の値段を頂きますよ?」

「動物か人かどちらに使ったかをどうやって見極める?」

「え……」

「今この場で動物用の価格で購入し、後日人間に使ったとしても分からないだろう」


 言われてみればそうだけど。


「レオナルド様はそんな事しませんよね?」

「どうだろうな」


 悪い顔で微笑まれてしまった。


「でも、色のおかしなポーションなんて、誰も飲みませんよ?」

「俺が命令すれば団員は飲むぞ」


 上官命令か!

 それなら、色がおかしかろうが味が不味かろうが腹を括って飲むに違いない。


「でしたら全て適正価格でお引き取り下さい」

「売れない商品を引き取ると言うのに割引は無か?」


 うぐっ!


「一割引きで……」

「少ないな」

「二割引きで……」

「現在ある百六十箱の在庫が今年中に売り切れると思うのか?」

「それは……」

「先程定期的に作らないといけないと言っていたな。在庫は増える一方だ。倉庫がどれほどの広さかは知らないが、入りきらなくなったら捨てるのか?」

「捨てはしませんけど……」

「ならどうする。何時か売れるかもしれないと後生大事に抱えておくつもりか?」

「そんなつもりはないですけど……」

「なら、どうして百六十箱も在庫を抱えているんだ?」

「それは村から出た事がなかったので、需要と供給が成り立っていなかったと言いますか……」

「今、目の前に大口の客が居るぞ」


 たっ、確かに!


「俺は悪徳商人でも闇社会の人間でもない。正規の騎士団の団長だ。購入したポーションは正しく使われる」

「さっ、三割でどうでしょう?」

「アゼリア」

「はい?」


 何故かレオナルド様はテーブル越しに身を乗り出し、私との距離を詰めた。

 常時刻まれている眉間の皴はなく、それどころか薄っすら微笑んでさえいるのに、何時も以上に圧を感じる。

 そして、何故だろうか。私の手にレオナルド様の手が重ねられている。

 ん? え? 何!?


「ポーションは使う事で意味を成す」

「はい」

「お前が安くポーションを卸すことによって多くの命が救われるのだ」

「中級ポーションで命が救われるなんて、大げさではないですか?」

「そんな事は無い。中級ポーションを買う金を惜しみ、大したケガではないと放置した結果、症状を悪化させ腕や足を失う者も少なくない。中には死亡する者だっている」

「でも、上級や特級を飲めば大概のケガや病気は治りますし」

「中級ポーションを買うのを渋る人間に上級や特級を買う金があると思うか?」


 サクリ村価格でもかなりのお値段する上級ポーション。そしてそのはるか上を行くお値段の特級ポーション。ヴァシェーヌ国ではおいくら万クレなのか。とんでもない金額なのは想像に易い。

 それはそうと、レオナルド様の親指が私の手の甲を撫でているのは、何だろう?

 お陰で話に集中できない。


「一本の値段が安くとも多く売ればそれだけ利益に繋がる」


 有り余っている動物用ポーションなら薄利多売でもいいかもしれないけれど……。


「適正価格の四割で……」

「アレは何と言ったか……」

「え?」

「港で物騒な商品の話をしていただろう」

「悪漢撃退グッズですか?」

「そう、それだ。それらも購入しようと考えている」

「本当ですか?」

「ああ。それと、お前がくれた剣だが、本当に素晴らしかった。第二騎士団の武器を全てお前が打ったものにしたいと思っている」


 何と!


「だが、予算には限度がある」

「それでしたら、五わ……」

「港で船員に売った金額まで下げられるのだろう?」

「あれは、相手が平民でしたし、猫を愛する仲間割引で……」

「どこの誰とも知れない船員やその飼い猫を助けるより、目の前にいる俺を助けて欲しい」


 眉根を寄せて力なく微笑まれ、言葉を飲み込んでしまった。

 流石にそこまでは下げられない。断らないといけないのに、言葉が出て来ない。

 どうした私!

 いや、理由は分かっている。手の甲を擦られているのと、何時もと違う表情を見せられているせいで、混乱しているのだ。

 気を確り持て!

 そう、言い聞かせているのに、無駄に抱え込んだ動物用ポーションが売れて、倉庫の片隅に積み上げられた悪漢撃退グッズも売れ。更に武器や防具の注文まで入るのならいいんじゃないかと思い始めている。

 足元を見られている。

 商人が足元見られたら駄目だ。

 断れ!

