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44.お出かけ④

 リッカ母さんの囁きを打ち消すため、一心不乱に食事をした結果、食べ過ぎてしまった。

 限界まで膨張した胃を労わるようにお腹を摩りながらドロテア亭を出ると、レオナルド様の命令でユエンさんが馬車を手配しに駆けて行った。

 私の三倍……いや、四倍は食べていたはずなのに、よく動けるな……。

 そんな事を思いながら大通りまで歩いて行くと、既にユエンさんと馬車が待っていた。


「随分と早いな」

「いやぁ~。丁度流しの馬車が来たんですよ。日頃の行いが良いからですかね? それとも俺が持っている男だからですかね? 流石は俺」


 そう、うそぶくユエンさんにレオナルド様は返事をする事無く馬車に乗ってしまった。

 突っ込まれなかった事により、ユエンさんを取り巻く空気が何とも言えない。レオナルド様の代わりに私が突っ込んであげようと口を開くが、


「掴まれ」


 レオナルド様に手を差し出された事で、突っ込みのタイミングを逸してしまった。

 心の中でユエンさんに謝りつつ、レオナルド様の手を借りて馬車に乗り込むと、ガロスさんが無言のままユエンさんの肩を叩いていた。

 大柄な男性三人には少々窮屈な馬車に納まり、サスペンションの故障を疑いたくなる程ガタガタと上下に激しく揺れる馬車に乗る事二十分。高級宿屋に着いた。

 レオナルド様に手を引かれ、馬車を下りるも、まだ揺れているような気がする。

 逞しい腕に支えられフラフラと宿屋の扉を潜り、大広間を抜け、金細工の施された壁掛け燭台に照らされた廊下を歩いて行く。


「吐かなくてよかった」


 小さく零すと、隣を歩くレオナルド様が心配げにこちらを見た。


「疲れているだろうと、馬車で帰る事にしたが、余計に疲れさせてしまったな」

「いえ、そんな事……」


 無いと言いたいが、正直しんどかった。

 あと、お尻が地味に痛い。


「貴族の家で所有している馬車は大概乗り心地がいいけど、流しのは乗り心地が悪いのが多いですからね。レオナルド様」

「言われてみればそうだな」

「俺達騎士は荷馬車の荷台に乗せられて運ばれる事もありますから平気ですが、慣れていない人には辛いですよね。あの揺れ」


 三人があの揺れに動じていなかったのはそう言う訳かと納得しつつ、溜息交じりに歩みを進めて行くと部屋の前に辿り着いた。ユエンさんが扉を開いてくれたので中に入ると、外出中に従業員が運び出したのか、出る時にはあった無数の薔薇の花は一花瓶分を残して消えており、部屋の中央を空ける為に退かされていた家具は戻されていた。


「撤去されたのに、薔薇の匂いが結構残っていますね」

「気なるなら部屋を替えさせようか?」 

「そんな。いいです、いいです。薔薇の匂いは好きなのでこのままで大丈夫です」

「そうか?」

「はい」

「そう言えば、何で部屋中が薔薇だらけだったんですか?」


 ユエンさんの問いにレオナルド様が正直に答えるのを阻止すべく、レオナルド様の前へ回り込み、答えた。


「発注時の手違いです!」


 思いのほか大きな声になってしまい、ユエンさんとガロスさんが目を瞬かせる。


「言い間違えとか聞き間違えとか、そんな感じのあれです」


 煮え切らない補足説明を加えた事で、嘘臭さくなってしまったので、慌ててレオナルド様を巻き込むが、


「ですよね? レオナルド様?」

「ああ。そうだった気がする」


 ハッキリしない答えに、嘘臭さが倍増しただけだった。

 なので、思い切って話をすり替える事にした。


「ところで、喉乾きませんか? 紅茶でもコーヒーでも淹れて来ますよ? 何ならエールやワインもありますよ?」

「エール!?」


 お酒に反応したユエンさんを死神団長が諫める。


「任務中だ」


 表情を一瞬で萎ませたユエンさん。

 何だが申し訳ない。


「あの、餃子を人数分作ってあるので、明日焼きますね」

「餃子があるんですか! 餃子本当に美味しいですよね。エールを飲みながら食べたら最高だと……あって、飲めないんでした……」


 藪蛇となってしまった……。


「えーーっと、デザートにチーズケーキとクッキーをお出ししますので……」

「チーズケーキってどんなのですか?」


 目を輝かせ前のめり気味に質問するユエンさんに、クリームチーズで作ったケーキだと説明するも、


「クリームチーズがどんなものか知りませんが、きっと美味しいのでしょうね」


 何も伝わらなかった。

 

「美味しいかどうかは好みにもよりますが、私は大好きです」

「ああ、いいなぁ~。どんなものか分かりませんが、涎が出てきます」


 想像がつかないのに、涎って出るんだ。


「因みに、それって、もう作ってあるんですか?」

「はい。冷蔵庫にありますよ」

「今! 今食べちゃ駄目ですか?」

「別に構いませんが、お腹一杯なのに平気ですか?」

「美味しいものは別腹ですよ!」


 美味しいと言う括りなら、全て同じ場所へ入るのでは?


