48.お出かけ⑧
昨夜、飼い猫二匹が追いかけっこをしたさいにwi-fiにぶつかりまくったせいか、パソコンのネット接続が不安定でドキドキでした。
以前ネット接続が切れていると知らずに更新ボタンを押したら、一話丸ごと消えた事があったので……。
消えなくて本当に良かったです。
後方を警護するユエンさんとガロスさんの更に後ろから、等間隔に付いてくる三つの気配を感じつつ港へ続く出入口へ向かうと、海の幸や肉の香ばしい香りが漂ってきた。
外へ出ると、船乗りを主な客としているだけあって屋台には連続何日間着続けているのか、聞きたいような聞きたくないようなよれよれのシャツにズボンを履き、腹には茶色や黄土色など煤けた色の布を巻き付けたいかにも船乗りという風体の男性達で賑わっており、広場は活気で満ちていた。
「何か希望の物はあるか?」
「うーん。そうですね……」
文字が読めない人でも一目で分かるように絵で描かれた看板を見渡し、腕組みをする。
「魚の串焼きは外せないところですが、イカの姿焼きも捨てがたいし。貝類も食べたいけどエビも食べたいし……。あら汁もなぁ……」
「なら、それら全部を食べるか?」
「さすがに全部は食べられませんよ」
決めかねている私を見かねて、それまで沈黙でいたユエンさんが口を開いた。
「だったら、適当に買って、皆で分け合って食べたらいいんじゃないですか」
食べたい物を食べたいだけ食べるという提案に顔を綻ばせると、話は決まったとユエンさんとガロスさんは別々の屋台へ並びに行った。
「俺達は席の確保をしよう」
飲食用に設けられたテーブル席を見渡し、空いている席へ向かう。食べこぼしのあとが少々酷いのでトランク内の総司ちゃん水で濡らした布巾を持ってきてもらいテーブルを拭いていると、果実水売りが歩いて来た。
レオナルド様が人数分の果実水を購入してくれているので、使い終わった布巾をトランクに戻し、席に着いた時だった。
「ねえねえ、おねえさん」
背後から声をかけられ、椅子に座ったままの状態で振り返ると十歳前後の子供が二人、小さなバケツを各々手に持って立っていた。
「さっき獲れたばかりなんだ」
「大きいし、生きがいいよ」
バケツを覗き込むとタコがうねうねと動いているのが見えた。
「ほら」
状態の良さを見せるためにか、二人同時にバケツからタコを取り出して私の顔に近付ける、と。
プシャ!
顔に墨が吹き付けられた。
とっさに顔を逸らしたので目には入らなかったが、頬と胸元にばっちりと墨がかかってしまった。
「ご、ごめん!」
「わざとじゃないから!」
子供達は言うが早いか、一目散に逃げて行った。
「クソっ!」
レオナルド様はテーブルを回り込んでこちらへ来ると、墨まみれの頬を袖で拭いだした。
「物売りの子供だと油断した。すまない」
「子供達も言っていましたが、わざとじゃないですし、仕方ないですよ」
「本気で言っているのか?」
「へ?」
「「アゼリア様!」」
異変を感じてか、屋台の列を抜けてユエンさんとガロスさんが駆け寄って来た。
「どうしたんですか?」
「酷いな」
「ちょっとした事故が起きまして……」
「事故なものか」
レオナルド様の言葉に二人は顔を見合わせると、物陰からこちらを伺っている三人へ意識を向けた。
私の位置からはアラベラ様が良く見えるのだが、いたずらが成功したにしては妙に悔しそうというか、腹立たしそうに見えるのだが、これってアラベラ様の仕業なのかな?
「取れないな」
頬を拭うを手を止め、私の顎を持ち上げると真剣な目で見つめた。
穴が開くほど見ても、タコの墨は落ちませんよ?
「あの、厠へ行って総司ちゃんにキレイにしてもらいますので……」
「駄目だ」
「え?」
「お前を一人にはさせられない」
「直ぐに出てきますので……」
「駄目だ」
「そんな……」
厠が駄目ならどこで総司ちゃんを出せと?
「あの、そうじちゃんが何かは分かりませんが、輸送船用の港の奥が岩場になっていますので、そこなら人目に付かないと思います」
ガロスさんの言葉にレオナルド様は頷き、すぐさま私を立たせた。そして肩を抱き、テーブルに置いたままのトランクを手に取った。
「輸送船側なら人が多い。目障りな連中をまけるだろう」
そう言って、市場と輸送船用の港を区切る門へ歩き出した。
木製の壁伝いに設けられた門の前に立つ門番に、レオナルド様が懐中時計を見せると無言のままに通された。
のんびりとした市場の雰囲気とは打って変わり、輸送船用の港側は荷卸しに追われる者でごった返し、怒号にしか聞こえない声が飛び交っている。
まるで戦場のようなそこを今から突っ切らなければならないのかと、げんなりしていると、レオナルド様が私を小脇に抱えた。
「行くぞ」
下ろして下さい!
