49.お出かけ⑨
悪漢撃退グッズの売り込みに失敗。その上、屋台の料理は諦めると話は決まり、がっくりと肩を落とす私を見て、レオナルド様は溜息を吐いた。
「屋台などいつでも食べられる」
「いつでも食べられるのなら、今食べたいです」
食べる気満々だったので、口が屋台料理を食べる状態になってて辛いと訴えると、再び溜息が落とされた。
「街に戻れば屋台などいくらでもある。それまでの辛抱だ」
街までの距離が憎い。
「折角あの女を撒いたのだ。このまま戻るぞ」
「はい」
トランクを左手に携え、右手で私の肩を抱くとレオナルド様は歩き出した。
来た時同様、筋肉強化と結界を使って街まで戻るのだろうか?
レオナルド様の背中の上でお腹が鳴ったらどうしよう……。
そんな事を思いながら荷下ろしで賑わっている岸壁沿いを歩いていると、愛くるしい鳴き声が耳に届いた。
何処から聞こえるのかと辺りを見回し、声のする方へ歩こうとするが、肩を掴む手に阻まれた。
「何処へ行く気だ?」
「聞こえませんか?」
「何がだ?」
「私を呼ぶ声です」
渋るレオナルド様を引きずる様に無理やり歩いて行くと、船から降ろされた大量の荷物の影に竹で編まれた蓋付きのカゴに成猫が四匹入っていた。
「猫ちゃん。どうしてこんなところに……」
肩からレオナルド様の手を剥がし、しゃがみ込むと籠の網目から中を覗いた。すると皮膚病だろうか。毛は抜け、赤く肌がただれた状態なのが見えた。
「ああ。掻いちゃ駄目よ。余計に酷くなっちゃう」
私が一人カゴに向かって騒いでいると、筋骨隆々な体格にスキンヘッドが眩しい三十中ほどの船乗りが近付いて来た。
「うちの猫に何してんだ?」
「あの、この猫達、どうしてこんな状態で放置されているんですか?」
「どうしてって、そりゃあ医者に診せる金がねーからだよ」
「医者に診せるお金がなくても、ポーションなら買えるんじゃないんですか?」
「はぁ? 何言ってんだ。動物用のポーションなんかある訳ないだろ」
「ありますよ」
レオナルド様から奪うようにしてトランクを開き、ダイアルを倉庫に合わせると、上半身だけを潜らせて小瓶を一本手に取った。
「動物用のポーションです」
通常のポーションとは明らかに違う色をしたそれを見て、船乗りさんは顔を顰めた。
「動物用なんて聞いた事もねぇぞ」
「嘘だと思うなら一番酷い状態の猫ちゃんを出して下さい」
疑わし気に私を睨みつつも、カゴから黒ぶち模様の白猫を取り出すと、突き出した。
「ポーションがかかってビックリして暴れるかもしれませんから、確り捕まえておいて下さいね。
ポーションを二三滴垂らすと、猫は四本脚をバタつかせたが、自身の体の変化に気が付いたのか直ぐに大人しくなった。
「ちょび~!」
名前の由来は鼻の下に黒い模様があるからだろうか?
すっかり元の状態に戻った猫ちゃんの両脇を持って目の前に掲げると全身を見回し、ハゲがないかを確認すると船乗りさんは相好を崩した。
「かゆいかゆい治りまちたか?」
動物相手だと赤ちゃん言葉になる人がいるけれど。私も若干なるけれど。船乗りさんは余程のようだ。
「よかったでちゅね~」
表情筋が緩みまくった顔で猫に頬ずりを何度かすると、船乗りさんは神妙な顔で私を見た。
「疑ってすまねえ」
「いえいえ。初めて見る商品は疑って当然ですから」
「それで、その動物用のポーションてのはいくらするんだ?」
「通常価格、五千クレのところ、猫愛好家割引で二千五百クレでどうです?」
「半額!?」
船乗りにとって猫は縁起の良い生き物だ。その上、穀物を荒らすネズミを捕らえてくれるので、船には必ず猫を乗せるのだと母は言っていた。
守り神的な猫を治すポーションがあると分かれば、一も二もなく飛びついてくれると思ったのに……。
船乗りさんは痛みに耐えるような険しい表情で何故か「酒を……酒を……」とぶつぶつ呟き、購入を悩んでいる。
動物の為にポーションを買うのは難しいのだろうと、諦めかけた時だった。
「三本! いや、四本くれ!」
目を見開き、迫力の形相で言われ、思わず後ずさってしまった。
「そんなに買わなくてもカゴの中の猫ちゃんは治せますよ?」
「うちのだけじゃなくて知り合いの船の猫も治してやりてぇんだよ。それに引退して教会で面倒見てもらっている猫達も目や足腰を悪くしているのが多いからな。これまで頑張ってくれた分、健やかに暮らさせてやりてぇんだ」
なんて男前!
「一万クレですが、大丈夫ですか?」
「ああ。俺が、酒をしばらく控えればいいだけだ」
物悲しい微笑に、胸が震える。
それではと、トランクからポーションを取り出し、料金と引き換えに手渡した。
「確認なんだが、動物用って事は猫以外にも効くのか?」
「動物以外でも生き物ならなんでも効きますよ。但し、身体の大きさに合わせて使う量が違いますので、少量ずつかけて、回復状態を見て下さい」
「分かった」
船乗りさんに頼まれ、残りの猫ちゃん達の回復を手伝うと、一番大人しい猫ちゃんを抱っこさせて貰った。
香ばしい独特の匂いを嗅ぎ、ぷにぶにの肉球を揉み揉みし、背中に頬ずりする事二回。名残惜しくも猫ちゃんを返した。
「癒しを有難う御座いました」
「こっちこそ、珍しいもんを有難うな」
「ご安航をお祈りします」
私の挨拶に片手を上げて答えた船乗りさんは何かを思い出したかのように、慌てて近寄った。
「もし、このポーションが必要になったらどうしたらいい? ヴァシェーヌに店とかあるのか?」
「それでしたら……」
トランクから連絡用の魔法具を取り出す。
「こちらの呼び札でご連絡頂けたら……」
どうしよう……。
何時までもヴァシェーヌ国に居る訳じゃないし。かと言って、サクリ村まで買いに来て貰うのもあれだし。そもそもサクリ村に何時帰るかも分からないし。
なら、船乗りさんの地元まで出張販売する?