「レオナルド様はどうしますか?」

「貰おう」

「ガロスさんは?」

「俺も頂きます」

「了解です。ところで飲み物はどうしますか?」


 三人、息を合わせたかのように同時に「コーヒー」と答えた。


「了解です。直ぐに持ってきますので、椅子に座って待っていて下さい」


 部屋の中央に置かれた白いテーブルセットへユエンさんとガロスさんは向かうが、レオナルド様は私の隣にやって来た。


「一人では大変だろう。手伝う」

「え?」

「なら、俺も手伝いますよ」

「俺も」


 慌てる二人をレオナルド様は手で制した。


「お前達はいい。ここで待っていろ」

「ですが……」

「これは命令だ」


 気まずそうなガロスさんとは対照的に、ユエンさんは口元を歪めニヤニヤと笑っている。

 いや、ユエンさんは常にニコニコと微笑んではいるのだが、何時ものそれとは違うように見える。

 何だろう?

 そんなにチーズケーキが楽しみなんだろうか?


「行くぞ」


 二人を残し、レオナルド様と共にトランクを置いている部屋へ行くと、トランクを開けて【猫のしっぽ】へ下りた。

 広い流しで二人並んで手を洗い、好みの豆について尋ねてみたのだが……。


「好み? コーヒーはコーヒーだろう?」


 拘りがないと言う返事だったので、ブレンドを用意する事にした。


「私はコーヒーを淹れますので、レオナルド様はケーキの用意をお願いできますか?」

「分かった」


 お湯を沸かしながら、コーヒーサイフォンと中挽きした豆。それからカップを用意していると、声がかけられた。


「チーズケーキと言うのは、この丸くて茶色い物か?」

「はい。それです。それを八等分に切り分けて三人分をお皿に乗せて下さい」

「三人分?」

「私はお腹が一杯ですので、コーヒーだけにしておきます」

「そうか」

「あっ、ケーキ用のお皿はそっちの棚です」

「分かった」


 フラスコに入れたお湯がロートへと上り、コーヒーの粉を竹べらで撹拌していると、レオナルド様が隣にやって来た。


「他に手伝うとはあるか?」

「そうですね。あっ! テーブルに置いてある角砂糖を一瓶、取って来て下さい」

「分かった」


 ロートの中が泡・粉・液体の三層になり、フラスコの火を消し、ロートからフラスコへコーヒーが落ちるのを待っていると、再びレオナルド様が隣にやって来た。


「他に手伝える事はあるか?」

「うーん。他は……あっ! コーヒーにミルク入れる人は居ますかね?」

「さあ、どうだろうな。飲み物を用意させる事はあっても、用意する事はないのでよく分からん」


 用意しない……。


「アゼリア。コーヒーが全て落ちたようだぞ」

「あっ、はい」


 森で大量の食事を用意するのを手伝って貰っていたから、手伝って貰うのが当たり前になっていたけど、本来レオナルド様は給仕する側ではなくてされる側の人間なのだ。

 なのに下級騎士の手伝いを拒み、自分だけでいいと言った。

 トランクに入れるのがレオナルド様(自分)だけだからそう言っただけだけど、事情を知らな人が聞いたら妙な誤解をしてもおかしくはない。

 さっきのユエンさんの笑みの理由がそれだとしたら……面倒臭いなぁ。


「それで、ミルクの用意はどうすればいい?」

「ミルクの用意は私がしますので、大丈夫です」


 そそくさとフラスコの中のコーヒーをカップに注ぎ、冷蔵庫からミルクを取り出すとトレイに乗せ、レオナルド様と共にユエンさんとガロスさんが待つ部屋へ戻った。

 雑談をしていた二人は慌てて私達へ駆け寄った。


「これがチーズケーキですか? 美味しそうですね」

「俺達が持ちます」


 私の持つコーヒーを乗せたトレーを受け取ろうとするが、


「お前達、邪魔だ。そこを退け」


 レオナルド様の一言で、二人は差し出した手を元に戻した。

 そして、ガロスさんは無言無表情でそそくさと席へ戻り、ユエンさんは意味ありげな笑みを浮かべながら席へ戻った。

 やはり変な誤解をしているのだろうか? それともただ単にチーズケーキが楽しみなだけだろうか?