と、否を唱えるより早く、レオナルド様は歩き出した。
筋肉強化の魔法なのか別の何かなのか、切れ目がない程行き交う人を縫うようにして尋常じゃない速さで歩いて行く。時には人に。時には木箱にぶつかりそうになりながら。
右へ左へ。時には一回転する視界に目を回していると、あっという間に港の最奥にある岩場に到着した。
「そこなら大丈夫だろう」
示された岩陰に移動し、レオナルド様からトランクを受け取ると総司ちゃんを出した。
「スライム?」
「そう言えば、フェリックス様が珍しいスライムを見たと言っていたな」
ユエンさんとガロスさんが興味深げに覗き込むので、私は声高らかに紹介をした。
「クリーナースライムの総司ちゃんです」
そして、総司ちゃんの素晴らしさを知らしめるべく、レオナルド様の袖に着いた墨を食べさせた。
「手が溶けていない!」
「シミだけ消えている!」
予想通りの反応に気を良くした私は総司ちゃんに中くらいの大きさになるように言うと、総司ちゃんの中に飛び込んだ。しゅわしゅわと汚れが食べられいき、吐き出されると小さな歓声が上がった。
「わお。タコ墨がキレイに消えている」
「大したものだな」
そうでしょう。そうでしょう。と、頷いていると、ユエンさんが小首を傾げた。
「そう言えば、スライムから出たら唱える呪文があるって言っていた気が……」
「獣人達が何か言っていたな。見ろ、し、白い……なんだったか……」
「あっ! 見よ! 尊き白さじゃなかったっけ?」
何か色々と間違えている。
訂正をした方がいいのかな?
「アゼリア。髪の色が元に戻っているぞ」
「えっ!」
レオナルド様に指摘され髪を一房掴んで見ると、茶色く染めていた髪が黒に戻っていた。
髪の染料を汚れと認識した総司ちゃんが食べてしまったようだ。
一時間もかけて染めたのに……。
「あーー。カツラを被るのでユエンさんとガロスさんは後ろを向いてて下さい」
二人が背を向けたのを確認してからトランクを開き、ダイアルを自室へ合わせると下りて行く。待たせるのは申し訳ないので手早くカツラを被り外へ続く階段を上る。
最終チェックにとカツラを撫でつけトランクを開くと、レオナルド様が片膝を付いた状態で手を差し出した。
手を貸してもらわなくても出れるのに。
そう思いつつも手を取って出ると、店内に戻し忘れていた総司ちゃんとユエンさんがじゃれていた。
「アゼリア様。こいつ本当に凄いですね」
心なしかユエンさんが身綺麗になっている気がする。
総司ちゃんの中に入ったのだろうか?
「クリーナースライムってどこで手に入るんですか?」
「う~ん。知人がテイムした魔物なんで、場所はちょっと分からないです」
「その知人って人に訊いたら分かりますかね?」
「う~ん。どうでしょうかね?」
「そっかー。こいつが居れば面倒な洗濯から解放されるのにな……」
おそらく、どこにでも居る通常のスライムを育ててクリーナースライムにしたはずなので、育て方さえ分かれば、手に入る。と、思う。
だが、唯一育て方を知っているマルマール様と音信不通の為、どうする事も出来ないので笑ってごまかすしかない。
「お力になれず、すいません」
名残惜しそうにするユエンさんから総司ちゃんを引き取り、手のひらサイズに戻してトランクへ入れた。
「それで、これからどうします? 屋台の方へ戻って食事しますか?」
「あちらへ戻ると折角巻いた令嬢と遭遇する事になるぞ」
「遭遇しても特に問題ないじゃないですか」
「は?」
「だって、ただ付いて来るだけですし」
「墨をかけられただろう」
「かけられましたけど、ただの墨ですし。私には総司ちゃんがいるから無害みたいなものです」
「害のあるなしじゃないだろう」
「それなんですよね。ものによっては皮膚を溶かす程の毒を吐くタコだって居るのに、何で普通の墨だったんでしょう? 実はアラベラ様って良い人だったりしますか?」
私の質問にレオナルド様は人差し指と親指で眉間を抑えた。
「まず、善良な人間は人に墨などかけない」
言われてみれば、そうですね。
「そして、墨をかけたのはお前を辱める意図もあっただろうが、厠にでも行かせたかったのだろう」
「厠にですか?」
「厠だと男である俺達は同行できない。一人になったお前に危害を加える気だったに違いない」
「なるほど」
そっちが本命だったのか。
「でも、一人のところを襲われても、召喚の指輪があるので、大丈夫ですよ」
「何を召喚つもりだ?」
「何って、そりゃあ霽月……」
「あれを厠に召喚つもりなのか?」
はっ!
厠がどの程度の広さなのか分からないけれど、大型魔獣の霽月では納まりきらないかも。
「えっと、小型のサラマンダーなら厠でも十分に納まりますので、そっちにします」
例の如く、レオナルド様に両肩を掴まれた。
「アゼリア。俺が言いたいのはサイズの話じゃない」
「サイズじゃないなら……」
「人の多い場所に魔物が現れたらどうなるか、分かるな?」
……。
「混乱が起こりますね」
「そうだ」
恐怖に駆られた人間は何をしでかすか分からないと、母が言っていた。
冷静さを欠いた人が魔法を暴発なんて事になったら、大惨事である。
「召喚が駄目なら……あっ! 暴漢撃退グッズがあります」
「何?」
「母と一緒に作った魔法具なんですけれど、使う機会がなくて忘れていました」
種類や効力を知れば、レオナルド様の心配も減るだろうと嬉々として説明したのだが、何故か眉間の皴が増えた。そして肩を掴む手に力が込められた。
「直ぐに持って来ますので、手を……」
「持って来なくていい」
「実物を見て頂けたら、どれほど優れた商品かが分かると……」
「出すなと言っている」
「ですが……」
「お前は俺が守る。いいな?」
「はい。でも、一人になった時の対策として……」
「お前を決して一人にはしない」
「あーー。その……」
「常に俺の腕の中に居ろ」
何だろう。セリフだけ聞いていると、かなりロマンチックな内容なのに……。
「分かったな?」
レオナルド様の圧が凄いせいか、ロマンチックには聞こえない。
まぁ、そういう意図で言っていないのもあるだろうけれど。
「返事は?」
「……はい」
もしかしてだけど、レオナルド様は警護ではなく監視の役割の方が大きいのかったりするのかな?