いや、無理がある。
それじゃあ……。
「ヴァシェーヌ国第二騎士団で預かっておく。購入希望の際には第二騎士団団長ヴァーレーンに連絡をしろ。いいな?」
騎士団団長の名に目を白黒させた船乗りさんは逡巡しつつも、連絡方法を聞いた。
「港の警備員に言って、ポーションの件だと第二騎士団を呼び出せばいい」
何てことないように言うが、王宮所属の騎士を呼び出すなど、いち平民には勇気がいる行為ではなかろうか?
その証拠に船乗りさんは顔を引きつらせている。
「ハイ、ワカリマシタ。ガンパリマス」
片言になりつつ何度もお辞儀をする船乗りさんに「ご注文お待ちしています」と売り込み言葉を残し、その場を去った。
「レオナルド様」
「何だ?」
「第二騎士団で動物用ポーションを預かって頂いていいのでしょうか?」
「お前の扱う商品は物騒なものばかりだからな。ギルドになど任せられない。可能な限り第二騎士団で管理する」
ポーションは危険物じゃないのにな……。
「それはそうと、半額などで売ってよかったのか?」
「猫と犬を救う為ならタダ同然で渡していいと母からも言われてたんで、問題ないです」
「そんなに安売りをしていたら直ぐに商品が尽きるんじゃないのか?」
「無くなったら作ればいいだけですし」
「そんな事を言って、件の魔法使いは怒らないのか?」
「魔法使い様は関係ないから大丈夫です」
「他にも伝手があるのか?」
「他も何も作るの私ですから」
「……」
レオナルド様が足を止めたので、肩を抱かれていた私も強制的に立ち止まった。
「今、何て言った?」
「え?」
「自分で作ると言ったか?」
「ええ。言いました。それがどうかしましたか?」
「魔法は使えないんじゃなかったのか?」
「はい。使えません」
「ならどうやって……いや、言わなくていい。後でホテルで聞こう」
反応から察するに、私はおかしな発言をしてしまったようだ。
「魔法が使えないとポーション作りって難しいのですか?」
「その話は後でだ。ここは人が多過ぎる」
人に聞かれたら駄目なレベルでおかしいらしい。
さっきのは冗談です。と、笑ってごまかした方がいいのだろうか?
「……さん」
怒号が飛び交う喧騒の中、誰かを呼ぶ声が聞こえた。
声は徐々に近付き、何を言っているかはっきりと聞き取れる程まで近付くと、レオナルド様は私を抱き寄せ、身を反転させた。
明らかな警戒反応に、視線の先を追えばユエンさんとガロスさんに阻まれるようにして一人の男が立っていた。
身長は高いが全体的に細く、襟や袖に細かな刺繍が施された膝丈迄ある長目のシャツに同じ素材で作られたゆったりとしたズボン。そしてサンダルのような革靴を履いている。ヴァシェーヌ国の人達と明らかに違う服装である。他国からの旅行客だろうか?
「そちらの美しいお嬢さんにご挨拶させて頂けませんか?」
「求愛なら間に合っている」
とんでもない返しをするレオナルド様に男は顔色一つ変えずに恭しくお辞儀をした。
「求愛などとんでもない。ただ少しお話をさせて頂きたいだけなのです」
「不審者と話す事などない」
「怪しいものではございません。私、商人をやっておりますバハムと申します」
男は身分を証明する為に、懐から商業ギルドの文字の入ったカードを出して見せた。
「商人が何の用だ」
「商人の用は常に売買でございます。先程猫の治療に使われていたポーションを見せて頂きたくお声をかけさせて頂きました」
宣伝もしていないのに動物用ポーションのお客が来た。しかも商人!
倉庫に大量に眠っている動物用ポーションを一掃するチャンスだと顔を綻ばせる私とは対照的にレオナルド様は顔を顰めた。
「何の話だが分からん」
「おや。テルー号の船員であるジャバに珍しい色のポーションを売られていましたよね?」
「知らん」
「船の上からでしたが、そちらの女性がトランクから取り出したのを確りと見ました」
「見間違いだ」
「おかしいですね。私以外にもその場を見ていた者が何人もいますのに」
「集団幻覚でも見たのだろう」
苦しい言い訳に男は細い目をさらに細くして微笑んだ。
「何故、否定されるのでしょうか? 珍しいものには価値があり、価値があるものを売れば大金が手に入る。そのチャンスだというのに……」
「知らぬものは知らぬ」
「そこまで頑なに否定されると、何かあるのではないかと勘繰ってしまいます。例えば、人には言えないルートで手に入れたとか……」
「想像するのは勝手だが、口に気を付けろよ」
レオナルド様の睨みに顔色一つ変える事無く、男は笑顔のまま一歩後ろへ引き下がった。
「失礼致しました。口が過ぎたようです」
頭を深々と下げると、懐から呼び札を取り出した。
「もし、売買についてお考え頂けましたら、是非ともお声がけを宜しくお願い致します」
差し出された呼び札を無視し、レオナルド様は私を連れてその場を離れたのだった。