 う~ん。判断がつかない。

 下手な事を言って誤解を加速させる訳にもいかないし……。

 ここは一つ、面倒な事は先延ばしにして、お茶にしよう。うん。それがいい。

 コーヒーとケーキを各々の前へ置き、何気なしにユエンさんを盗み見ると、チーズケーキを食い入るように見詰め、にやにやと笑っている。

 良かった。ケーキが楽しみなだけだったみたいだ。

 私の推察を肯定するように、レオナルド様がコーヒーに口を付けたのを確認すると、ユエンさんは祈りの言葉も早々にチーズケーキの端をフォークで切り取り、口に運んだ。


「何だこれ! 甘いのに甘くない! しかも、ふわしゅわだ!」

「何を言っているんだ、お前」


 先にコーヒーに口を付けていたガロスさんは意味が分からないと、眉をひそめた。


「食べたら分かるって」


 そう言われ、チーズケーキを食べたガロスさんはひそめていた眉を戻した。


「確かに、甘いのに甘くないな」

「だろ? 王様の誕生祭で振舞われたケーキは凄く甘ったるかったけど、これは甘過ぎなくて食べやすいな」

「何のケーキを食べたんですか?」

「砂糖の味がするやつです」


 うん。

 どのケーキも砂糖の味がするよね?


「アゼリア様。このケーキも店で出すんですか?」

「あーー、ケーキの販売予定はないです」

「何故です? こんなに美味しいのに」

「屋台だと一品。二品くらいしか用意できないので……」

「その事だが、路上販売ではなく店を出すというのはどうだ?」


 それまで無言だったレオナルド様が割って入って来た。


「えっと、店はちょっと……」

「開店資金が問題なら安心しろ。俺が全て出す」

「気持ちはありがたいのですが、そこまでして貰う訳には……」

「何を言う。お前は殿下の命の恩人なのだ。店への資金援助など当たり前だ」


 う~ん。

 命の恩人だと言われるほどの事はしていないんだよね。

 商品を売っただけだし。

 それにリッカ母さんから他人にお金を借りてはいけないと、言われているしな……。

 大体、店自体は持っているのだ。鍛冶屋と言う名の雑貨屋とカフェと言う名の食事処が一体化した物を。


「よし。明日にでも物件を見に行くか」

「ちょっ! 待って下さい」

「何だ?」

「商売をするにしても、営業の許可を持っていませんので、まずは申請手続きをしないといけませんし……」

「それなら俺が商業ギルドに話をつけてやろう」


 わーい。権力万歳!

 ではなく!


「許可が下りても、やはりお店は出しません」

「何故だ?」

「ヴァシェーヌに来る前はお店出すのもいいかなって、ふわっと考えていたんですが、ドロテア亭を見て思ったんです。一人じゃ無理だなって」


 そう、サクリ村でカフェを一人で運営できたのは、お客さんが全員知人だったからだ。

 基本、お客さんが多く忙しい時は出来た料理はお客が取りに来てくれたし、食べ終わった食器類を下げてくれた。

 お会計はぴったりの金額を用意し、レジ横の籠に入れてくれたし、計算を間違えて少なく持ってきた人が居ても、知り合いだからツケにも出来た。

 何より、サクリ村の住人は行儀よく食事し、食べ終わったらお客さん自身がテーブルを拭き、次のお客さんの為に整えてくれていたのだ。

 だが、ドロテア亭を見て、風習が違う人々にそれを求めるのは難しいと感じた。

 冒険者や商人。大陸の至る所から人が集まる国だ。

 ナイフとフォークを使う人。箸を使う人。手掴みで食べる人。

 パンくず一つ落とさずキレイに食べる人もいれば、料理の汁やソースをテーブルにまき散らしながら食べる人もいる。

 酒を飲む際に髭に付いた泡を手で拭いそれを床に落とす人もいれば、テーブルの上のパンくずを態々手で掃いて床に捨てる人もいた。

 だからだろう。ドロテア亭の女給さんはお客さんが立ち去った後、席とその周りを慌ただしく掃除していた。


「一人が無理なら人を雇えばいいのではないか?」

「う~ん。雇えるものなら雇いたいですが、色々見られる事になりますけど、大丈夫だと思いますか?」


 暗に【猫のしっぽ】の調理器具をヴァシェーヌの人間に見せて平気かと問うと、レオナルド様は顔を顰め。


「駄目だ」


 と、却下した。


「料理を作るだけならいいですけど、給仕や会計その他諸々、一人では無理があるので、店より屋台の方が都合がいいんです」

「そう言う事なら仕方ないですかね?」

「アゼリア様の料理が食べられるだけでよしだろう」

「まぁ、それに、ヴァシェーヌ(ここ)に何時まで居るか分かりませんしね」


 ポロリと零した私の言葉に、三人が同時に動きを止めた。

 レオナルド様は睨むように見つめ、ガロスさんは驚きの表情で私を見た。

 そして……。


「アゼリア様。ヴァシェーヌに永住するんじゃないんですか!?」


 ユエンさんはテーブルに叩きつけるようにして両手を付いて、叫んだのだった。

先週の日曜に更新する予定だったのですが、土曜の夜にぎっくり腰になり本日の更新となりました。

椅子に座れるようになるまで日数がかかったので、今週分は殆ど書けていません。

これから頑張ります。

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