 断らないといけないのに、トータルで考えたら……とか余計な事を考えてしまう。


「アゼリア」

「ふぁい!」


 声が裏返った。


「悪いようにはしない。頼むから頷いてくれ」


 駄目だよ。駄目駄目。

 何言ってんの。無理無理。

 むーりーでーすー。ありえません。

 なので、そんな縋るような目で見ないで下さい! 手も汗を掻いてきたのでそろそろ放して欲しい!!


「アゼリア」


 懇願するように名前を呼ばないで!

 口を一文字に結び無言でいると、手の甲を撫でていた親指が動きを止めた。


「そこで黙ったら駄目だろう」


 ん?


「沈黙は肯定の証だ」


 んん?


「全く。俺程度の人間に言いくるめられているようでは、悪徳商人相手では身包みを剥がされかねないぞ」


 んんん?


「あの、今までのやり取りは……」

「アゼリア。お前に商人としての才能はない」


 ぐはっ!

 一刀両断された。


「まあ、その、自分でも薄々気付いていましたけれども……」

「いや、その、そうではなくて、商人としての経験が浅過ぎる。その上、世間を知らなさ過ぎると言いたかったのだ」

「気を使って頂かなくとも、大丈夫ですよ。母にも言われていましたし、自分で言うのもあれですが、自称商人なので……あははっ」


 村でのんびりと商売をしてきた私に商才がないのは事実である。なので、傷付いたりしない。

 強がりではなく本当に。

 まあ、面と向かって言われると少しだけ……ほんの少しだけ胸に刺さりはするけれど、それだけだ。

 気にしていないと証明するように明るく元気に微笑んだのだが、納得できないのかレオナルド様は眉根を寄せた。


「その、すまない」

「いえいえ、全然、全く持って気にしていませんので、大丈夫です!」

「お前があまりにも素直なもので……素直なのは美徳ではあるが、商人としては心もとないと言うか、何と言うか……」

「あー、えーと、有難う御座います」


 で、合っているだろうか?


「とにかく、お前が心配なのだ。少しでも目を離したら悪い人間に騙されそうで」

「心配し過ぎですよ。ポーションの値引き交渉に応じそうになったのは、相手がレオナルド様だったからですし」

「港の船員はどうなのだ?」

「あれは猫を愛する仲間割引で安くしただけなので、他の人にはそこまで値引きしませんよ」


 思いっきり疑いの目で見ている。

 

「今後、物を売るにしろ作るにしろ、まずは俺に相談しろ」

「ポーションに関してですか?」

「全部だ」

「全部といいますと……」

「全部は全部だ」


 信用度ゼロだな。私。

 まあ、世間知らず過ぎるしな。


「分かりました」

「うむ。では売買契約について話し合うか」

「え? 何のです?」

「何って、動物用ポーションを売ってくれるのだろう?」


 さっきの話、ただのレッスンじゃなくて、生きていたのか……。

 売れない物を抱えていても意味がないし、薄利であっても売った方がいいよね?

 初めの商品を安く売って、後の商売をやりやすくするという手法があるとかないとかリッカ母さんも言っていたしな。


「そう難しい顔をするな。動物用ポーションは適正価格の二割引きで買い取る」

「本当ですか!?」

「それから、悪漢撃退グッズについてだが、効果がどれほどのものか知りたい。近いうちに騎士団で試させて欲しい」

「勿論です」

「では、今日のところは動物用ポーションと武器や防具の契約について話そう」

「はい」


 武器や防具を見て品質を確かめて貰った方がいいだろうと、レオナルド様を連れて住人専用の通路から地下倉庫へと移動すると……。


「何だ。この異様な量の武器は。戦争でも始める気か?」


 驚きと呆れの入り混じった声に、再び言い訳をする。


「定期的に打たないと腕が鈍ってしまうので……」


 てへへっ。と、頭を掻いてごまかした。


「長さや重さ、装飾に問題があれば手直ししますし、ご希望の物がないようでしたら新しく打ちますので遠慮なく言って下さい」


 所狭しと並べられた武器に近付くとレオナルド様は端にある剣を手に取った。

 騎士が手にすると飾りのない質素な剣でも名剣に見えるものだと感心していると、黒衣の騎士は剣を持ったままこちらを振り返った。


「一つ訊き忘れていたが、お前もスーパーメガポーションが作れるのか?」

「あれはマルマール様のオリジナル商品ですので私には無理です。私が作れるのは特級ポーションまでです」


 そう答えるとレオナルド様は複雑な顔をして剣を元の場所へ戻し、次の剣を手に取るなり深いため息を吐いたのだった。

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